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パチンコ玉を鼻に詰まらせたら嫁の浮気が発覚した ③

本来、ホテルの方に話をつけると言っていたのはBだった。

だが、なぜか俺まで駆り出されることになった。Bは元々営業のようなことは苦手なので、ホテルなどにつてがあるのは事実だが、少し緊張している。そこで、交渉は自分がやるからそばにいてほしい、とのことだった。確かに、ちょっと頼むというにしては、色々とグレーゾーンにも程がある。人によっては犯罪じゃないかと言われ、断られる可能性だってある。そういう意味では、Bの気持ちは分からないでもない。

「ごめんなー〇〇、俺の嫁も関わってそうなことなのに、なんか結局一緒に来てもらっちゃって」

「いやいや、むしろあそこで真っ先に手を上げてくれたんだ。俺じゃこんなとこ顔も利かないし、助かるよ」

「そう言ってもらえると嬉しい……正直、結構へこんでるんだ。いや、それは○○も皆も同じだろうけどさ。最近妻は確かに昔ほどイチャイチャしたりしないとは言え、信頼関係はあると思ってたんだ。まさか浮気、それも乱交パーティーに参加してるかもなんて、悪い夢なら今からでもいい、覚めてくれたらいいなって思ってる」

「そうだよなあ……」

Bが仕事で使っている経四の座席で、お互いに傷を舐め合うような話をする。みんな強がってはいるものの、やはりダメージは大きい。ただ、金が無い分、興信所に頼れない俺たちは自分たちの手で、興信所と同じことをやらなければならない。

「このホテルはラブホテルの中ではかなり高級でな、ご休憩もあるけど、普通に利用する客層もあるんだ。だから、受付って言っても顔の見えない窓口じゃなくて、ちゃんとフロントがある。ただ、いつもオーナーの妹さんであるおばあさんがいるだけなんだけどな」

「Bはそのおばあさんと知り合いなのか?」

「まあ、取引はあるよ。ただ、やっぱ内容が内容だけにさ、言いづらいだろ。あと掃除のおばちゃんとも、いつも来た時に控室でお茶を飲ませてもらったりしてる」

偶然とは言え、自営業ネットワークは強い。お互いが被害者で、お互いが力を出し合う。不安はあるけれども、絶対に成功させなければと心に誓う。

「お前の鼻パチンコ様々だよなあ」

「気合と決意を新たにしてる時に、それを言うのはやめてくれ。俺にダメージがくる」

「感謝してるんだけどな、まあすまねえ。行こう」

ラブホテルのフロントなんてものは、昼過ぎの時間は平和というより、無人に近い。だが、ビジネスホテルのようなそのフロントに、目つきの鋭いご高齢の婦人がしゃんと背を伸ばして立っていた。

(すごく真面目そうというか、堅物な感じだが、こんな人が乱交パーティーに場所を貸してるのか……?)

「ウメさん(仮名、そんな雰囲気だから)、こんにちは」

「なんだい、今日はあんたが来る日じゃなかったと思うがね。隣の人はあんたの部下か何かかい?」

「Bの友人で○○と言います。初めまして」

「何かいつもと雰囲気が違うね。どうしたんだい?」

「それがですね、ちょっとお願いしたいことがありまして……」

Bはいたずらがバレて、犯人探しをされている時の子供のようにおどおどとしているが、思い切ってぽつり、ぽつりと事情を話し始めた。ウメさんはというと、その間まるで石像のように固まったまま、時折相槌を打つ程度で、表情どころか眉一つ動かすことはない。

「……というわけなんですよ。私達みたいな自営業者は正直、生活にはあんまり余裕がありません。妻が不貞行為をしていても、それを興信所に頼むお金も厳しいんです。なのでどうか、ご協力いただけませんか」

「Bさん、あんたの言うことをそのまま鵜呑みにしろと? 物的証拠も無いのに」

「それはまあ……そうですね……」

「と、言いたいところだけど、正直言って乱交パーティーなんてのは困るんだよ、ウチも。いくらラブホテルだからって、何をやってもいいわけじゃない。あとね、毎月ワンフロアがある時間に似たようなメンツで貸し切り状態になるときがあって、前からその時間はそのフロアだけ空けておくよう頼んでくる客がいたんだよ」

「それって……」

「あんたの言う奴だよ。いけすかない男でね、うちを三流ホテルだ何だと言って、いつも馬鹿にするのさ。ただ、その分利用料は倍払ってるらしくてね、それもあってうちは断って無かったってわけさ。だけど、別にあいつがいなくなったからって、うちの経営が困るってことはない」

「えーっと、それって」

「掃除の川北さんに言っておくから、私が指定する場所だけ使いな。元々アダルトビデオの撮影とかにも使えるように、そういうちょっと特殊な構造をしてるのさ、うちのホテルは。だから、普段はそういうカメラを設置するようなことはしてないけど、できるようにはしてある」

「ウメさん!」

「あんたとは付き合いが長いし、横に突っ立ってるお兄さんもすごく申し訳無さそうな顔をしてる。あたしはね、こんな仕事をしてるが、人としての道を忘れた覚えはないよ。ただし、これはあんたが勝手にやることだ。あたしは何も知らない。それでいいね?」

「は、はい! ありがとうございます!」

後は皆で金を出し合って買った、隠しカメラを設置する。この期に及んでまだ、全て夢なんじゃないかと思っていたが、嫁、A子、B子、C子、他数名の女性達と、店長、その他数名の男性がやってきて、本当に取ってつけたような乱交をする動画を皆で観た時、改めてこれは現実なんだと理解した。地獄のような、本当の現実だと。

「もう迷いは無いだろ、○○?」

「そうだな……」

「俺も無いわ」

「ちょっと吐き気してきた。俺も無い」

探偵団の仕事はもはや、最終局面になっていた。

証拠は十分すぎるほどに揃っている。乱交に来ていた男たちの顔についても、店長のことを教えてくれた取引先から芋づる式に判明していった。どの人物も飲食店業界で一定の成功を収めた人物だ。慰謝料については問題なく払えるだろう。だが、ただ離婚するだけではつまらない。探偵の物語には劇的なクライマックスが必要だ。その意見について、これも全会一致の賛成が出た。さあ、最終局面だ。

「え、ホテルディナー?」

「そう、いつも頑張ってくれてる嫁達に何かしてやりたいってことで、ささやかだけど俺とA、B、Cで用意したんだ」

「すごい、本当に!?」

「ああ、もちろんだ」

「わあ、ありがとう!}

最高の終わりを演出する舞台は既に整えた。ホテルには事情を説明し、了承を得ている。次の土曜日、小さい披露宴用の貸し切りパーティールームで、一番安い料金のビュッフェプランを依頼した。それ以外にも別途、協力を快く承諾してくれた関係者の皆さんにチップを払っている。A、B、Cにも連絡を入れて、状況を確認する。

「こっちはOKだ。嫁はすごく喜んでる。何の疑いも無く、自分がねぎらわれるに相応しいと思ってるらしい」

「めでたいよなあ、うちの嫁も頭の中が正月とお盆とGWみたいな状態だ」

「そこで疑うような頭があれば、あんな乱交パーティーとかしないだろ。あと、店長や他の男達とも定期的に二人で会って、行為に及んでたみたいだしさあ」

「エロ動画じゃあるまいし、なんでこんなことができるんだろうな。ああ、こっちも飛び上がって喜んでた。出張から帰ってきた時に嬉ションする犬みたいなはしゃぎようだよ」
本当に嫁達四人は、自分たちのために世界があると思っているらしい。こちらとしては好都合だが、こんなのを嫁にしたのかと思うと……いやまあ、酔った勢いで罰ゲームで鼻の穴にパチンコ玉入れる俺が言える義理ではないかも知れないが……

そんなこんなで、結構の日は決まった。弁護士については、取引先から紹介してもらい、事情の説明と着手料金の支払いも済ませた。そしていよいよパーティーの日が来る。

「いいわね、貸し切りでホテルビュッフェなんて。あなたも気が効くじゃない!」

「たまには私達にもこういう日があってもいいわよね。自分へのご褒美、じゃなくて、私達へのプレゼントよね。嬉しい!」

「こっちのローストビーフ、美味しい。皆もどう?」

「ワインもいいわねえ。ふふふ」

一番安いビュッフェコースではあるが、嫁達は上機嫌だ。まあ、表向きは嫁達への慰労パーティーってことになっているから、それは嬉しいだろう。

「嫁達は皆楽しんでるようだなあ」

「ああ、まったく。これなら俺たちも準備をした甲斐があったってもんだ」

「でも、今日のパーティーにはサプライズがある」

「そう、サプライズ! ただ飲んで食べて、それで終わりじゃない!」

その言葉に、嫁たちがにわかに色めきだつ。サプライズと言う言葉に、敏感に反応したようだ。そこで、さっそく部屋の片隅に布で隠しておいたプロジェクターを取り出し、スクリーンを用意する。嫁たちは自分たちへの感謝のビデオレターでも流れると思っているのだろう。目をキラキラとさせて期待の眼差しを向けている。

映像がスタートする。フリー素材のBGMが流れ、キラキラとしたタイトル、そして司会の声が流れる。まるで結婚式の友人代表のスピーチのような、そんな丁寧で優しい言葉。ちなみに編集は……俺が頑張った。昔、何か他にも儲けたいと思って始めた動画サイトへの投稿、結局すぐにやめたのだが、その時の経験で、無理やり俺に作れと白羽の矢が立った。しょぼい映像と演出ではあるが、今のところ嫁達は満足そうな顔をしている。だが本番はこれからだ。

『俺たちがいつも仕事をしているとき、嫁たちはみんなそれぞれの幸せを満喫していた。これは、その時の様子を克明に記録した、愛と涙と笑いのドキュメンタリーである』

今までのワクワクした顔が、キョトンとしたものになる。そして始まるアダルト動画、ではなく、嫁達の不貞行為、そして乱交パーティーの映像。

「あああああああああああああああ!?」

「ちょっと止めて! 止めてってば! 止めなさい! とーーめーーーてーーーっ!!!!」

「嘘でしょ……? なんでなの……?」

「なにこれ、なんなのよお!?」

ああ、嫁たちがそれぞれの夫に掴みかかっている。なお、うちの嫁はというと、その場にへたりこんで、呆然とその動画を眺めているだけだ。そんな嫁を観ていると、思わず笑いがこみ上げてくる。そして、映像も佳境に入ったところで、入り口の扉が開いて、スーツに身を包んだ弁護士先生が登場する。

「動画を止めてください。皆さん静粛に。弁護士の鈴木(仮名)です。この度は夫さん方四名のご依頼を受けて、皆さんの離婚についての代理人を勤めさせて頂くことになりました。どうぞ宜しくお願い致します」

これまで猿山の猿のように騒いでいた嫁達が、ピタリとその動きを止める。いよいよ逃げられない。いや、逃さない。

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