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何をしているときに幸せなのかを定式化する

インターン先で知り合った良き友人から、「自分が何をしているときに幸せなのかを知っておく」ことの重要性をずっと強調されてきたのですが、当たり前のようで、意外に考えたことがなかった問いです。彼は人に会う時も、その人が何をしているときに幸せなのかが気になるため、よくその質問をするそうです。彼自身は、人と話すこと、人と一緒にいて仲良くなること、が自分にとって一番楽しいことだと言います。哲学者であるカントが言ったように、人は手段ではなく目的である、と。だから人とお仕事をするのは楽しいけれども、その究極的な目標は一緒に働く人と仲良くなることなんだと主張します。

僕は自分がどういう時に幸せなのか、というよりも、自分が「どうなったら幸せななのか」という未来形の視点で考えることが多い人間でした。

一般的に見れば、僕は教育に対して非常に力を入れた環境に置かれていました(私立の中高一貫)。それゆえ、周りの大人や教育者たちからの圧力は当然存在して、その圧力に抗うには本能的な恐怖が拭えず、結局、彼らの要請と自分の欲求の折り合いをつけ、僕に「優等生」たる動機を見出させたのは、「社会貢献」への煽り、でした。中学生から高校生にかけて、人生の目的とか色々と悩む時期が多くの人にあると思いますが、そんな時期に初めて僕を動機づけたのは、「何者かになろう」、そして「社会は変えなければならない」といった欲求なのです。そうした「使命感」を通じて、僕は周りの圧力に我慢して従う正当性を作り出しました。

つまり僕を勉強へと走らせたのは、根本的には決して能動的な学習欲求ではなく、周囲の大人たちへ反抗を行うことに対する恐怖心、あるいは無気力という極めて受け身な動機だったのだと今は感じています(もちろん、どんな動機であれ恵まれた環境に救われていることは数え切れないほどあるでしょう)。

結果的に僕は東大に入ります。受験期にはその選択は「思考停止の結果ではない」(いわゆる、友達がみんな行くから自分も行く、あるいは日本トップの大学と言われているから取りあえず目指してみる、など)、そして「自分自身の主体的な選択の結果」と言っていたものの、今考えれば、自分は良い意味でも悪い意味でも、「煽られた」人間の一人であったのだと感じています。その煽りとは、”努力をして努力をして、「立派」な人間になって、何者かになるんだ… ” という動機づけのやり方を無意識下に刻み付けるものでした。
(周りの東大生を見ていても、教育者たちが定めた規範に縛られつつ、それに従う動機を何とかして正当化してきた"優等生"が多いと感じます。そして、それが何となく自分が中等教育に対して感じてきた違和感の正体であることも気づきました。)

しかしそうした動機づけは、「今 現在」の幸福に重きを置くものではなく、当然、どこにあるのかはっきり分からない未来の幸福を目指すものですから、そうした動機づけで安定的に幸せになれることは滅多にないと思います。

だからこそ、「手段ではなく目的である」自分の好きなことを知っておくべきだな、と。それは単純に、色んなことに取り組んでみて、その中で自分が直感で感じることを素直に聞き取れば良いはずです。

好きな食べ物を探したいならば、イタリアンに行って、気に入らなければ中華に行って、それでも気に入らなければ和食に行って、それをn回繰り返せば、やがては及第点が見つかります。そこで大事なことは、「ある事物に対して、自分が好きか嫌いか、はっきりと言えること」であり、それは冒頭の彼がいつも口を酸っぱくして言うことです。それは幸福な状態を発見するための、いわば自分にとってのコンパスとなります。

結び

思想は自分を取り巻く環境に従ってどんどん変化していきますから、思想に関する議論の前提は、思想とはその時点での最適解に過ぎないこと、です。以下のnoteの結びでも触れましたが、思想の取捨選択は、その時点での苦痛または幸福に対する最適化という行為だと僕は認識しています。だから、選択する思想は人生全般に適用できる大局的な解である必要はなく、ある程度の汎用性を持つならば、局所的な解で構わない、ということです。僕の場合、10代の時に最適であった思想が、20代になるとむしろ自分を縛るものになっていましたが、10代の時にベストであったならばそれで良く、思想の変化は当然ながら起こる、ということです。

このような、大幅な哲学の変化が人生では所々あるのだと思いますが、そうした変化は決して自分を劣化させるものではなく、そして今までの自分の前進を否定するものでもなく、自分を新しいライフスタイルへ踏み出させてくれるものだと思って、変化を恐れずに歩んでいきたいものです。


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