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【百物語】ノックの音がずっと続く・・・

「だけど私たち、本当に運が良かったよね」


 葉子と夏季は義務教育時代からの親友であり、社会人になった現在も交流が続いている。今日は連休を利用した泊りがけのドライブだった。
 二人ともばっちり有給は取ってある。
「そうだよねぇ」
 夏季は二つのベッドと小さなちゃぶ台の、必要最低限なもの以外テレビも何もない殺風景なその一室を不満げに見ながら、それでも満足そうに聞こえるように努力しながら言った。短くない付き合いの葉子は夏季の不満を敏感に感じ取る。
「運が良かったのよ。だって、ドライブに道を訊いた時地元の人は『山の中には宿泊施設がない。昔はあったが火事で宿泊客・従業員を巻き込んで全焼して今はただの廃墟だ』って言ってたのに、ちゃんと泊まることができたんだから」
 教えてくれた男性の訛りをどこか皮肉的に真似したそのセリフに、夏季の不満は幾分和らいだ。
「そうだよねぇ……。だけどこのホテル、どうして地元の人も知らなくてツーリングマップにも載ってないわけ? できたばかりにしてはここ古いし」
 木製のドアや漆喰の壁の傷を撫でながら呟くように夏季は言う。
「知らなぁい」
 疑問よりも今は泊まれたという安堵感が勝っている葉子はラベンダー色のベッドカバーの被されたベッドに行儀悪く寝転がった。
 免許は二人とも持っているが、夏季は地図を読むのが得意なため自然と葉子が運転役になる。ともすれば木に突っ込みそうな山道では、体力もそうだが神経も磨り減ってしまう。葉子は掛け値なしに疲れていた。
「ん~、ベッド気持ちいい~」
「葉子……」
 夏季は苦笑する。ベッドに寝転がり伸びをする葉子の様子がまるで猫のようだと思ったからだ。
 葉子はとろとろとまどろみはじめる。
「葉子、私お風呂に行ってくるけど葉子も行く?」
 部屋に備え付けの、白地に紺の模様の浴衣に紺の帯を二組、軋むクロゼットから取り出しながら夏季は訊く。バッグを探ってメイク落としも取り出す。
「行かない。……眠いもん」
 ふわぁぁぁ、と欠伸をして葉子は答える。予想していた夏季は「一応浴衣は出しといたからね」と言い置いて部屋を出る。


 音を感じて葉子は目が覚める。どれくらい寝たのだろうかと部屋を見回すが部屋には時計がない。携帯電話を見ると電池切れだった。到着した時にはオレンジだった外も今はもう、星のない群青だ。
 夏季はまだ、戻ってきていない。
「遅いなー、夏季」
 夏季は長風呂派ではない。むしろ葉子が長風呂派で、夏季はいつもその間サウナや運動で時間を潰す。部屋に戻ったときは常に、夏季はイライラしている。
 そっけなく置かれたポットとお茶っ葉と急須と湯飲みが視界に入る。葉子はむしろ紅茶が好きだが、文句を言わずにお茶を入れる。猫舌の葉子はお茶が冷えるのを待ちながら、寝起きの頭でぼんやりと何が自分を起こしたのか無意味に考え始める。
 そのときだった。

コンコン

 あまりにも突然なノックの音に葉子は飛び上がらんばかりに驚く。なんとか落ち着いてドアに向かって「どうぞ」と呼びかける。
 このホテルはオートロックではない。つまり戸を閉めても鍵が自動的にかからない。夏季は鍵を持って出なかったらしく(葉子が起きたときのことを考えたのだろう)ちゃぶ台に鍵が置かれている。
 だから、「どうぞ」と許可を示せば人は入ってくるのだ。
 だのに、誰も入ってこない。
 気のせいだったのかなと葉子は納得することにした。

コンコン

 今度は確かに聞こえた。聞き違いのはずがない。もしかしたら、さっきの葉子の言葉が聞こえなかったのかもしれない、と葉子は納得することにする。
「どうぞ?」
 しかし、誰も入ってこない。
「鍵は開いてますよ?」
 夕食はこちらから電話をしないと持ってきてもらえないから、両手が開いていないというわけでもないだろう。
 しんと静まりかえり、誰も入ってこない。
 葉子は、あれはもしかしたら夏季のイタズラかもしれないと考えた。

コンコン

 できるだけ足音を立てないようにしてドアに近づき、勢いよくドアを開ける。真っ先に目に飛び込んできたのは向かいの壁。……誰もいない。
「夏季? イタズラはやめてよ」
 廊下は10mほど続き、遮断するものは何もない。夏季は足が速いほうではないから、走って隠れたということは考えられないだろう。
 何が起きているのか、徐々に理解が進む。
 葉子は戦慄した。


「質問します。ハイなら一回、イイエなら二回ノックしてください」
 葉子はドアをじっと見据えて言う。
「……あなたは、ここに住んでいるのですか?」

コンコン

「……あなたは、男ですか?」

コン

「……あなたは、女ですか?」

コン

「…………あなたは」
 葉子は自分の身体の震えを抑えることができない。
 訊きたくないのに、唇が言葉を紡いでいく。

「あなたは、一人ですか?」


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