パチンコ玉を鼻に詰まらせたら嫁の浮気が発覚した ②
あれから、俺たちが酒を飲んでいた間に本当に嫁が出かけていなかったのか、もう一度嫁にカマをかけてみた。
あの日出かけていなかったのか、本当に家にいたのか。
「何か今日はしつこくからむのね、どうしたの?」
「いやー、何か気になってさ」
「……まあ、本当のところを言うとA子さんの家に少しだけお邪魔してたの。二人女子会ってことでね。あなたに黙ってお寿司を取ったし、安物だけどシャンパンも飲んだわ。でもそれだけ、あなただっていつも飲みに行ってるんだし、私達まだ子供もいないんだから、それくらい別にいいでしょ?」
「ああ、寿司とシャンパンか。やっぱ女同士が飲む酒ってのはおしゃれなもんなんだな」
ここで強情になって、どこにも行ってない、何もしてないと言うのはさすがに怪しいと思ったんだろうな。いつもならこんなつっこみをされることもないし、嫁の方も何かを敏感に感じ取って、妥協点を見出したんだろう。
「……ということがあったんだ」
A、B、Cと一緒に作ったメッセージアプリのグループで早速報告をする。A子というのは、もちろんAの妻だ。
「A子に聞いても多分、同じことを言うだろうな。その辺についてはさすがに準備をしてるだろう。お互いに貸し借りを作ることにはなるが、うちの嫁も○○嫁に貸しを作っておくのは悪い話じゃないだろうし」
「とりあえず時間の融通はあるし、俺らだけで調査をするのはありだろう。つーか、探偵ごっこなんて、何か小学生の頃に戻ったみたいで、○○の嫁の件だけに申し訳はないが、ちょっとわくわくしてるんだ」
「わくわくで済むなら、金のかからない探偵事務所ってのはありがたい限りだよ」
苦笑いをしながら、さてどうしたものかと考える。
「それなんだけどな、俺もダメ元で色々当たってみたんだ。写真は皆持ってるから、この男の顔に見覚えないか? ってさ。まあ、いぶかしむ奴らもいたけど、理由を聞いたら、まあ見かけたりしたらまた教えてやる、っていうわかりきった反応だったんだが、一人だけ食品会社の営業してるやつが、知ってるって言ってきたんだ」
「え、マジで?」
「マジで。この人、ちょっと小洒落たイタリア料理を出す洋風居酒屋の店長だってさ。元々ホテルの料理人をしてたのが、自分の店を持つ際に庶民派の女性にウケる店を作りたいってことで、そいつも開業前に相談を受けたことがあるらしい。その時は見積もりが折り合わなかったらしいが、店自体は成功してて、今三店舗あるって言ってたな」
なるほど、不倫する相手にはちょうどいい。俺と違って料理は上手、多分ホテルで仕込まれた接客術なんかもあるだろう。自分の店、自分の材料、自分の腕で料理を作れば、うちの嫁みたいなのはまあ、メロメロになってしまうのもわかる気がする。
「ちなみに店の名前は?」
「△△△って言うらしい」
「それ、うちの嫁もたまにママ友と女子会してるって言ってたんだが」
「おいおい、ウチもだぞ?」
「なんかきな臭くなってきたなあ……」
実際のところ、嫁とA子、B子、C子は俺たちと同じように繋がりはある。連絡先だって当然交換していて、たまに会うこともあるのは知っていた。ひょっとすると、四人が四人とも同じ相手と、いや、ひょっとすると相互に不倫をしていて、アリバイ作りを手伝う約束をしてるなんて可能性も……
「うちは真っ黒で確定だが、A、B、C、お前らの嫁はどうなんだ。疑わしいところってあるか?」
「まあ、俺ら皆自営業だからな。不規則な生活とスケジュール、その分嫁にも時間については割と融通効かせてる部分はある」
「俺も同じだよ。ただ、浮気を疑うなんてことは考えてもみなかった」
「まさかなあ、そんなことあるわけねえだろ。ないよな……?」
「…………」
あくまでも疑惑であって、実際のところは藪の中だ。夫婦として暮らすのが長くなってくれば、さすがに昔のようなラブラブなんてことはないが、正直な所、少しばかり肩身の狭いというか、ちょっとそれはひどいんじゃないか? という扱いは、それぞれの嫁には受けていた。
「まあまあ、今は○○の嫁がメインだ。その洋風居酒屋を起点にして、○○嫁の不倫の全貌を暴いていく。そして確実な証拠を固め、○○が円満に離婚する、これがミッションコンプリートだ。いいな?」
「ああ」
「ただ、その洋風居酒屋を起点にして、色々と調査の幅は広げられるだけ広げる。もし新しい情報があれば、ここですぐに共有すること」
「オッケー」
何となくだが、このときから漠然とした嫌な予感はしていた。俺の嫁の不倫調査から始まった探偵ごっこだが、まさかこの小さな火種が、ボヤみたいなものが、あんな大火事になるなんて、俺は想像もしていなかったんだ……
あれから幾つかの情報が入ってきた。
実は例の洋風居酒屋の店長(呼びにくいので店長とする)は、女を食い散らかすことで有名で、飲食店業界に割と顔が効くこともあって、何と接待で乱交パーティーをしているという黒い噂だ。彼が中心となった三十店舗ほどの飲食店で作るグループ会員証があり、そこの会員の中でも、一部のVIPとそういうことに興味がある女性だけ、紹介制でそのパーティーには参加できるということだった。
「なあなあ、何でそんなスゲー情報が手に入るんだ? お前何、どっかの国のスパイとか?」
「あの店長な、食品会社の営業とかにスゲー態度が悪い上に、今言ったように 食い散らかす クセがあるんだよ。そのせいで犠牲になって、自分の家庭を壊されたり、金や取引でもみ消されたり、実際に裁判になりそうになって慰謝料で解決したって人間が多くてな。こっちから特にカマをかけたりしなくても、蛇口をひねったみたいに情報がボロボロ出てきたんだよ」
「なんだろう、こんな簡単に情報が流出するようじゃ、いつかは破滅するってわからねえのかな?」
「わかるような頭のいいやつが、そんなことするわけ無いだろ。たぶんだが、元ホテルという経歴から三店舗を経営するオーナーシェフになり、そういう飲食店業界のグループの中心的存在にもなった。要は俺らよりはるかにやり手だろ? あと、モテるらしいからな。だから、俺らみたいなザコなんて、多少噛みついてきたところでなんとかなると思ってるんだろう」
「アリみたいなもんだよな、俺たち」
「ああ、そうだ。アリみたいなもんだ。だが、アリは一匹じゃ弱くても、何匹も集まればどんな昆虫より怖いんだ」
「ところで……俺が質問していいかどうかわからないんだが」
「ああ」
「A子、B子、C子はどうなんだ?」
「……そこの会員になってて、パーティーにも出席してる。名簿もコピーをもらった」
「マジでぇ!?」
「マジで」
「あのクソアマ、なんてことを……」
場の空気は最悪だった。よりにもよって、俺の嫁だけの問題じゃない。この場の全員の嫁達が、みんな不倫をしているというのだ。それも、誰それと、という特定の相手がいるとかじゃない、乱交パーティーだ。
「しかし、まだ黒い噂ってだけなんだろ? 本当にそれが行われている、っていう確実な証拠が無いんじゃ、やってない! 知らない! で終わりにならないか?」
「そこで、次に乱交パーティーが行われる日と場所を手に入れた。ここに隠しカメラを設置する」
「設置するって、どうやって?」
「俺がやる」
そう言って手を上げたのは、Bだった。
「今回はCが情報を提供してくれてる、次は俺が頑張る番だ。日付と場所が分かってるなら、付き合いがある清掃業者のネットワークを通じて、カメラを設置と回収は可能だ」
「できるのか、それ!?」
「興信所が使えないんだから、俺たちでなんとかするしかないだろ。本来はそういうの、俺の本業でもないけど、今回は特別だ」
やばいな、俺の友人ネットワーク。自営業って言ってもそれなりに長く仕事をしていれば、色々なつてやコネはできてくる。世界や世間は広いようで案外狭く、インターネット社会になったと言っても、大切なのは人と人のつながり、そして信用だ。もちろん非合法なことやグレーなことはしたくないのが本音だが、そもそも乱交パーティーそのものが非合法、グレーゾーンなことだ。
「その分俺たちもなんかあれば、向こうに借りを返さなければいけないけどな」
「持ちつ持たれつ、お互い助け合いってことだな」
「とりあえず続報を待ってくれ。その間にも情報収集は継続で。あと、くれぐれもお互いの嫁には感づかれないように」
「そうだな……」
正直言って、絶望的な状況と言える。お互い友達同士の四人、その嫁同士もそれなりに仲が良く、夫としては微笑ましく思っていた。それが、いつの間にやらただの不倫とアリバイを共有するためのネットワークになっていたなんて。
別に真面目に生きてきたとは言わないが、少なくともお天道様に顔を向けられないような生き方をしたつもりはない。これからもそうだと思っていたし、嫁もきっとそうだろうと思っていた。ケンカはしても、きっとやり直せる。互いに助け合って、いつまでもやっていける、友白髪になるまで。だったはずなんだが、それは幻想だったらしい。
指輪の交換のときにはお互いに、永遠の愛を誓った。お互いの結婚式、披露宴ではお互いに嫁さんを泣かせるんじゃねーぞとふざけ合って、写真を撮ったりして……でも、最近の永遠には終わりがあるらしい。というか、思ったより短い。永遠ってのは、十年よりも短い。四捨五入したらかろうじて十年になるくらい。ここ、テストに出るからみんなチェックしてね。自分の人生っていうテスト、ね。
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