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ショートストーリー

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様々な都市や場所から得たインスピレーションを中心に、ショートストーリーを書いています。皆様の想像力で、頭の中でどんどん物語が膨らんでいってくれたら嬉しいです。
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記事一覧

断捨離

朝から激しく雨が降っていた。 あちらこちらの放送局では近頃「断捨離」を謳う番組が多くなった。 ようやく私もその気になって、持っている洋服を一着ずつ出してみる。 懐かしすぎるジャケットに、目が留まった。人生で一番輝いていた頃に着ていた洋服だ。熱く強い想いが沁みつきすぎていて、記憶と共に大切にしまったまま、時だけが過ぎていた。 もういい加減サヨナラしなきゃいけない。でも最後だからと四半世紀ぶりに袖を通してみる。しかし、体形がすっかり変わってしまいボタンは閉まらなかった。鏡に映

2021.2.2 節分

124年ぶりだとニュースで言っていた。 日本中全員が初めて経験する2/2の節分だ。 美羽は豆まきの赤鬼役をやらせて欲しいと進んで志願した。 子供の作ったお面をかぶり、今年は幼稚園の園児たちに、 「鬼は外」と思いっきり豆を投げつけられた。 目の前の無邪気な園児たち。 豆と一緒に飛んでくるのは真っすぐな無垢な心。 死ぬほど憎くて仕方なかったあの女を忘れられる気がした。 もう一度私自身を取り戻さないといけないと美羽はあらためて思った。 ――私に潜む鬼が全部出ていきます様に

獨逸

私の手からまた一本の骨がこぼれ落ち、大河の奥深くへ沈んでいった。 一緒に訪れようと言っていた異国の町。 私はガイドブックも持たず気の向くまま一人で歩いていた。 何かに誘われる様にサーモン色の建物の前に立つ。 目の前には重そうな鉄の扉。魚の形をした取っ手を力を込めて静かにひく。 一歩足を踏み入れた世界には、冬の朝のような冷たい空気とステンドグラスを通過し彩度の違うブルーへと変えられた太陽の光が満ちていた。 浅い又は深い青い色の幾重もの光のコントラスト。 包まれた私の目には次か

最後に笑う

会社のお昼休みはいつも人の噂が飛び交う時間。 「ねえ、立花君ってさ――」 一体どこからそんな情報を仕入れてくるのか、何でも良く知っている同期の女子が、咲希が知りたくない悠斗の噂を、次から次へと教えてくれていた。 二人の秘密の社内恋愛は、見事に隠し通してもう三年。誰にもバレずにいたからこそ、社内で人気の高い悠斗の噂を、咲希は度々耳にできたのだが、聞く度に心の中は大きく動揺し、気持ちを一切顔に出さないようにするのがとても辛かった。 「本当は違うんだ。違うんだ。俺は・・・」 金

京都

雪が積もっていたから、滑らないように気を付けていた。 彼の腕をつかみながら一歩ずつゆっくり歩いたまま、朱色の鳥居を今日は一緒にくぐってしまった。 彼と出会って初めて引いた一年前の水占は、良い結果だけを信じ、悪い結果は忘れるようにしていたけれど、やはり心の片隅に残ってた。 ――あれから一年たったから結果も変わるかもしれない。 わずかな期待で、白い御神籤を凍りかけの冷たい水にそっと浮かべる。 徐々に文字が現れ、私はかじかみそうな手でそれを掬い上げた。 「不和の予兆」という言葉

東京

「わ」のナンバー、黒く輝く2シータークーペ。それは、ゆっくりと私の目の前に止まった。 彼は降車し足早に回り込むとドアを押さえ、「どうぞ」と私を誘いこむ。その滑らかな導きに車へ乗り込むと、目の前のダッシュボードには一輪だけのオーキッド。「花束は好きじゃないの。一輪がいい」そう言った私を、彼はまだ忘れずに覚えていてくれた。「ドクン」と心臓が鳴った。 「首都高を飛ばして」と合図のように私が言う。 何千何万もの、ビルの小さな窓から漏れる灯りや、中央分離帯の向こう側を走る対向車のヘ

新大阪

二人の休暇がまもなく終わる。 私は、テーブルにあったペーパーナプキンの上にペン先を強く押し付けた。”I MISS YOU" 大きく浮かび上がった文字。その瞬間、彼の手はクシャっとそれを包み込み、そのままジャケットのポケットにしまいこんだ。 二人黙ってカフェを出る。彼は、先ほどの手で今度は私の手を包みこみホームへの階段を上ってく。 「まもなく27番線に18時45分発のぞみ48号東京行きが到着いたします」 現実を伝えるアナウンスの声が心に刺さるように聞こえた。 「聞きたく

夜空

駅から私のマンションまでの道を、わざと二人で遠回りして歩いてた。 「夜空はこの季節が一番ね。私、小さい頃から星ばっかり見てた。小学校の低学年には、家にあったギリシャ神話の本に夢中になって、ちょっとおませな子だったわ」 初めて子供の頃の話をする私を、ふいに抱きしめたあなた。 驚く私の目に映ったのは、空に煌めく大きなオリオン座。 美男子で凄腕の狩人だったというオリオン。彼は恋の為に命を失う事になったんだった? ずいぶん長い間、あんなにオリオンが美しい事も、その神話もをすっかり忘

神戸

私は、その夜ひとつの賭けをした。もし明日の朝晴れていれば、彼とはサヨナラ。もし雨が降っていれば、サヨナラはしないと。私は私の意志ではなく宇宙に身を任せようと眠りについた。 しかし、いつもの強がりも通せない程、おかしなくらい怖い気持ちが押し寄せて来た。寝苦しさに何度も何度も寝返りを打ちながら――そして、朝は来た。 気怠い体を起こしベッドからゆっくりと出て窓に向かうと、ピッタリと閉じていたカーテンを開けた。「ああ」と思わず息がもれた。そう、目の前のガラスには大粒の雨が流れ続け