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【取材記事】下水道資源を利用して水稲栽培!秋田高専の学生が取り組む地方創生

下水道資源を活用した水稲栽培手法の大規模実証試験に取り組む秋田工業高等専門学校
生物処理や消毒を施された下水再生水は、窒素・リン・カリウムなどを含む安全で有用な資源ですが、有効利用は進んでいません。秋田工業高等専門学校は、化学肥料を使わずに再生水を肥料として酒造好適米を栽培し、特別限定醸造酒として付加価値を有する商品にすることで、地域資源循環型農業の構築を目指します。
今回は、秋田工業高等専門学校の准教授・増田さんにお話をお聞きしました。

お話を伺った方

秋田工業高等専門学校 創造システム工学科 土木・建築系 准教授
増田周平(ますだしゅうへい)様

2017年4月 - 現在 創造システム工学科 土木・建築系 准教授
2014年10月 - 2017年3月 秋田工業高等専門学校 環境都市工学科 准教授
2009年4月 - 2014年9月 秋田工業高等専門学校 環境都市工学科 助教
2008年10月 - 2009年3月 東北大学GCOEフェロー
2008年2月 - 2008年9月 財団法人建設工学研究会 非常勤研究員
2006年4月 - 2007年12月 仙台市役所建設局下水道建設部(後,百年の杜建設部)河川課

インタビュアー

株式会社bajji 代表取締役CEO/ビジネス・ブレークスルー大学 教授
小林慎和(こばやし のりたか)

大阪大学大学院卒。野村総合研究所で9年間経営コンサルタントとして従事、その間に海外進出支援を数多く経験。
2011年グリー株式会社に入社。同社にて2年間、海外展開やM&Aを担当。
海外拠点の立ち上げに関わり、シンガポールへの赴任も経験。
その後、シンガポールにて起業。以来国内外で複数の企業を創業しイグジットも2回経験。
株式会社bajjiを2019年に創業し現在に至る。Google play ベストオブ2020大賞受賞。
著書に『人類2.0アフターコロナの生き方』など。

■下水処理場の水を再利用

小林:今回取り上げさせていただいたリリースについて、学校の授業での取り組みという位置づけなのでしょうか? 詳細を教えて下さい。

増田さん:私が所属している高専は、大学と高専の中間にあたるものですが、高等教育期間に分類されます。ですので、学生のカリキュラムにも卒業研究の授業が入っています。そういった観点から、学生の教育研究プログラムの一つとして、今回の研究に取り組んだという経緯になります。

小林:そうなんですね。今、増田先生以外に、このプロジェクトに関わっている学生さんは何人いらっしゃるんですか?

増田さん:この研究は6年目で、今年のメンバーは6名です。学生は、平均して毎年3〜5名ほど参加しています。秋田高専では高専で学ぶ5年間のうちの、5年目の一年間だけが本格的な研究室配属になります。5年間の後、学生によってはさらに2年間の専門知識を学ぶ専攻科というコースも設けられており、その学生も参加しています。

小林:30アール規模の実水田で水稲栽培試験に取り組まれているとのことですが、実は私も、1アールほど農地を持っています。一生懸命農業をしているんですけれども、なかなかうまくいかず。やっぱり、手間がかかりますよね。6年前、循環型の水栽培に取り掛かろうと思ったきっかけはどんなことだったのですか?

増田さん:きっかけは、再生水で飼料米を作る研究をされている知り合いの先生から、共同研究をやってみないかと声をかけていただいたことです。基本的には、土木、水処理関連の研究をしているので、農業に関する基本的な知識が全くありませんでした。当時私は水処理からの温室効果ガスの排出に関する研究をしていたのですが、お米の栽培からも温室効果ガスが出るので、その点にも着目した研究を進めようと、取り組みを始めました。

小林:農業用水などにあまり詳しくないのですが、生活空間があり、下水に流れていき、下水処理があって、そこからプラスもう一個処理をしたうえで農地へ、という流れなのかなって思ったんですけれども、普通の農業用水はどういう流れになるんですか?

増田さん:一般的には、ため池みたいなものがありまして、そこで小さな河川とか、ため池が持っている流域から降った雨を集めて使われていることが多いと思います。

小林:たまに住宅街の端っこの方に、数百メートル位のため池がありますよね。そこに、雨ないし川からの流入を貯めておいて、田んぼとかに流れて行くっていうイメージなんですかね。

増田さん:おっしゃる通りです。ただ、それも地域差があります。人口が多い流域ですと、例えば河川の上流側に下水処理場があって、その処理水が川に部分的に流れ込んで、その水が農業に使われるというパターンもあります。

小林:ちなみに、地面に埋まっている水道管のパイプでいうと、上水と下水と農業用水の3つに分かれているかと思うのですが、これは下水を資源処理して、農業用水のパイプにつなげるということなのでしょうか?

増田さん:農業用水の場合、水道管のような地面に埋まっているパイプに接続してそこから田んぼに流すというよりは、ため池からコンクリートの小さい水路、たとえばU字型のコンクリート溝などを通って田んぼに水が流れるケースが多いと思います。

小林:今回のプロジェクトの水も、U字型の水路に流し込むことになるのでしょうか?

増田さん:今回のプロジェクトでは農業用水も併用しているので、その水は通常の農業用水です。一方で今回の取り組みの田んぼは、下水処理場のすぐ近くにあり、処理した水を下水処理場から直接タイマーで制御しながらポンプアップし、塩ビ管でつないで必要な時だけ田んぼに流すという形で実験してます。

小林:下水から来た水には、窒素、リン、カリウムなど、色んないい物が入っているんですよね。そのあたりを解説いただいてもいいですか?

増田さん:下水にはそもそも、窒素とかリン、カリウムというものが含まれているんですね。処理場に集まってくるものは、トイレからの排水と、生活雑排水と言われる、お風呂の水とか、台所の水とかです。それらには、窒素、リン、カリウムの栄養が含まれていて、そのまま下水処理場に流れていきます。下水処理場では、有機物と言われる物質を除去して、消毒して流すんですけれども、窒素やリン、カリウムは、一番基本的な処理プロセスでは、これらの大部分は処理されずに出ていくという形になっています。比率でいうと、特にアンモニアの形の窒素が多いです。これが大きな特徴です。小林さんも畑をやられているということで、化学肥料を入れられると思うんですけれども、それは窒素、リン、カリウムというのがだいたいバランスよく含まれていると思うんです。ただ今回のプロジェクトで使う再生水は、そうしたバランスは窒素に偏っているものの、その中に含まれる栄養分だけで稲の栽培に必要な栄養の量をまかなうというのが、基本的なコンセプトになります。

小林:アンモニアが多いと、水がアルカリ性になって、お米のアルカリ性のpHが上がっても大丈夫なんですかね。

増田さん:下水処理水には放流水の基準がありまして、pHの値はだいたいコントロールされていて、大きくアルカリ性に振れるということはないんですね。下水再生水は基本的には中性付近にありますので、アンモニアが比較的高いとはいえ、稲の栽培に影響がでるレベルでアルカリ性になるということはないです。

小林:普段であれば、窒素やリン、カリウムなどが入っている飼料を買って撒いていたのが、水の中にそれなりの栄養素が含まれていて都合がいいよということですよね。

増田さん:おっしゃる通りです。実際に田んぼでの稲の栽培ですと元肥(もとごえ)と言って最初に肥料を入れるんですが、実験ではそれを一切入れずに、下水処理水だけで栽培をしても、それなりにお米は育つということがわかったんです。

小林:今聞いているだけだといいことしかない気がするんですが、なんで今まであまり広まらなかったんでしょうか?

増田さん:まず、一番の要因は下水という負のパワーワードからだと思います。かつては、し尿が有価物として取引されていた時代が日本にもあり、江戸時代なんかはそれによって循環型の社会が作られていました。それが、明治になってくると、不衛生で感染症の原因となっているということで、下水道が整備されて、循環の輪が断絶したということがあると思います。そこでは、やはり衛生面でのメリットが大きかったわけです。簡単にいうと人間のし尿とは汚いものという前提が多くの人の中にありますよね。なので、し尿を農作物の栽培に使うとなった場合、大方の皆さんの反応は、そうしたイメージでストップしてしまうと思うんです。ただ、基本的には処理をしているものなので、かつての不衛生な循環とは全く違うもので、当然、病原性のものは分解・消毒などで処理をされており、科学的に安全ということは、保証されていますので、その科学的に安全な物を、誤解がないように使ってもらえるか、そこが一つのポイントだと思います。

小林:牛糞、馬糞、鶏糞って普通に使いますけどね。

増田さん:おっしゃる通りで、私は、そちらのほうが問題は大きいのではないかと思っています。抗生物質などが非常に広く使われていますが、それらを田畑に撒くことで、薬剤耐性菌などの影響も無視できなくなると思います。

小林:私は昔、5年くらいシンガポールに住んでいました。シンガポールには、ニューウォーターというものがあるんですよ。下水から飲用水まで転換していくっていう。シンガポールは国土が狭く、川もあまりなく、ため池を張る土地も無いので。名づけ方がうまいなと感じました。

増田さん:そうですよね、シンガポールはやはり水の確保は死活問題だと思うので。あとは、経済力にものを言わせてそういうものを作るというイメージですよね。私も一回、学会で飲んだことがあるんですが、味は比較的無機質な印象を受けました(笑)。

■再生水で秋田のお酒を作る


小林:今回お米を作られたということですが、そこからさらに、酒造好適米(しゅぞうこうてきまい)、お酒用のお米を作られて、出口がお酒になった理由を教えて下さい。

増田さん:一番は、秋田で実施するということで、地域と密着した産業でやりたいという想いがありました。酒造好適米を処理水で栽培するのは、例がなかったものですから。実は、組み合わせ的には難しさもあります。酒造好適米というのは、お酒に醸すという目的上、たんぱくを抑える必要があるんです。たんぱくを抑えるためには、窒素成分が少ない方がいいです。そう考えると、下水再生水との相性っていうのは、実は、ベストマッチというわけではなく、使い方に工夫が必要となってきて、そこが技術開発のポイントとなっています。

小林:普通に食べるお米と、お酒にするためのお米は違うものなのですか?

増田さん:違います。酒造好適米は一つ一つの粒が大きいです。心白(しんぱく)という、米の真ん中の部分のでんぷん質のエリアが大きいです。心白の部分が大きいと、周りを削った時にお酒になる上質な部分が多く残ります。

小林:そうなんですね。そのでんぷんからお酒の甘味がくるわけですか?

増田さん:はい、そうですね。

小林:6年間、研究開発されている中で、大変だったことなど課題はありましたか?

増田さん:まず入り口は、全く異分野への参入で私自身に知識がなかったので、キャッチアップが大変でした。ただ新しい試みではありましたが、学生もノリノリで楽しみながらやってくれるテーマでしたので、そこは一緒に楽しく乗り切れたかなって思ってます。
あともう一つは、下水処理場と農業サイドのリンクする研究なので、実際に田んぼに移るまで、下水処理場を管理する自治体さんの協力と、農地をお持ちの農家さんの協力、またそうした活動に理解をして頂ける酒蔵さん、そうした皆さんの縁がつながるという要素が重要でした。その辺の連携体制を作ることに苦労しましたが、そこは非常にラッキーで、ご縁に恵まれたというのがありますね。

小林:下水処理の点でいうと、下水処理をしていく色んなプロセスの中で、最後に排水があると思います。今回活用する水は、そのプロセスの途中なら、それでOKなんですか? そこから、さらに加工・処理をしないといけないということなんですか?

増田さん:今回の水は、処理が全て終わった水です。最終的に塩素で消毒をされて、病原性の大腸菌などを、非常に低レベルまで抑えたものを使っています。

小林:それは下水処理場の通常のプロセスで行われるものですか?

増田さん:はい。そうですね。

小林:下水処理場からの排水先を、通常の排水先ではなくて農業の方に向けようというものですか?

増田さん:そうです。追加でコストをかけたり新技術開発というと研究のネタにはなるのですが実装が難しいです。この技術は処理場があって、その放流先を川にしていたものを部分的に田んぼに流すだけです。

小林:まさに利活用ですね。

増田さん:そうですね。研究としては弱いんですけど。

小林:今後はどのように発展していくと良いなと考えていますか?

増田さん:今回のお酒は、醸造プロセスの途中でトラブルがありまして、ものにならなかったんです。まずはこのお酒を今年度、世に出して、秋田の地元の方に飲んでいただきたいです。もう一つは、このお酒をしっかり世の中に根付かせて、お酒を楽しみながら環境問題に触れるきっかけにしてもらえるといいですね。真面目くさったツールではなく、環境問題を説教臭くなく、楽しく身近に感じてもらえるようなツールになると良いなと思います。

小林:今年の秋に収穫されるお米でお酒が飲めるわけですね。

増田さん:はい。酒蔵さんとは2〜3月ぐらいには世の中に出せるといいですねという話で動いています。ぜひお試しいただきたいです。

小林:楽しみですね。お酒の名前は決まっているんですか?

増田さん:「酔思源(すいしげん)」という名前にしました。ラベルやデザインも全て決まっています。名前をコンテストにして広く皆さんに興味を持ってもらいながら作るのも楽しいのかなと思ったのですが、製作者の特権で私の独断で決めました(笑)。
名前の由来は、飲水思源(いんすいしげん)という中国の故事に基づいてます。「水を飲む者はその起源に思いをいたせ」という意味で、物事の基本を大切にするべき、人への感謝の気持を忘れないという意味があります。

小林:我田引水より良いですね(笑)

増田さん:そうですね(笑)。「楽しく酔っ払うときにも、そのルーツをめぐる環境に少しだけ思いを馳せませんか?」という思いが込められています。昨年の醸造の際にはクラウドファンディングをやって、290人の方におよそ216万円のご支援をいただきました。その方たちにはお待ちいただいているので、先行してご案内をして、ぜひ飲んでいただきたいです!

小林:この取り組みをきっかけに、日本全国で広まるかもしれないですね。

増田さん:その展開を私もすごく望んでいます。

小林:秋田の田んぼ以外、違う場所でやろうと思った場合、水を引き込んだ後の特別なケアなどはあるんですか?

増田さん:まさしくそれは研究のポイントにもなってくるんですが、実際に下水再生水と言っても処理の方法で窒素の濃度が変わってきたりします。下水処理にエネルギーをかければ、窒素の濃度をより下げることもできます。また、アンモニアを硝酸などの別の形にしてだすこともできます。それらは下水処理のバリエーションによりますので、そうした特徴に応じて水をどのように使うかは、技術開発のポイントの一つです。
具体的には、水を入れる頻度や量、タイミングですね。土壌の質や気候の影響もあるので、評価していく必要があります。生物や生態系への影響、また温室効果ガスの発生量などの影響も重要です。また、農地は10年〜20年を超えて使うものなので、影響については長い目で見ていかなければならないです。

小林:残留物質が出る可能性もゼロではないですか?

増田さん:ゼロかどうかはわかりませんが、可能性としては限りなく低いと思います。理由としては、そもそも下水処理場に入ってくる有害物質の量は受入基準が定められており、十分コントロールされているからです。もちろん工場排水など、下水処理場によって受け入れている下水の水質に差はありますが、きちんと事前に精査した下水再生水を使えば、リスクは限りなく小さくすることができると思います。今回の実験に使っている再生水は、家庭からの排水だけを受け入れている下水処理場で、有害物質が残留する可能性は低いと考えています。

小林:今後の展開が楽しみですね! 本日はありがとうございました。


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