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ピアノ演奏を楽にするための、プロも使う技

ピアノ伴奏を引き受けたはいいが、どうしても本番までに仕上がらない箇所がある、迫り来る演奏会にどう考えても間に合わない箇所がある。今回は、楽曲をより弾きやすくする、短時間で習得するという観点から、そういった緊急事態でも使える技を紹介する。

こういった技は、あまり先生は教えてくれない。クラシック音楽は原則として楽譜の再現に重点を置くので、それぞれ解釈は違っても、明らかに楽譜を細工してしまうのは、あまり歓迎されないからである。

しかし、注意深く録音を聴いてみると、楽譜からずれた弾き方をしているピアニストは、思いのほか多いことに気づく。弾きやすさを優先させた結果と思われる箇所も多々ある。ただし、どこまでが楽譜に忠実で、どこからが外れているという明確な基準があるわけではないので、表現の一部と捉えられることが多い。微妙な崩し方も多い。実際演奏に積極的に取り入れて問題ないものから、やはり緊急時以外は使わない方が賢明であろう技まで、思いつくものを紹介していく。

なお、大幅な奏法の変更や音の省略などは、あくまで間に合わせ的なものであり、コンクールや試験ではもちろんお薦めしない。とりあえず、どうしても見栄え・聴き映えさせる必要があるが圧倒的に時間が足りない、それでもなんとか仕上げなくてはならない、というときに留めておいた方が良いかと思う。

1、広い音程が含まれる和音をずらす

これは最も一般的に行われる崩し方と言って良い。10度を超える音程が含まれると、片手で全て同時に弾くことが難しい場合が多々ある。もう片方の手でヘルプ出来れば使うが、それも無理な場合、和音をずらして弾くしかない。これは公認された崩し方のようなもので、どんな場面で使っても問題はない。指が届かないものは仕方がないのである。

和音のずらし方には、大きく分けて3つの方法がある。
①最低音を先に弾き、直後に残りの和音を弾く。
②最高音以外の和音を先に弾き、最高音を直後に弾く。
③和音を素早いアルペジオにして弾く。

どれを使うかはその部分の曲想、テンポ、前後の繋がりなど考慮する必要があるため、一概には言えないが、なるべく楽譜通り弾いた場合に近い響きとなることが重要だ。なお、2音の場合は、①②③とも同様の弾き方となる。例えば有名な、リスト「愛の夢第3番」の左手は、かなり多くの人が、このように弾かざるを得ない。

そこまで緻密さが要求されない気軽な演奏の場合、音を抜くということも可能である。どの音を抜くと影響が少ないかは、作曲や和声の知識があれば大体分かるが、見当がつかない場合、先生や作曲科の友人などに聞いてみると良い。ただし、楽曲全般に渡って音を省略し過ぎると、演奏効果はかなり落ちるため、曲が可哀想である。

2、装飾音の位置ずらし、リズム崩し、省略など

装飾音が困難になるのは、テンポが速い場合だ。ゆったりした、テンポに縛られないような曲なら、その部分をrubato にしても違和感はない。

前打音は特に難しくないので、余程速い曲でない限り、省略しないと弾けないという状況はないかと思われる。そして省略するよりは、和音並みに重ねるか、または一音省いてでも入れた方が良い。

トリルは、入れる回数を減らせばその分楽に弾ける。無理に詰め込むよりは、少ない数で綺麗に揃えた方が上手く聴こえる。

プラルトリラー、モルデント、ターンなどは、速いパッセージや跳躍を伴いながら素早く入れなければいけない場合、テクニック的に大変なことがある。この場合、僅かに入れる位置をずらす(本来のリズムを崩す)と、格段にやりやすくなることがある。省略してしまうよりは、少し崩してでも入れてあげた方が良い。この僅かな崩し方は、プロの演奏でもよく聴く。様々な録音を聴いてみると、参考になる部分が多い。

また、プラルトリラー、モルデントを、速いテンポの中にどうしても組み込めない場合、一音抜かして前打音のように弾く方法もある。完全に省略してしまうよりはマシだ。

3、左右の配分を変える

これもかなり一般的に行われる工夫で、再現される音楽自体は変わらないので、率先して取り込んでみて問題ない。楽に弾け、且つ上手い演奏に聴かせることが可能だ。入り組んだ内声や、16分音符の連続パッセージなど、使える箇所は広い。

通常、ピアノスコアは、上段は右手、下段は左手で弾く。イレギュラーに両手を使う場合、楽譜に指示が書き込まれていることが多い。しかし他の箇所でも同様に、左右の配分を変えても問題はない。

例えば4分の4拍子の1小節に、広音域に渡る16分音符が16個入っており、その他の和音などは全くないとする。この場合、
①全て右で弾く 
②全て左で弾く(これはほぼやらないと思うが)  
③8個ずつ(2拍分)左右に分配して弾く 
④4個ずつ(1拍分)ごとに左右を交互に使う
⑤拍にこだわらず、左右イレギュラーに交互に使う
などが選択肢となるが、③④を使うとかなり弾きやすくなる場合が多い。変にアクセントが付いたりしなければ、むしろ①より綺麗に、ミスなく弾ける確率が高い。⑤も慣れると、③④より弾きやすい場合があるが、どこでどう区切るかという点で、上級者向けの技と言える。

上段と下段の呪縛から逃れるだけで、驚くほど弾きやすくなることがあるのだ。プロの演奏動画などをよく観察すると、多くのピアニストがこういった弾き方をしていることに気づく。この左右配分の変更は、特定の音にアクセントを付けたい場合などにも、大いに役立つ。また、短時間で速いパッセージを習得しやすくなる。あまりこういったことは教えてくれない先生もいるので、研究熱心な人にお薦めの技である。

4、テンポをいじる

これはソロで好き勝手に弾けるときに限るが、最も単純な対策である。ただしやり方を間違えると、ぎこちなく聴こえる上、全体のバランスが崩れかねないので、センスが問われる。あくまでも自然に、フレーズの中の流れとして、難所をtempo rubato にしてしまう。その箇所だけ急激にテンポを落とすと違和感があるので、計画性が必要だ。また、こういった操作が相応しくない楽曲もあるので、音楽との兼ね合いが重要だ。

5、左右同時進行の複雑なアルペッジョを、左右交互に和音で弾く

これが役に立つのは、非常に複雑な現代曲などの場合で、それ以外は、普通に弾いた方がもちろん弾きやすく、またスムーズなフレーズとして聞こえる。

どのような手法かというと、左右で全く違う、しかも無調に近いような響きを持つアルペッジョを弾くのは難しい。そのため、片手で両音掴めるくらい接近している場合、左右交互に2音ずつ弾いてしまうと楽な場合がある、ということだ。使う場面はそう多くはないが、どうしても弾きこなせそうにないというときには、これでしのげる場合がある。

思いつくものを書いてみたが、何かの役に立てば幸いだ。



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