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妻が妹の夫と浮気をしたので妹と復讐を計画してみた③

いきなり核爆弾級の、だが、いつかは言わねばならなかった一言だった。

これで動揺するなら、小悪党として少しは楽しませてもらう、もとい、その態度次第ではほんのかけら程度は同情することもあるかも知れない、そう思っていた。これだけ相手を叩き落とすことを夢見て、愛憎という言葉に引きずられていたはずなのに、どこかで人としての心を、情けを、自分は期待していた。そうあって欲しい、蜘蛛の糸にすがるように、そんな風に考えていた。けれども、現実はいとも簡単にその斜め上に突き抜けていく。最初に口火を切ったのは、ベタベタと義弟に頬を寄せながら、それでいて真剣な目でこちらカメラ目線で見つめる妻だった。

「コメ主さんは女の子だよね。いつもうちみたいなチャンネルを見てくれて、本当に嬉しくて嬉しくて……だからこそ、こういう相談にはやっぱり、真剣に向き合わなきゃと思うの。雑談のハズだったのに、みんなちょっと付き合ってくれるかな? いいよね?
恋はね、女の子のパワーを2倍にも3倍にもしてくれる、ハッピーな魔法なの。でもね、それって正しい恋と間違った恋がある。不倫でも彼女持ちの男の子でも、そんな人をあなたが思うのは自由だよ。だけどね、相手から奪うような恋は絶対にだめ。芸能人でもそうでしょう? 略奪愛で幸せになった話って、聞かないよね。幸せな恋をするのは、正しい恋をすることでもあるの。コメ主さんならきっとわかるよね。だって、絶対に素敵な女の子だって感じるもの。だから、そんな悪い恋はNGだよ! もし相談してるのに、実はもうそういう不倫、略奪愛をしちゃってるのなら、今すぐやめて! 本当の恋、一途に思える運命の相手、一緒に探そう、私みたいにね!」

なんか逆ピースとかして、にゃはっとか言いながら眩しい笑顔で決めポーズしてる妻。そして、それに同意しながら妻の頭を撫でる義弟。全部録画しているし、来たる復讐のための素材とは言え、暴力がだめだとかそんなこと無視して、この場に殴り込んでやろうかと思ったその時、妹からのコールが鳴った。

「兄さん、気持ちは私も同じだから、早まったことはしないでね」

背筋に大きなつららが突き刺さったような、本当に冷たい声だった。そして、すぐに素の妹に戻ると、すごい勢いで謝罪を始める。

「ごめんなさい兄さん! まさかうちの夫もお義姉さんも、ここまでバカでゴミで救いようが無いなんて、本当に予想してなかったの! どっちかと言えば焦る姿とかを見たい、そういういたずら心とか、二人の良心に訴えかけたいとか、そういう思いで言ったことなのに、まさかこんなことになるなんて。本当に本当にごめんなさい!」

妹の必死な態度に、やっと我に返る。もし妹が言っていなくても、いつかは自分が言っていたことだ。だから、そんな謝らないで欲しいと慰める。ただ、動画については以降はそれほど力を入れなくてもいいだろう。特に今回の録画は、まさに決定的なものとなった。そして、それからも二人はお互いに恋愛論を展開し、数少ない視聴者と恋バナにいそしんでいる。だが、この顔をいつか苦痛に歪ませてやる。絶対に。そう考えると、吐き気よりも笑いがこみ上げてくる。妹には心配されたが、もはや鬼でも悪魔でもいい。こうなったら一緒に地獄に落ちてやる。そして、そろそろ計画は第二段階に移る頃合いだろうと言うと、妹もそうだねと答えた。

次の手は、義弟が勤めているという居酒屋に通うことだ。幸い、妹がうちの親に面通しをした際に、自分は同席していなかった。以後も妹が親に絶縁される寸前まで行って籍を入れたこともあり、義弟には自分の面は割れていない。それを利用させてもらう、という次第だ。妻とはあれから口をきかなくなったので、取引先との打ち合わせで夜が遅くなっても、また浮気? とかキレているだけだし、相手についても特に気にしていないようだった。だから、元々の友人で取引もある同業のフリーランスに事情を話し、二人で飲みに行っていることにしてもらって、義弟のバイト先に行くようにした。

本来、自分もコミュニケーションが得意というほどではないし、別になじみの飲食店があるわけでもない。しかし、今はそんな自分を割り切って、積極的に店員の義弟に話しかけるタイミングを探しては、細かく褒めるようにしていった。帰り際などにはレジで別の店員(店長が多い)がいるときには、義弟君はいい接客をしていますね。気持ちよくお酒を楽しめて、また来たくなっちゃいます。などと思ってもいない褒め言葉を口にする。

動画での安い投げ銭とコメントはゆっくりと続けながら、店長とも関係を築いていった。すると、店長の方から色々と義弟の情報を話してくれるようになり、

「実は義弟君、うちの店でバイトをしながらバンドをしていて、かわいい歳上の彼女との動画チャンネルも運営しているんですよ。良ければ応援してあげていただけませんか?」

と、ついにあちらから情報が舞い降りてきた。紹介を受けた義弟も、

「ちょ、店長やめてくださいよ! オレ秘密にしてたんですから!」

と言いつつも、嬉しさが顔に出ている。そろそろ第二段階も終了、第三段階、そして仕上げに移るのも近い。地獄を見せてやる。地獄を見せてやる。お前の人生でかつてないほどの地獄を見せてやる。何度も心で呟いた。

妹には逐一報告を入れつつ、両親との関係を改善してもらっていた。

同時に、義弟の母親、この人はとてもいい人らしく、迷惑をかけるのは申し訳ないと妹は思っているらしいが、彼女もあんなゴミクズを育てたことについて、一定の代償は払ってもらわねばならない。母子家庭として一生懸命一人息子を育ててきた苦労人らしいが、その結果がこれなのは、正直言っていたたまれない。だが、だからこそ、ゴミクズのような息子と最後に縁を切るチャンスでもある。

「お義母さんとの関係は問題ないか?」

「うん、大丈夫。久々に特に理由もなく連絡を取ってきてびっくりしてたけど、夫のことで相談がしたいって言ったら、何だか何もかも察してしまったから、近いうちにうちの両親と兄も含めた話し合いがあるので、その際は参加して欲しいって言ったら、わかりましたって返事をされたよ」

「わかった。もうすぐ終わりだ、仕上げだ。もう少しだけお互いに頑張ろう」

「ありがとう兄さん、頑張る」

さて、その日はついにプライベートな連絡先を交換した義弟と、一緒に飲みに行く約束になっていた。名前はもちろん偽名だ。さすがに妹の旧姓と同じでは、勘ぐられてしまいかねない。そこでは仮名として、山田と名乗ることにした。

「山田さん、オレすごく嬉しいです。こうして山田さんと飲みに来られるなんて!」

私は最悪の気分だよ。なんてことは言わずに、とにかく酒を相手に飲ませるようにする。もちろんICレコーダーで会話の内容は記録しながら、ゆっくりと相手がしっぽを出すのを、そしてこちらが仕掛けるタイミングを待つ。

最初は紹介された動画チャンネルの動画を、実は以前から見ていること。そして、たまに投げ銭をしていること、などを義弟に教えた。すると、案の定目をまん丸にして食いついてきた。

「えー、それマジですか!? あの投げ銭をいつもくれて応援してくれてる○○さんが山田さん!? うわー、それってなんか、運命的じゃないですか!? うわー!!」

運命的、まあある意味そうかも知れない。こちらがそういう風に仕掛けているわけだから、自分は運命を操る能力者だ。なんて、馬鹿なことを考えたりもする。いや、そういう風に自分で自分にふざけていないと、色々とこみ上げるものがある。

とにかく今は山田として振る舞い、義弟の動画や音楽について、とにかく褒めそやす。思ってもいない言葉ばかりだが、黒い憎しみと欲望が絡むと、すらすら言葉が出てくるのが不思議だ。

「オレマジで音楽も動画もやめようかなって迷ってたんですよ。ただ、今更辞めてもオレには何も残らないってずるずるやってて……でも、山田さんともうひとり、いるじゃないですか、XXさんって人。お二人のおかげでオレ、今も続けられてるんです。投げ銭までくれるようになったおかげで、本当に感謝してます」

こちらとしてはぶん殴りたい要素満点だが、今は我慢してやろう。それよりも、酔わせて妹のことやうちの妻をどう思っているのか、その本音を聞くのが今日のミッションだ。いや、聞き出せたとしても手は出してはいけない。忍耐だ。耐えるんだ自分。

そう思いながら、なるべく自分がおごるからということで、ちょっと強引だが何度も酒を進めるようにしていた。下戸だったらどうしようかと思っていたが、妹から事前に、酒は飲めるし酔っ払うということも情報を得ている。

特に強い酒を飲ませたわけではないが、1時間半を過ぎたころには、割とへべれけという具合にできあがっていた。

「だいたいね、あの女ってば独占欲強すぎなんですよお……まあね、わかりますよぉ? オレの方が若いしかっこいいしぃ、才能もあるからねぇ。今はまだアルバムも一桁の枚数しか売れてないけど、いつかはミリオンになりますしぃ……」

あの女とはもちろんうちの妻のことだ。話を聞いているが、酔っているのに妹の話はまったくと言っていいほど出てこない。

「まあ、オレのことをささえたいってバカな女がいるんでね、生活はできてるんですよぉ……ああ、間違って籍入れちゃった感じなんですけどね。ただまあ、オレとしては縁を切ったら生活できねぇからあ……そんで、いつもオレと一緒に動画に出てるMさんはぁ……あれです、オレのパトロンみたいなもので……楽器とかすげー高いけど、Mさんが買ってくれるんですよお。あはははっ、Mさんの夫との共同の貯金切り崩して、内緒で買ってくれてるらしいんですけろぉ……って、あ、これ言っちゃいけねえやつだ。あははは、山田さん聞かなかったことにしてくれますかぁ?」

思わず顔から血の気が引いた。妻の浮気が発覚するまで、いや、してからも、まさか貯金は使い込んでいないと思っていた。だが、久々にこちらからネットバンキングにログインすると、本来600万はあったはずの金が、300万まで減っていた。

その日はそこで勘定を済ませ、一応駅で義弟と別れる。その後、すぐに妹に連絡を取ると、道理で高そうなギターやらアンプやらがあると思っていたと言い、妹が誤ってきた。

「兄さん、うちのゴミクズが本当にごめんなさい。でも、絶対にうちのゴミクズと、ゴミクズ女には落とし前をつけさせるから」

計画については妹と話し合っているが、いくつか自分の方で準備することがある、後々で教えるからと言われていたため、今は妹を信じるしか無い。それにしても、使い込みまで発覚するとは。絶対に許さない、絶対に。握りこぶしに爪が食い込んで、血が出そうなほどだった。この痛み、万倍にして返してやる。


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