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ピアノ講師と不倫 第2話

「ピアノを習いたい」

妻は言い始めた。うちにアップライトピアノが来てから、ネットの動画とかで見よう見まねで勉強していたみたいだけど、上手に弾いてみたいという向上心が芽生えたようだ。消防士と言う仕事は不規則な仕事で、昼夜問わずシフトで拘束され、大きな事故や災害があったら何日間も帰れなかったりする。最近は夏に豪雨が増え、水害とかが多くなり、自分の管内以外にも応援で出ることも多くなった。妻には寂しい思いをさせているし、決意したはずの不妊治療もなかなか始められないままでいる。お金は幸いボチボチあるので、せっかくだから少し金額がかかってもしっかりした先生につかせてあげたいと思い、色々調べて見たら音大の講師の先生が家庭教師先を探しているという話を見つけ、頼んでみることにした。

まずは最初に顔合わせをした。やって来た講師は近藤と言った。年齢は四十代中頃って感じ。俺みたいにずんぐりむっくりした体形ではなく、すらっとしたスマートな感じ。清潔感があって真面目そうだ。話をしてみても人当たりがよく、優しい感じだった。礼儀も正しい。まずは週一回、お試しと言う形で一カ月やってみて俺も納得してこの先生に任せた。

習い始めの頃は、家に帰ると妻は嬉々として「今日はこれを習った」「今この楽譜を勉強している」など夢中になって報告してくる。何だか妻が若返ったように感じ、まるで付き合っていた頃の学生時代を思い出した。そんな妻の変化を嬉しく感じた。近藤先生には感謝ばかりだ。しばらくして妻はレッスンを増やしたいと言い始めた。反対する理由はないし、ピアノを始めてからと言うもの、妻の表情はすっかり明るい。俺は妻の願いを受け入れ、レッスンの日数を増やした。

「先生の大学でレッスンしてくれるって」
妻はある日、近藤の勤務している音大に誘われ出かけて行った。何だかデートにでも行くような感じでうきうきと支度する姿に、軽くヤキモチを焼いたが、喜んでいるので俺は黙って妻を見送った。が、最近、少し我が家に異変を感じていた。少しずつ家が散らかっている。まあ、ゴミ屋敷と言う感じではないが、きれい好きな妻にしては掃除が行き届いてないし、台所も洗い物をため込むようになっていった。そして何より、夜の生活が少しずつ減ってきているし、淡白な感じになってきた。どうにもおかしい。浮気を疑いたくはないが、妻の心ここにあらずと言った感じが俺の疑いを深めていった。しかし、だからと言ってどうすることも出来ず、悶々とした毎日を過ごす。

ある日の出動で、俺は大きいミスをしてしまった。署内ではベテランの位置づけの俺には似つかわしくない凡ミスで、怪我をしかけてしまった。先輩の署員が俺に声を掛けてきて、酒に誘ってきた。口うるさくて煙たがれている人だが、俺はこの人を信頼していた。居酒屋について、お小言を覚悟していたが、先輩は意外な言葉をかけてきた。

「最近、なんかあったのか? 様子がおかしいぞ、お前」
先輩は俺の悩みを見抜いていた。訓練でも精彩を欠いていたようで、出動でもいつもの自分なら絶対にありえないミスだ。これは何かある、と思い声を掛けてきたのだった。

「俺たちの仕事は些細なことでも一つ間違えれば命に関わる。心配事があるならキッチリ解決しておかないといかん」
俺は洗いざらい、抱えてる妻への不信と不満を聞いてもらった。誰かに話を聞いてもらって、溜め込んでいたものを吐き出すことが出来てスッキリはした。しかし、原因となっている状況自体は何も状況が変わっていないので、何ら解決はしていない。

「俺も似た経験があるんだよ。俺は離婚しちゃったけどな」
話によると、先輩も奥さんに浮気されていた経験があるらしい。先輩は何もなければそれでいいんだから、と興信所を紹介してくれた。自分が以前使ったところらしい。
「気持ちの中に引っ掛かったまま出動すると命取りになるし、他の奴まで巻き込むぞ」
確かに先輩の言う通りだ。実際に実害が出てしまっている。自分自身も今仕事に集中できない状況だ。興信所は考えていないわけではなかった。しかし、妻のことを疑うような気がして気が引けていた。しかしこのことで仲間まで危険な目に合わせてしまうという事になりかねない。

非番の時に先輩に紹介された興信所に出向き、相談をした。金額はそこそこだが、関わることはすべて調べ上げてくれるそうだ。口座から下ろすと妻に説明が必要になるので、俺は姉に相談し、立て替えてもらった。日時を指定し、家の合鍵を渡して、妻を連れ出している隙に隠しカメラや盗聴器をセットしてもらった。
金額は大きいが、無駄になってしまうことを心に願っていた。しかし一か月後届いた報告は驚愕する内容だった。

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