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映画嫌いが全力で薦める映画

初めに言っておきたいのだが、私は映画が苦手だ。というより苦痛だ。
あの映画館という密室の中でじっと二時間座っているのが耐えられない。かといって家でDVDを観たりするのも、物語の中に入っていくまで相当な時間がかかる上に集中力が持たない。
だから圧倒的に人より映画を観てる本数が少ない。それでも私が今まで観た映画の中で、一番好きな作品がある。
それが「愛の新世界」だ。
あまりにも好きな作品なのに、映画好きでもこの作品を知ってる人は少なく、こんな素晴らしい作品が知られていないなんてと悔しささえ覚え、映画嫌いの私が今回このような文章を書くに至った。

私がこの映画に出会ったきっかけは、当時レンタルショップでバイトをしていて、邦画好きの友達がいたからだ。
当時まだ邦画は、ダサいものからイケてるものへ変わっていくギリギリの時代だったと思う。
1994年公開だが、私はレンタルビデオで観たので95年〜96年あたりに観たのだと思う。21〜2歳の頃だ。

この作品は邦画で初めてヘアヌードが解禁されたもので、R-18指定だ。
主役の鈴木砂羽はこの映画でデビューし、もちろんヘアヌードも披露した。

鈴木砂羽演じるレイは小劇団で女優を目指しながら、SMクラブで女王様のアルバイトをしている。
キツく引いたアイライン、真っ赤な口紅とマニキュア、真っ黒なハイヒールに、ボンテージを身を包む鈴木砂羽は女の私でもひれ伏したいくらい美しく、まさにハマり役だ。

この映画は荒木経惟の写真と融合させており、劇中でも冒頭からアラーキーが鈴木砂羽の写真を撮ってるシーンやその写真が出て来るのだが、鈴木砂羽の「今」の美しさを芸術として切り取っている。

レイは昼間は小劇団の劇団員として活動して、女優を目指している。その劇団のキャストには、当時まだ売れていない頃の大人計画の面々が起用されている。
松尾スズキ、宮藤官九郎、阿部サダヲ…当時から大人計画は知っていたが、今こんなにも活躍するなどとは予想もしていなかった頃だ。
その劇団の男たちとレイは誰とでも寝る。そしてその事を劇団員の男すべてが知っている。男たちはあっけらかんとしていて、セックスの後の居酒屋で集まり、今日は良かったなどと談笑したりしている(ちょっとポリアモリーに近い)。そしてレイが性病に罹ると、男たちもみんな感染してしまったりする様がコミカルに描かれている。

これを読んでる人は、レイをどのように思うだろう。
SMクラブで働いて複数の男と寝てと、ふしだらに思うだろうか。
私はそうは思わない。小劇団は金がない。練習をする小屋を借りたり衣装や道具を作らなければならない。レイはアルバイト代をそのために劇団に入れている。男と寝るのも特に金は取らない。
そしてM嬢と違い、S嬢はプレイの間頭の中で即興で構成を練ってるから、すごく芝居の勉強になると言っている。

私はレイを「夢を追ってる純粋な女の子」だと思う。
レイはアルバイト先の都心から、遠く離れた郊外の自然豊かな場所で一人暮らしをしている。
実家の母親に新しいアルバイトを始めたと葉書を書く。そのアルバイトはセラピストの手伝いだと説明しているが、私は案外芯を食ってる表現だと思う。
バイトから帰ると朝だ。風呂に入り髪を乾かし、明るくなった窓の外を見て、すっぴんのあどけない顔で鳥のさえずりを聴き、微笑みながら「おやすみ」と言って眠る。

そしてこの映画のもう一人の主人公と言える、重要な登場人物が、片岡礼子演じるホテトル嬢のアユミだ。
アユミは医者の卵や弁護士の卵と付き合っていて、玉の輿が夢だ。そのため、結婚資金をホテトル嬢をしながら稼いでいる。
アユミもレイと同様、夢に対して純粋無垢で、そのために風俗で怖い目に遭いながらもせっせと働いている。
この話はレイとアユミの友情物語とも言える。

私がとても好きなシーンがある。
レイとアユミが男にナンパされ、男の車に乗り込み海まで行くが、男を浜辺の砂に埋めて、海で一矢纏わず生まれた時の姿になり水をかけ合ったり押し倒したりしてはしゃぐ。
明け方の渋谷を全速力で走って、入った店でビールを一気飲みしたりする。
若さだけが美しいとは思わないが、このシーンを観てると、若さにしか表せない刹那の美しさに心を撃たれ泣きそうになる。

また注目すべきなのは、先程の大人計画の面々の他にも、エキストラが豪華な事だ。
松尾貴史、哀川翔、大杉漣、武田真治、袴田吉彦、田口トモロヲ、杉本彩…どれも1分程の出演だ。

レイとアユミ、それぞれの客の様々な性癖の描かれ方も面白い。
その中でレイの客として一番軸になるのが、萩原流行演ずるヤグザの組長、澤登だ。
澤登はレイに心酔していて、まさに女王様と崇めている。組員の前での立ち振る舞いは立派なヤクザだが、レイの前では絶対に歯向かう事など許されない、ただのマゾヒスティックの客になる。

音楽も素晴らしい。
レイとアユミがはしゃいだりするシーンでは、山崎ハコの「今夜は踊ろう」が流れる。映画のラストでは、同じく山崎ハコの「私が生まれた日」が流れ、画面には恐らく古いホームカメラで撮ったであろう、幼少の頃の鈴木砂羽が映し出される。この映像と音楽がどんぴしゃに合うのだ。


ヘアヌード、風俗などの映画と誤解されやすいかもしれないが、「愛の新世界」は間違いなく「愛」と「夢」と「若さ」と「純粋」と「美しさ」が輝く、これぞエモーショナルな青春映画である。

私のルーツは愛よ  そうよね
私が生まれた日/山崎ハコ

あなたのたいせつな時間を使って見ていただき、ありがとうございます◡̈ ⋆* 私のnoteがあなたの心にやわらかく触れてくれたら嬉しいです𓂃𓈒𓏸