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【ショートショート】 天然と養殖

「お前はわかってない、やっぱり天然の方が良い」
「天然も養殖も変わんないですって、一緒でしょ」

隣の席のサラリーマン二人組が何やら言い合っている。
女の話か? 
性格がほわほわ・おっとりとした"天然女子"は確かに男から人気がある。最近ではわざと”天然女子”を装う”養殖女子”なる存在も登場しているらしい。
…が、外回りのサラリーマンが休憩中に話す話題ではないだろう。
普通に考えると食材の話。となると魚の話だろうか。 
いや、季節柄、松茸の可能性も捨てがたい。松茸の養殖に成功したというニュースを数日前に観た。

作業中だった動画編集を中断し、イヤホンを外したところに聞こえてきた隣の席の会話。
すっかりコーヒー風味の水となってしまったアイスコーヒーに手を伸ばし、続く一言に聞き耳を立てる。
休憩にはちょうどいい暇つぶしだ。


「天然モノだったら一口目から違いがわかる」
「養殖と何が違うんですか」
「食感だ」

食感? 魚の天然と養殖の違いでまず食感が出てくるか?
味や風味の方が一般的な気がする。(仮に味や風味が出てきたとしても、天然より養殖の方が美味いと言われる魚も多く、「天然の方が良い」理由にはならない気もする)
魚ではなく松茸であれば、一番の違いは香りではなかろうか。(もっとも、養殖成功のニュース内では、天然と養殖にはほとんど違いはないと言っていた気もする)
魚でも松茸でもなく別の食材。野菜や果物?

「食感っすか」
「そうだ、天然は1匹1匹、養殖は数匹まとめてなんだ。全然違う」
「へえ、そうなんすね」

やっぱり魚じゃないか。
さらに天然は1匹1匹釣るタイプの魚。となると、それなりにサイズがある魚、ブリやタイか。一本釣りで有名なカツオやマグロかもしれない。

「養殖はなんというか、食感がふんわりしている」

ふんわり? 焼き魚の食感を表す擬態語か? ”ふんわり”よりは”ふっくら”の方がしっくりくる気がするが。

「面白いっすね。味に違いはないんですか」
「個人的にだが、天然も養殖も味に大きな違いはない。香りも同じくらい香ばしい」

香ばしい? 松茸の可能性が若干上がったが、松茸の本数を”匹”とは数えないだろう。やはり焼き魚の話をしているのか。

「やっぱりほとんど違いないじゃないですか」
「天然と養殖を意識して食べたことがないお前にはまだわからないかもな」
「そもそも天然と養殖という区別を初めて聞きましたよ」

区別を初めて聞いた? 自分と同世代だと思われる若手サラリーマンでも魚に天然と養殖が存在することはさすがに知っているだろう。
松茸だった場合は、最近のニュースをチェックしていなければ知らなくても仕方ないかもしれないが…
いったい何の食材の話をしているんだ。

「まあ、天然も養殖もどちらも美味いのには変わりない。おれは天然のが好きだが好みの問題だな」
「そうなんすね。ちなみに天然と養殖はどうやって見分けるんですか?」
「見た目はほとんど同じだから、強いていうなら”釜”の形だ」

釜? 魚を茹でるための釜か?
魚自体の見た目ではほとんど見分けがつかないほど、天然と養殖の差がない…どんな魚なんだ。いや、そもそも魚でもないのか。

「”釜”ですか。今度買うとき釜も確認してみます」
「ペーペーのお前にはまだ天然と養殖の違いはわからないかもな」
「何すかそれ」
「ははっ、そろそろ行くか」
「行きますか」

若い方のサラリーマンはグラスが2つ乗ったトレイを持ちながら立ち上がった。上司と思われるサラリーマンも椅子に掛けていたスーツのジャケットを取って立ち上がり、入り口に向かっていく。

待ってくれ、結局何の食材の話だったんだ。
十中八九、魚だとは思うが何の魚か気になる。気になるじゃないか。
「食材_天然_養殖」なんてワードでネット検索して、しらみつぶしに記事を見ていくのでは負けだ。なんとか自力で辿り着きたい。何とか…

「…ブブッ」
テーブルの上に置いていたスマートフォンが震えた。
『あと5分くらいで家着く!お土産もあるよ〜』
画面には友達と旅行に行っている彼女からのメッセージが表示されていた。

タイムアップだ。
少し休憩した後に動画編集を進めようと思っていたが、天然と養殖の”答え”が気になりすぎて、作業は手につかないだろう。彼女からの連絡はちょうどいいタイミングだった。もっとも、手につかないどころか、”答え”に辿り着かなければ動画編集を再開することもできなかっただろう。


「ただいま」
「おかえり〜、お土産買ってきたよ!」
「おお〜、お土産ありがとう。 旅行楽しかった?」
「楽しかったよ! どっちから食べる?」

彼女は魚の絵が描かれた紙袋を両手に一つずつ持ちながら聞いてきた。
彼女は”天然女子”ではないにしろ、少し抜けているときがある。今日みたいに同じお土産を二つ買ってくることもご愛嬌だ。
ただ、どちらにも同じような魚が描かれているが右手と左手でお店が違うみたいだ。

「どっちでもいいよ。ほとんど同じでしょ」
「だと思うじゃん?実は結構違います!こっちが”天然”でこっちが”養殖”です」
「天然と養殖?」

彼女は得意げに紙袋二つを持ち上げた。
あの会話が思い出された。
ああ、そういうことか。

「天然を買ったお店のおばちゃんに教えてもらったの。天然と養殖があって、天然は1匹1匹焼いてて、養殖は5〜6匹まとめて焼くんだって!味と香りにはそんなに違いはないらしいけど、食感は結構違うんだって。天然はサクッとしてて養殖は…」
「ふんわりしてる」
「そう!ふんわりしてるの。ちなみにどうやって天然と養殖を見分けるでしょう?」
「焼き釜の形」

”答え”を両手に持って彼女はきょとんとしている。
まさか天然と養殖の違いや見分け方を答えられると思っていなかったのだろう。
先程まで抱えていたモヤモヤした気持ちが晴れた。
心の中で彼女とサラリーマン二人組にありがとうと呟きながら、天然が入った紙袋を受け取る。
目の前の彼女を見ると、きょとん顔から不思議そうな顔、いや、少し不満が混じった不思議そうな顔になっている。

「なぁんだぁ、知ってたの? たい焼きに天然と養殖があるってこと」








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