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現代音楽、芸術、哲学のよくないところ

「なんだかよくわからないな」

「これが芸術?」と思われるような、いわゆる現代アートや、現代哲学。

哲学の方は、数式や言語ゲーム?というのでしょうか、とにかく他を寄せ付けないし、しかも、「だから何なの?」「何のためになるの?」と疑問がつく著書や研究も目につきます。

勿論、哲学は論理、理性、知性で世界にアプローチしていくものですから、多少理屈っぽかったり回りくどいところはあるわけですが、

過去に偉大な哲学者の説いた教えの中には、身近に感じられたり、心を向上させる要素がしっかりとありました。

一方、いわゆる現代アートには、混沌としているだけのものも少なくありません。

芸術家が自分の感じるところや自分の心境を正直に吐露する営みとして、それ自体を否定することはないかもしれませんが、

それを世間や他者にアピールしていく場合には、それは何らか良いものを伝えていることになるのか、そうではないのか、一考することは必要、と考えても良いのではないでしょうか。

(ただ、勿論、感性は人によって違うので、厳密に規定出来るものではありません。ただし、全体の風潮や傾向性は確固としてあるでしょう)

音楽の世界においては、とにかく過去にない新しい作曲技法を求めて、求め続けた結果、もうそこには前述の混沌しかないような状況が出て参りました。

作曲家の吉松隆氏に言わせると、そんなのももう過去の笑い話になっている部分もあるようですが、 ベートーヴェンやモーツァルト、マーラー、ドビュッシーにはあるような素晴らしさを微塵も感じない、聴いていて「?」な作品が非常に近現代で多く創られました。

しかも、好んで視聴する人の数が極端に少ないというのは何よりも実情を現しいると思われます。

あまりに人の心に訴える力が無い場合は、やはり魅力に乏しい部分があるのかもしれません。

(ちなみに、これはポップカルチャーと、いわゆる純芸術の愛好家の数の差に開きがあることとは、また別の議論だと思われます。)

ただ、いわゆる現代アートの全てが良くないわけではなく、 何か新しい技術を試みたという点、 語法の進化発展という観点からのみ見た場合は、 参考になる部分もあります。 

ただ、それはあくまで私が音楽を専門にしているからであって、 ぐちゃぐちゃに塗りつぶされたカオティックな絵画やゴミみたいなオブジェを見ても、「はぁ、これが現代の世相ですか」としか、感じられないことも多々ありました。

近現代的な技術追及と、作品の「内実」「意味」「人々の心に訴えかける作品美徳の部分」がうまい形で融合した作品は、やはり現代ものでも素晴らしいと思います。 

これだけ書いておいてですが、私自身のあくまで主観としては、あ、素晴らしいなと感じる作品や、参考になるなというものも、チラホラはあります。 そういった作品は紹介していけたらと感じております。

お読み頂きありがとうございましたm(_ _)m


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コメント4件

アメリカの現代芸術は、「画一的」「統一的」な、気がします。キャンパス一枚に、同じ色のみ塗るとか、繊細さを、重んじる日本人の精神には、ちょっと、理解しがたい気がします。
コップの水に砂糖が溶けなくなる飽和現象、どうしても起こりますね。
水を注いだり、水温を上げたり、砂糖を食塩に変えたり、色々やっても、いつか飽和する。
ながさわかつひろ様> 現代アートの美術館ではヨーロッパでもそういうものを目にします。 うぅん、 うぅん、・・・うん 笑 えぇ、そうですよね^^;
Tome館長様> うぅん、なので方法論の追求もそこそこにして、やっぱり作品の質、語法に変革をもたらすというよりも、中身自体を充実させる方向で考え続けることが大事なのかな、と個人的には思っています♪
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