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なぜエッセイストになったのか?2つの大きな出会い

こんにちは、エッセイストの君野ユウです。



以前書いた「エッセイストになるための7つの秘訣」という記事が一年経った今もなお多くの方に読まれています。とても嬉しいです。
ただ、読んでくれるというだけでも嬉しいのですが、「エッセイってそんな難しいことではなく、自分にも書けそう!」と思いエッセイを書き始めたという連絡もちらほらいただきますこれがめちゃくちゃ嬉しいです。



使命感めいた崇高なものは持ち合わせていませんが、それでも誰かの背中を押す一翼を担えたと思うとこの記事を書いてよかったと思います。


多くの方に読まれているということはそれだけエッセイというものに関心がある人が多いのかもしれません。僕がエッセイストと名乗り始めたのは2年ほど前です。それまではグダグダとした生活をしていました。

エッセイを書き始めたという人の中には、今の生活がどうしようもないほど面白くないという人が多い気がします。
多分そういう人は全体の一部なのでしょうが僕自身がどうしようもなく面白くない生活の中でエッセイを書き始めたものですから、どうしても身近な情報として受け取ってしまいます。


そこで自分を振り返ったとき、なぜエッセイを書くという経緯に至ったんだろう?ということを考え始めました。

書くことが少し好きだったというのはもちろんです。しかしそれだけではありません。エッセイを書き続けれているというのにはもっと違う理由があります。それは友人と再会したことや、ある一冊の本に出会ったことがあります。
今日はそんなことを打ち明けたいと思います。
ちょっと長いのですが何かのヒントになればと。

この記事は以下のような人に向けて書いた記事です
・好きなことがあったけど実力がなくて諦めた人
・とりあえず自信がない人
・文章を書きたいが、どのジャンルで書いたら良いかわからない人
・著者の人生を変えたオススメの本を知りたい人


1.バンドを辞める

◼️派遣社員から正社員へ
26歳の時、およそ6年間続けていたバンドが解散しました。学生時代に始めたバンド。卒業後就職をしたもののおよそ半年でその仕事を辞めました。理由はバンドに打ち込みたかったから。バンドメンバーとルームシェアをして音楽に打ち込む環境を作りました。しかし、結果というものを残すことができず、メンバーの脱退を機に解散することになりました。

バンド活動時は派遣社員として食いつないでいたものの、バンドを辞めるのであれば派遣社員である必要はなく正社員となるべく転職しました。

そしてこの時に思ったことがあります。それは「今まで好きなことをやらせてもらったから、これからは真面目に(歯を食いしばって、やりたくない仕事もして)生きよう」でした。
音楽をしてきたけれど何も成し遂げられなかった後ろめたさ。同年代の友人は職場で後輩ができて、いっぱしの社会人になっています。転職した会社では年下の先輩に敬語を使う日々。あとの人生は惰性で生きようというのが本音でした。特に打ち込むこともなく、面白いこともなく、学生時代の友人にも距離をとっていました。


◼️友人Aと再会
そんな日々が数年経ったある日に久しぶりの友人Aと食事をする機会がありました。バンドを通じて知り合った彼は自身のバンドが活動休止になったところでした。歳も近い彼、きっとこれからは彼も真面目に働くのだろうと思っていたら、彼はこう言いました。


「バンドを休止したことによって今までできなかった他の好きなことをいっぱいやってみたい」

同じような年齢で、境遇も似ていると思っていた彼ですが選び出した答えは僕とは正反対のものでした。これからの人生を悲観的にマイナスで考えていた僕と、あれもしたい、これもしたいとモラトリアムを突き抜けて大人として本気で人生を遊ぼうとしている彼はなんだか輝いて見えました。

その後何度か飲みに行き、少しずつ僕の意識も変わってきました。
ある日のことです。この日も一緒に居酒屋に行きました。そしてその後、宅飲みをするべく僕のアパートを目指して歩いていた時のことです。彼はこう言います。

「一ヶ月後、一週間後、明日、死ぬとしたら何がしたい?」

僕は考えました。得意なことがない自分、やりたいことってなんだろうか。
一人暮らしのアパートの前、二人してコンビニで買ったビールをぶら下げて僕はこの言葉を逡巡していました。
とても印象的な言葉だったのですが後にこの言葉は彼が敬愛するスティーブ・ジョブズの言葉だったということを知ります。

2.自分のやりたいことはなんだろう?

◼️自信がない
友人に感化されたものの、何がしたいのかわかりません。そもそも何がしたいかの前にその頃の僕はまるっきり自信がありませんでした。
好きだったバンドで結果が出なかったこと。好きこそものの上手なれという言葉がありますが、好きなことで結果が出ないのなら何をしてもダメだろうと思っていました。
学生時代の友人は立派な社会人になり、劣等感だけが募っていました。そこでまず、何かを始める前に小さなことで自信をつけようという思いに至りました。


◼️自己肯定感の高め方
自信がない僕が自己肯定感を高めるためにやったことの一つが掃除です。自信を持つためには、自分が起こした行動によりいい結果が可視化されなければなりません。そこで一番最初に始めたことが掃除でした。

部屋の乱れは心の乱れとはよく言ったもので、自分のメンタルが落ち込んでいるときは決まって部屋が散らかっていました。
掃除はすればするほど結果として現れます。数十分前までは散らかっていたものを元の所在に戻し、整理整頓をするということは自分の起こした行動が良い結果をもたらすということを証明してくれます。

また、断捨離という言葉にもあるように、何が必要で何が不要かというものを明確に決めて部屋を整えるということは脳内をクリアにするということにも繋がります。単身のアパートに住んでいた僕はリビングが寝室であり、家にいる大半の時間を過ごす場所を整えるということはとても意味がある行動でした。
これによっていつも自分のことを否定していた僕でしたが、少しずつ自分を認めることができるようになったと思います。

3.一冊の大切な本に出会う

◼️とりあえず本を読み、知識を入れる
自己肯定感を高めるためにやったことは他にもあります。
それが読書でした。読書も掃除と同じです。1ページ、1ページと読み進めていくことで本を読み終えるというゴールを目指します。

そして本を読むことにより、今まで知らなかった知識を手に入れるという結果に繋がります。しかし知識を手に入れるというのは可視化されるものではないため、人に話したり、メモを取ったりとアウトプットすることにより可視化する必要があります。

読書はすればするだけ良いとは思いませんが、この頃の僕はただ自分が進んでいるという結果が欲しくて本をなるべく多く読み、読んだ冊数や本の内容をメモしていました。今まで知らなかった知識を手に入れるということは、モノの見方が変わったり、自分が成長していることを実感できる行為です。
そしてこの読書により、後にとても大切な1冊の本と出会います

◼️ある心理テストで衝撃の結果
掃除をして、読書をしてなんだかエネルギーがみなぎっていました。バンドはしなくなったけれど何かやりたい。自分には本当のところ何が向いているかわからない。でも何をしよう?と思っていました。
また再会した友人Aとは定期的に会っていました。

そんなある日、彼は僕にある心理テストを教えてくれました。
その心理テストとは、16個の形容詞・形容動詞を書く深層心理のテストです。隣り合う2つのワードを組み合わせて最後にたどり着いたことが自分の深層心理であるというものでした。


僕はこの最後の1つに残った言葉が「回送列車」でした。
回送列車とは乗客を運ばずに、車両倉庫へと向かう列車のことです。
まさに僕でした。車両倉庫とは人生の終わりを示していて、「何かをしたい」「何かに夢中になりたい」というエネルギーはあるのに中身はからっぽで先に進む目的がありませんでした。
なんだか以前より進んだ気になっていたものの、結局のところ目的がまだ見えていませんでした。


◼️大切な本に出会う
掃除をして、読書を続けていましたがまだまだ結果はあらわれていませんでした。依然として進むべき道はわかりませんでした。
そして、そんな時に一冊の本に出会います
それがメンタリストDaigoさん「自分を操る超集中力」という本でした。大げさではなく、この本で僕は大きく救われました

今までの僕は自己啓発本や精神的な話が好きでした。それらの本は確かに読んでいて気持ちが良いのです。熱い話に感化されて自分も成し遂げれそうな気持ちになり、人生が開けた気にさえなります。でも、そんな付け焼き刃の精神論は三日と持ちませんでした

結局は今回も何をやっても続かない、自分には才能がないと自己嫌悪になるだけです。そしてまた忘れた頃に自己啓発本に触れ…の繰り返しでした。
しかし、メンタリストDaigoさんの「自分を操る超集中力」という本は違いました。精神論や読者を鼓舞する啓発ではなく、科学に基づいた知識によって人は変われるということを教えてくれました。

バンドをしてきた僕でしたが、結果が出なかった僕は才能がない、努力が足りなかったと自分を責めていました。バンドだけではありません。誰かと仲良くなれなかったり、思うような結果がでなかったときはいつもそう感じていました。しかし、その見解は正しくもありますが、間違いでもあるということに気づきました。

今まで自分が起こしてきた努力は果たして正しい努力だったのか?
もっと自分の能力を最大限に生かす練習の仕方やパフォーマンスの仕方があったのではないかと考えるようになりました。

そんな風に考えるととても救われた気持ちになりました。
今までの自分は正しいやり方を知らなかっただけ。今からでも間に合うかもしれない。そんな風に感じるようになりました。

4.積極的に新しいことにチャレンジする

◼️琴線に触れたものは手当たり次第チャレンジする
もっと視野を広く持って興味を持ったことに積極的にチャレンジしようと思いました。そうすれば自分の得意分野が見つかるかもしれない。やってみなければ面白いかどうかもわからないのではないかと。
何度も登場してくる友人Aですが、この頃友人Aは会社を辞めフリーの道に進みました。そしてwebデザイナー、youtubeでのゲーム実況と様々な活動を行う中で商売道具であるカメラを新調していました。

手当たり次第チャレンジしようと思っていた僕ですから、僕も初心者向けではありますが一眼レフのカメラを購入しました。
カメラを始めるとモノの見方が変わりました。上手に撮るためにはどの構図を狙えばいいか、日々の生活でのポスターやチラシのモノの見方も変わってきました。
何かを経験すると視野が広がるということを身をもって実感しました。


◼️アプリの開発をしたシニアの女性
ある日、何気なくテレビを観ているとある一人の女性の方が特集されていましたた。されていましたた。

還暦を越えてからパソコンを始めた若宮さんは80歳を越えてアプリ開発を行ったそうです。
40歳を過ぎてから司法書士を挑戦したという話やビリギャルのように偏差値の低い生徒が東大を目指したという例をテレビで聞いたりします。以前の僕はそれらは元々地頭が良い人が成し遂げたことなのだろうと決めつけていました。

しかし、「自分を操る超集中力」を読んだ僕は違っていました。方法を掴んで、自分のパフォーマンスを最大限に活かすことができれば僕にもできるかもしれない。
ましてや、若宮さんのように80歳を越えてから挑戦される姿にはとても勇気をもらいました。

◼️パソコンを触り始める
若宮さんの影響もあり、とても単純ですがこの頃からパソコンを触り始めます。カメラを購入したことで、画像の加工を行ったり、友人Aの勧め&協力もありHTMLといったweb制作の勉強もするようになりました。(友人Aはサラリーマン時代デザイナーだったのです。その経験からフリーでデザイナーの仕事もしていました)

プロの技術と比べれば劣っている僕ですが、一年ほど前ではできなかったことが多くのことができていました。写真を加工したり、プログラムを触ったりなんて想像もしていなかったことです。新しいことができる自分が嬉しくて、自信を持つことができました。

5.今一度振り返る

◼️バンドの何が好きだったのか?
20代の大半を費やしたバンド活動でしたが、果たしてバンドの何が好きだったのかと言うことを振り返りました。バンドの業務を分類するといくつかに分けられます。

・オリジナルの楽曲を演奏すること
・オリジナルの楽曲を作ること
・CDを発売すること
→作品を作る

・歌を歌うこと
・ギターを弾くこと
・人前で演奏すること
→パフォーマンス

・お客さんとコミュニケーションをとること
→対面でのサービス業

・メンバーとの共同作業
→信頼できる人と仕事をする

大まかではありますが以上のように分類されます。この中でも好きだったこと、苦手だったことがあります。苦手だったことは対面でのサービス業であり、好きだったことは作品を作ったり、信頼できる人と仕事をすることでした。

その中でも特に夢中になれたことは詞を書くということです。真っ白なページに楽曲に合う言葉をつむぎ自分の想いを綴ることが好きでした。そして出来上がった詞を楽曲に乗せてメンバーと共に仕上げ、披露してお客さんに喜んでもらうということに最大の喜びを感じていました。
オリジナルの言葉を紡ぎ、作品にしたいという欲望が僕のバンド活動の根源でした。

◼️それってエッセイ
自分の好きなことが言葉を綴る
ということにようやく気付きました。言葉を綴ることが好きなことであれば音楽にこだわる必要もありません。そんな時にあることを思い出しました。

それは小学生のことです。勉強はあまり好きな方ではなかったのですが作文を書くことは好きでした。その作文も読書感想文といったレビュー文ではなく日記のような自由作文です。そういった文章を書くと先生や親に褒められることが多く僕自身も書いていて気持ちがいいものでした。

大人になった今、それをもう一度書いてみよう。そんな風に思いました。それがエッセイだったのです。
エッセイとは決まりのない自由文であり、僕にとってぴったりのスタイルでした。


◼️掛け合わせる
それからはこうしてnoteを通してエッセイを綴っています。エッセイストとしてその記事も300を超えました。
バンドを辞めてから本を読んだり、パソコンを触ったり、カメラを買ったりとエッセイストとなるまでに無駄な道を通ったかに思えますが、これらの回り道が自分にとって大きなプラスになっています。

「日常の中の日常」というマガジンの挿絵には全て自分で撮った写真を使用しています。これはパソコンを触るようになりカメラを買ったことで新たにできるようになった技術です。
記事の内容も本を読んだことにより知見が広がって書き上げれたものも数多いです。今までの経験を掛け合わせることで新しいことができるということを実感しました。あの時手当たり次第にチャレンジしていたことが活きているのです。そう考えるとバンドをしていたことも、ど田舎で生まれ育ったことも全てエッセイというコンテンツに活かせています。


6.最後に

現在僕はエッセイストとしてエッセイを書いていますが、今後他にも面白いことがあればきっと飛びつくだろうと思います。そしてその時はエッセイストとしての活動もきっとどこかで活きてくるのだろうと思っています。

しかし今後どのような活動をしようとも確実に言えることがあります。それはあの時、僕を変えてくれた2つのキッカケがなければ今の自分はないということです。

「残りの人生は惰性で生きよう」と思っていた僕のマインドを変えてくれた友人A。科学の知識によって人は変われることを教えてくれた「自分を操る超集中力」という本。この2つがなければ、エッセイスト君野ユウという人間はなかったかに思えます。

最後になりましたが、感謝の意を込めてリンクを貼らせていただきます。
長文ではありますが最後まで読んでいただきありがとうございます。

この記事があなたにとって何かしらのヒントになれば幸いです。

上は紙媒体の本で下はkindle版です。
僕の人生を好転してくれた大切な一冊です。



友人AことKazbouです。
Kazbouのマインド、デザインは僕に多大な影響を与えてくれています。今でもよく相談します。ありがとね。


こちらではエッセイの具体的な書き方を書いています。


エッセイストになるために行った具体的な方法を書いています。
できれば知られたくない内容です。


上記2つは有料マガジン「知識と理論」に掲載されています。
単体での購入は各300円ですがマガジン購入であれば500円とお得になっています。よろしければどうぞ。


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