介護士たちの日常
言わなくていいことってあるよね。
その日夜勤の僕は、夕方出勤して申し送りを受けていた。
「〇〇さんは血圧が高めで・・・ジュルジュル〇〇さんはここ数日便がないです・・・ジュルジュル」
鼻をすする音が気になって、なんにも頭に入ってこない。
「Aさん、風邪ですか?」
申し送りが終わると声をかけた。
Aさん(60代・女性)は真顔で「昨日ね、鼻毛を切ったんだよね。だからかな今日はずっと鼻水が止まらないのよね。」
聞かなきゃよかった。それと同時に、言いたくないことを言わせてしまったことに申し訳ない気持ちになった。
夕食の時間。
ひとつのテーブルで、Aさんと僕とで、それぞれのお年寄りの食事介助をしていると仕事が終わったBさん(60代・女性)が近くの席に座る。
AさんとBさんの井戸端会議がはじまる。
僕の耳には漫画の擬音ようペチャクチャとしか聴こえない。
しばらくして、夕食の時間も終わりかけたところでAさんの口から「ワキ毛」というワードが飛び出す。
(この人は毛の話が多いいな)
Aさんはワキ毛の処理が大変だとか、いっそワキ毛の処理とかしなくていいのではないか・・・など話す。Bさんも大いに共感している。
Aさんは最後に「でも、最近ワキ毛が生えてこなくなったような気がするんだけどBさんはどう?」
「そう!そうだよね。わかる!」とBさん。
AさんはBさんの言葉に安心した様子で僕の方を向いてテンション高く
「ごめんね女子トークしちゃって!」といった。
(え?明らかに老化の話だよね。ワキ毛が生えてこないって・・・。え?ボケなの?そうだよね、きっとボケだよね)
僕は瞬時に頭をフル回転させて
「いや、それ、おばさんの会話!」とツッコんだ。
・・・なぜか、さっきまで聴こえなかったお年寄りの咀嚼音が聴こえる。
あんなに楽しくペチャクチャしていたふたりが黙る。
(え?うそん。ボケじゃないの?)
Bさんが寂しそうにつぶやく「そっか、もう、そんなふうに言われる年齢になっちゃったのかな」
(どええええ!うそん、僕がふたりを傷つけたの?)
この日以来、僕とAさん、Bさんの気まずい日々が続いてる。
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