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逆~さかさ~

(ヤバい。これは絶対ヤバい)
ある雨の春の朝。揺れる路面電車の中で、勝村亮はそう内語していた。
(俺はやってない。わざとじゃない。
……でも、それは通用しないだろうなぁ)
はぁ……と、器用に心の中でため息を吐く。
(これだけあからさまじゃ、絶対……)
だらだらと冷や汗を流す彼の手の平は、前に立った女性の股間に当たっていたからである。
(……どうしよう)
しっとりとした……それは雨のせいか否か……彼女のタイトスカートに吸い付くように。

「やっべ! 遅れる! ぜったい遅れる!」
雨の中傘を片手で差し、自転車で駐輪場に滑り込んできた青年、勝村亮はどこにでもいる大学生である。
「電車は……よし、来てる!!」
彼はばしゃばしゃと水溜りを蹴散らしながら路面電車の停留場に駆け込んだ。
平ヶ土市電……県庁所在地である街を貫く路面電車の、終点の一つが彼の自宅から近く、もっぱら彼は通学にこの電車を利用している。

(うわ、混んでるな)
乗り込むと、もう空いているのは後方の立ち乗りのスペースしか無かった。雨の日はいつもこうだ。
ただ、途中乗り換えはないので、乗りさえすれば後は揺られているだけで降りる直前気をつければ良い。

――その、はずだった。

通学用のリュックを足元に置き、音楽プレーヤーの電源を入れ、一息ついた頃。電車は中畠停車場……住宅街に接し、いつも多くの人が乗り込んでくる停車場だ……に停まり、案の定乗車率は跳ね上がる。
一駅で降りるのか降り口のある前方まで進む人。乗務員の案内通り電車の中ほどまで進む人、そして入ってすぐの後方で立ち止まる……一人の女性。
綺麗な人だなあ。というのが素直な感想だった。壁に背を預けているために、亮はその女性と対面した格好となり、半秒の後、あまりジロジロ見てはいけないと思い彼は顔を伏せた。
年齢は三十才位だろう。上品そうな顔立ちにリムレスのメガネを掛け、セミロングの髪はゆるくウェーブがかかっている。服装は薄いラベンダー色のブラウスと濃い茶色のタイトスカート。ヒールも含めてとはいえ、平均的な身長の亮と目線が合うので、女性としては長身な部類だ。
そして、不可視に彼女を飾る、微かな香水の香り。
亮が得た情報は、せいぜい大体の年齢くらいのものだったが、自然に鼻腔をくすぐるその大人っぽい香りは、さっき起きたばかりの彼にはなかなかに毒である。生理的に。
(……いかんいかん)
一瞬浮かんだ煩悩を押し込め、無意識に顔を赤らめた彼は、更に顔を伏せた。
だが、そのときである。
電車が加速を増し、ぐっと横Gが乗客にかかる。亮は左の後ろ手に手すりを掴むが、その女性はふらっとこちらへ倒れかかる。だが、ぶつかることはなく体勢を立て直した。
しかし、反射的に差し出しかけた右手の甲が、すべらかなタイトスカートに触れていたのである。
(しまった! 謝らないと!)
そう絶句したのは一瞬にも満たないほどの間だっただろう。反射的に手を引っ込めようとした彼は、手首をつかまれたのである。
(え……?)
すわ、痴漢として告発されるのかと思った刹那、退けようとしていた手は離れるどころか更に強くその場所……彼女の股間に押し付けられたのだった。
(ヤバい。これは絶対ヤバい)

時は最初に戻る。時間が何倍何十倍に引き伸ばされる心持ちでその後の反応を待つが、一転して彼女は何も行動を起こさず、何もしゃべらない。
冷や汗が流れる。喉がからからになった。そして頭には血が上って、目の前がくらくらする。貼り付けられたように見つめる先には、濃い茶色のタイトスカートに半ば埋もれた自身の手のひら。
弁解を。と思うが、言葉も繕えずただぱくぱくと口を開閉させながら、亮はようやく顔を上げる。
(……ッ!?)
怒りか、恐怖か、軽蔑か。否。
そこにあったのは、微笑。羞恥ではなく、興奮で彩られた、艶笑。
きっと、ずっと亮を見ていたのだろう。女性は目が合った瞬間、待っていたとばかりに揺れを利用して耳元に唇を寄せ、彼に向かって呟いた。
――もっと触って。もっと。
そのとき亮は、耳をくすぐる暖かい息がいかに官能を刺激するものか、知ることなった。

「じょ、冗談は止めてくださいよ」
語尾を震わせ、青年はそう呟き返す。わななくような声音は、可愛そうなほどに動揺を映していた。蚊の鳴くようなその声も、おそらく女性には聞こえていたはずなのだが、
――いいわ、リードしてあげる
彼の言葉を聞いていないように彼女は妖艶な声音でそう返し、ようやく体を離したかと思うと、亮の掌を股間に挟んだ。
――ねえ、なにか感じない? 湿ったの。濡れてるの
丁度電車は停車場で止まり、どよりと人の声が高まる。
そんな中で、ぎゅうっと太ももで青年の手を挟んだ女性はそう言葉で彼を扇情する。体温が、そして湿り気が肌から伝わってくると、青年の目の焦点は緩み、女性に魅入ってしまっていた。
眼鏡が、彼の姿を彼に反射していた。

――あったかい? でもまだまだよ。もっと、熱くさせて。ほら、こっちも
そして電車が動き出し、その揺れにシンクロさせて身体を亮に預けようとする。反射的に押し止めようとした彼の空いていた左手は、するりと魔法のように女性のブラウスの中へと吸い込まれていった。いつの間に外していたのだろう。ボタンを外して開いた襟口から、濃い紫色のブラジャーが見えていた。
ほら、良いのよ。触って。
その精緻な刺繍で構成されたカップの上に、彼の手の平が添えられる。
その機能からしてやや堅い触り心地であるものの、やはり布であるから押し返す感触はどこか柔らかい。そして、その下に収められているものを思うと、青年の思考はまたふわふわと飛んでしまいそうな心地となる。
しかし、それを戸惑いと見た女性は、
――全部言わないといけないの? まあ……それはそれで良いけど
と呆れたように……だが、軽蔑や嘲弄の響きはなく……そう呟く。
その言葉に彼は心理を撫で上げられ、背筋にぞくりとした物を感じつつ、女体で温められたブラ……その、内側へと亮は自ら手を進めた。

――あら、いいじゃない。その調子よ。
驚いているのかいないのか分からないが、少なくとも嬉しそうではある。
そして、青年の指先が堅くしこった乳頭に触れたとき、明確に"感じた"様子で女性は短い吐息を洩らし、彼にだけ分かる程度に、戦慄く。一方彼は手の平で触れている乳房の柔らかさに指が溶けてしまいそうな錯覚を覚えていた。可愛そうなほど股間を張り詰めさせて。
その様子を感じ取った彼女は、自ら感じていた甘美な電流の痺れを表に出す事無く、飽くまで余裕の表情で、再び身体を寄せさせた。
――ねえ、熱いの
本業にする者も、かくや。という具合の淫蕩な響きである。
そして、空の雲を集めたような柔らかさの乳房を自分の胸板で味わった亮は、遂に指一本触れられる事もなく絶頂に達した。
「うっ……」
だが、うめき声は上げたものの、放出は伴っていなかった。その代わり、ぐらぐらと煮えたぎるような、なんとも判じがたい感情が彼の中を一瞬で駆け巡る。
そして、その感情が、亮のなにかを弾けさせてしまった。
目の前には、慈母の如き女性の笑顔。
(誘ったから悪いんだ。誘ったから。何しても……)
上衣の中の左手を、そして囚われていた右手を手を引き抜き、なんの断りも無しに右の手を女性のスカートの中に潜り込ませた。自分勝手な論理の末のその行動は……見事に彼女の企み通りだった。

ブラジャーと同様の感触のショーツの表面を彼のてのひらは上滑りし、終着点たる付け根に至る。ぬめりが、しとどに溢れたぬめりが指先を出迎えた。
(……っ)
その温みが青年の頭の中を熱くさせ、急かされる様に改めて狭所へと突き入れる。先ほどのぬめりが挿入の潤滑油のように、絹の肌を滑りゆきその感触に亮はうっとりとする。そして、柔らかな絹糸と、ぬめりの源泉へと。
女性は、熱く深い息を吐き出した。青年は、止まっていた手を再始動させた。
豊かで濃い茂みを掻き分け、亮の指が裂け目へと侵入する。すると期せずして手の腹の丘で女性の秘核が捏ね上げられ、

「あっ」

女性が、熟桃色の声を上げた。

「……?」
至近のサラリーマンが、周りを見回す。それ程聞きなれぬ色の声だった。右へ、左へ、その視線を亮は追う。女性もまた気配を注意深く探った。ばれぬよう、しかしおびえすぎぬよう平静を保って。二人の思いが共鳴する。
<鶴川。鶴川です。西平ヶ土駅方面行きのお客様は、ここでお乗り換えです>
だが、同時に新たな停車場で人の流れが起き、サラリーマンは疑問を取りやめ、更に乗車率は高まった。
人波に押され、二人は密着していた。

女性は隠しようもなく瞳を潤ませる。
――かき混ぜて。どろどろにして
ようやく、女性は青年に対して弱みを見せた。青年は、探るように指を蠢かせ、かえってそれが女性には心地よい。二人の中の緊張と緩和が、昂ぶりの度合いを急に引き上げる。
じゅぷじゅぷと、聞こえるはずの無い水音が二人の耳に響き渡る。いやらしい音を奏でる液体に塗れた穴と指とが、溶け合って一つになってしまいそうなほど熱くなる。
堪らなくなって、亮は挿入する指を三本にした。それを難なく呑み込む肉壷は、何か特別な経験を物語っていた。
――そろそろ、イきそう。
これまでとは違う、本気の絶頂を、彼女は迎えそうだと彼に告げる。電車は、また数分で次の停車場だ。
亮は三本の指を束ねるようにして、擬似的な肉棒の様に出し入れする。
このままでは周りにバレてしまいそうだが、もうそんなことは二人とも考えていなかった。
広い交差点を横切る線路で、車体が跳ねる。その隙に、彼らは噛みつき合う様に口づけを交わした。
圧縮空気とともに電車の扉が開く。熱気に淫臭が紛れて、焼け付くほど熱い息を二人は吐き出した。
て て と、数滴の雫が放射円を床に描かれた。

「あの、おねえ……さんは、降りなくてよかったんですか?」
一つ二つまた電停を過ぎた後二人は共に降車し、電車が去った後、初めて普通の音量で会話をしていた。雨は上がり、少し陽すら差してきている。
「ふふ、おねえさん……ね。ありがと。私、大学のセンセイなの。ここから近いでしょ?」
「いや、さっきの……アノ時の……停車場が、最寄ですね」
「え……?」
当然ながら、乱れた着衣は直しているが、一転して割と間抜けな顔を女性は 晒していた。
「まあやたら学校敷地が広いですから、ここから歩いても付きはしますけど、何学部ですか?」
「工学部」
「え?」
その言葉は、ここから行けば敷地の一番遠い側だ。という点と、彼が所属する学部が同じことへの驚きの声。
「ああ……っと、結構、歩きますね。俺も同じ方向ですけど」
少し戸惑いながら言う彼の言葉に、女性は手元で携帯端末を操作してマップを確認する。そして言った。
「……私、藤村雫。准教授。の予定」
突然の名乗りに亮は面食らうが、そのまま聞いてみた。
「さあ、もう知らない仲じゃないわね。大学まで、案内してくれる?」
「あ、はい」
その論理はわからないが、とりあえず彼は返事をしておく。
停車場からの横断歩道の信号が、折よく青に変わった。
「でも、途中で歩き疲れたら――」
その先は、亮にはよく聞こえなかった。
その代わり、視えたのは、リムレスの眼鏡を透かした熱っぽい瞳。

【おわり】

おまけ
キャラ紹介

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