『百物語』第二夜「ずっとそこにいる」
昨日、高校時代からの旧友であるマッキーとノブキの三人で、赤坂見附にある「赤札屋」で飲んでいた。
150円で死ぬほど酔っ払うことができる半端なく安いレモンサワーを飲みながら、あれこれと語っているうちに、大学生の頃にマッキーから送られてきた「とある写真」のことを思い出した。
「そういえば、大学生の頃にマッキーが俺のケータイに送ってくれた、あの写真のこと、覚えてる?」
「なんの写真やったっけ?」
「ほら、大学の先輩の部屋で撮れたっていう、あの、やばい心霊写真」
「……ああ、あれね」
そう、「とある写真」とは、心霊写真のことだったのだ。
*
今から十数年前のことである。
僕は京都に住んでいて、マッキーも同じく京都にいた。マッキーは高校から仲の良い友人で、音楽仲間でもある。僕たちは当時、大学生だった。
ある日、ケータイ(当時はスマートフォンはまだなく、ガラケーだった)にマッキーからのメールが届いた。
《ユウスケ、心霊写真があるんやけど、見てみてくれへん?》
心霊写真?
僕はこのメールにちょっと驚いた。なぜならば、マッキーはあまりオカルトなことに興味があるタイプの友人ではなかったからだ。
《どこで撮ったん? 何が写ってるの?》
僕はメールを返す。しばらくして、返信があった。
《先輩の家で撮れた写真らしいんやけど。バンドのメンバーから送られてきたんさ。ガチの心霊写真やと思う。一回、見てみてくれへん?》
マッキーは、嘘をいうような友人ではない。だから、たぶん本当に、その写真には「何か」が写っているのだろう。
それに、単純に「心霊写真を見てみたい」という興味も湧いた。よく、テレビの特番などで心霊写真が取り上げられているけれど、身近な人が撮った心霊写真というのは、今まで見たことがなかったからだ。
《気になる! 写真送って》
僕は軽い気持ちで返信した。
後で、ずいぶんと後悔することになるのだけれど。
しばらくして、画像つきのメールが送られてきた。
*
それは、一目で異様な写真であることがわかるものだった。
写真の中央に写っているのは、ハーフパンツとTシャツ姿で、馬鹿みたいな顔をしておどけている男性の姿だった。お酒を飲んで、かなり上機嫌になっているように見える。
写真に切り取られている場所は、部屋の中だ。お世辞にもあまり綺麗とはいえない、雑多な印象の古いアパートの一室が写し出されている。蛍光灯の明かりがこうこうと付いていて、部屋の中心は明るい。
しかし、写真の端を見ると、真っ暗な場所が写っているのがわかる。
押入れだ。
押入れの襖が、半分ほど空いている。
そして、そこには女が立っていた。
押入れの中に、女がいる。
女は少し前のめりになっていて、黒い髪がばっさりと顔を覆っている。
季節は蒸し暑い夏場だったにも関わらず、その女は重たい印象のくすんだ緑色のセーターを着ている。
じっとりと湿った瘴気のようなものが、女の全身から放たれているのがわかる。
※写真はイメージの無料素材です。
女の姿を見た瞬間、全身に激しい悪寒が走り、反射的に写真を閉じて、その場にケータイを投げ出した。
動悸が止まらない。
間違いなく、写り込んでいるのは、この世のものではない。
なぜ、こんなものが写り込んでしまったのだろう。
何よりも恐ろしいと思ったのは、写真を一目見た瞬間、その女が「ずっとそこにいる」ことが伝わってきたことだ。
その部屋で、過去にいったい何があったのか、具体的なことはわからない。
ただ、その女は、この写真が撮られるときよりも、はるか昔から、ずっとそこに立っていて、これからもその場所から動くつもりはない。その女は、これまでも、そしてこれからも、「ずっとそこにいる」のだ。
なぜかはっきりと、そのようなメッセージを受け取った。
呼吸を整え、落ち着きを取り戻してから、マッキーに電話をする。
「心霊写真、見たよ。間違いなく、本当にやばい写真やね。見て、後悔した。見なければよかった」
「そうやんな……俺も、普段は心霊写真なんて信じたりしやんから、バンドのメンバーから写真が送られてきたときは、まさか本物の心霊写真だなんて思いもしやんかった。でも、見た瞬間にこれはやばいと思って、ユウスケにメールしたんさ。ユウスケ、昔から霊感みたいな、インスピレーション受け取りやすいほうやろ? やから、見てもらいたいと思ったんさ」
「そうやな……この写真からは、ずっとその場を動かないっていう、念というか、呪いみたいな、かなり重たいイメージを受け取ったよ。どういう経緯で、この写真は撮られたの?」
僕はマッキーに、この写真が撮られた経緯を訪ねた。経緯を簡単にまとめると、以下のような内容だった。
・写真はマッキーのバンドのメンバーが、昔から付き合いのある先輩の家で撮ったもの
・先輩の家では以前から妙な出来事が多かった
・人がいないはずの場所から物音がしたり、人の気配がするときが頻繁にあった
・「家にいるのが怖い」と先輩は毎日のように言うようになり、ノイローゼ気味だった
・あまりにも怖がるので心配になり、マッキーのバンドのメンバー含めた数人で、先輩の家に泊まりにいった
・家で宴会をするうちに盛り上がり、先輩が酔っ払っておどけて踊り出した
・マッキーのバンドのメンバーが、その様子を面白がってケータイ電話で写真を撮った
・押入れの中に立つ女が、写真に写り込んだ
・その後、先輩がどうなったのか、引っ越しをしたのか、今でもその部屋に住んでいるのかなど、詳しいことはわからない
おおむね、このような話だった。
とりあえずマッキーには、この写真はたぶん本当によくないものだと思うから、ケータイからすぐに消した方が良いということ、これ以上は写真を人に見せない方が良いということ、写真についてもあまり人に話さないほうが良いと思うということ、などを伝えて電話を切った。
*
そして、十数年の月日が流れた。
女が写り込んだ心霊写真のことは、ずいぶんと長い間、忘れていた。しかし、最近になって『百物語』の企画を始め、過去に体験した奇妙な出来事について、いろいろとリストアップしているうちに、心霊写真のことを思い出したのである。
当時のことを振り返って文章にする上で、正確に内容を思い出しておきたいという気持ちもあり、昨日、赤坂見附で飲んでいるときにマッキーに話を聞いたのだった。
「そういえば、大学生の頃にマッキーが俺のケータイに送ってくれた、あの写真のこと、覚えてる?」
「なんの写真やったっけ?」
「ほら、大学の先輩の部屋で撮れたっていう、あの、やばい心霊写真」
「……ああ、あれね。覚えてるよ。実はついこの前、久しぶりにその心霊写真のことを思い出して、古いケータイを引っ張り出して、電源を入れて、写真を探してみたんさ。まだ、ケータイの中に残ってたわ。久しぶりに見て、改めてやばい写真だなと思ってた。嫁さんにも見せたら、そんな気味の悪い写真、早く消してって言われたよ」
十数年経った今でも、あの写真は、まだあるのだ。
そして今、この文章を書き終えるにあたり、改めて妙だなと思っていることがある。
それは、なぜ今、僕がこうして『百物語』の第二夜に、心霊写真について書こうと思い立ったタイミングで、マッキーもまた、同時系列で心霊写真のことを思い出し、古いケータイからわざわざ引っ張り出して、心霊写真の存在を再確認していたのか、ということである。
十数年も経っているにもかかわらず、まだ、僕の脳裏には、あの本物の心霊写真の存在が、べっとりと記憶されている。
まさに、念写でもされたかのように、押入れの中で瘴気を放ちながら立つ女の姿が、脳裏に焼きついているのだ。
いったい、あの部屋で過去に何があり、なぜ、女の魂が押入れの中に磔にされているのか。
詳しいことは一切わからない。
ただ、一つだけわかることは、人の魂は、一定の場所にずっと置き去りにされ続けることがある、ということだけだ。
そして、どうにも、写真に写り込んだ女の怨念のようなものが、その存在を僕に忘れさせまいと、どこか遠くからメッセージを送ってきているように思えてならないのである。
あとがき
この話は、100パーセント、実話です。
昨日、心霊写真について、飲み会の席で話が出たこともあり、一気に書き上げてしまいました。
もう二度と、あの写真は見たくありませんし、できれば忘れてしまいたいのですが、写真の光景が脳裏に焼きついて、未だにフラッシュバックのように、不吉な女の立ち姿が頭の中をよぎります。
世の中には、見るべきではないものや、知るべきではないことがあるのだと思います。
皆様も、どうか、気をつけてください。
それでは、『百物語』の第二夜をこれにて終了します。二夜を経て、残り九十八夜です。
また、この場所でお会いしましょう。
さよなら。
サポートいただけたら、小躍りして喜びます。元気に頑張って書いていきますので、今後ともよろしくお願いいたします。いつでも待っています。