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ピアノ講師と不倫 最終話

弁護士事務所に行って、最終的な報告を受け、お金を受け取った。近藤は約束通り翌日、一千万円を耳をそろえて入金してきたそうだ。一千万円と言う金額も実は計算があってのことだった。近藤の実家は実は資産家で、奴はそこの次男坊だった。音楽の才能に恵まれた近藤を父親は猫かわいがりしていた。それは大人になっても変わらず、一千万円などは近藤の実家にとってははした金のようなものだった。間違いなく実家に頼るであろうと弁護士は踏んでいたのだ。成功報酬と必要経費を差っ引いても、俺の手元には七百万に近い金が入ってきた。お金は、今持っている口座に振り込んでしまうと妻にばれてしまうので、ひとまず現金で預かり、どこかに口座を開いて取っておこうと思った。事務手続きが一通り終わり、出されたコーヒーを飲みながら、俺は妻と別れるべきか、弁護士に相談した。正直、あんなことがあった直後、妻のことを愛し続けることが出来るかどうか、自信が無かった。
「今回のことは、おそらく近藤氏の方が奥さんより上手だったんですよ。それにSMプレイと言うものに対する好奇心が勝ってしまった。あなたにも夫婦生活について反省するべきところもあったのかもしれません。それらを実践してみて、それでも奥さんへの思いが戻らなかったり、奥さん自体がもとにも出らないようなら、考えてみてはどうでしょう」案外、原因となっている人間が退場してしまうと、意外に何事もなかったようになってしまうことがほとんどらしい。ただし、それは浮気前の生活に不満が無い状態に限られるそうだ。それを見極めてからでもいいだろう。

妻の元に近藤から連絡があったらしく、レッスン講師を辞退するという内容だった。それ以来妻はあまりピアノを触らなくなった。妻の中で興味が急速にしぼんでいったらしく、それと比例して家事が雑になっていったところが解消されていった。本当に単なる好奇心からだったと思いたい。ひとまず手に入った大金で、ちょっと贅沢に温泉旅行を企画し妻を連れ出した。妻は少し不審に思ったのか、いきなり温泉旅行って、しかも高級旅館なんてどうしたの? って執拗に聞いてきた。
「先輩とパチンコに行ってさ。大勝ちしたんだよ」
「いくら勝ったの?」
「十万くらい」
「そんなに勝ったの?!」
まあ、それは嘘で、近藤からの慰謝料で来ている。祖父からの遺産も併せると、戸建てを買うことが出来るくらいの現金が手元にある。まあ、近藤の慰謝料は妻には内緒だ。

旅館についてひと風呂入り、夕食。彼女の心と言うか、気持ちをちょっと聞いてみたくて、質問してみた。
「近藤先生とはどんなレッスンだったの?」
「どんなって、まあ、普通だよ? でも中途半端になっちゃったね」
「また、近藤先生に習ってみたい?」
「……もういいかな」
「どうして?」
「何て言うか、色々な意味で、私にはレベルが高すぎるかなって」
近藤とSMプレイに興じていた事実を知っている俺には、「色々な意味」でと言うところが意味深に聞こえてしまった。でも、まあ、弁護士の言った通り、会わなくなると関心も薄れると言う事か。近藤と交わした示談の内容は示談金以外に、レッスンの即時中止と二度と妻と接触しない事。かなり強引な感じでレッスン講師をやめた近藤に,妻は大なり小なり不信感も芽生えたようだ。

妻はしばらくして、町のピアノ教室に通うようになった。相手は女性の先生。話が合うようで通うのは楽しそうだ。そして、弁護士の話によると、近藤は大学をクビになったようだ。手を出していた女生徒がセクハラで近藤を告訴したようだ。生徒の親が事実を知り大学に怒鳴り込んできたそうだ。さらに妻の実家も激怒。義父は市会議員だったのだ。ゆえに妻とも離婚となり、近藤は文字通り丸裸にされ放り出されたようだ。車を売った経緯もバレてしまったようで、実家からも勘当された。裁判での身元確認の時に、住所不定、と言っていたそうだ。罪状は強姦罪とハラスメントにまつわる諸々。何と言うか、ちょっと痛ましい。弁護士は担当していたわけではないが、たまたま担当していた訴訟の後が近藤の初公判だったようで、傍聴してきたそうだ。

そして、俺たち夫婦には新しい命がやってきた。温泉旅行がよかったのか?
母子ともに順調。あとは俺が仕事でケガしないように気を付けないと。

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