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【ソウウツ通信】たぬきの自信の付け方【17】

 昨日は裏山に登ってツタを取ってきて、カゴを編んでみた。
 たぬきは畑を借りている。でも、家からはあまり近くないのである。
 なので、畑からの収穫物を輸送する入れ物が欲しかったのである。
 例年はビニール袋に入れて輸送していたのだけれど、なにせ夏野菜ばかり作っているので、当然季節は夏。ビニール袋だと輸送している間に蒸れて鮮度がどんどん落ちていっちゃうのだ。
 てことで通気性のいいカゴみたいなものを、たぬきは欲しかったのだ。でも、どうせ買うのなら作ってみるってのはどうだろうと思い立った。思い立ったのは知人がその辺で採ってきたツタでカゴを編んだのを見せてもらったからである。
 やろうと思ったら躁たぬきは早い。その翌朝には裏山に入りツタを見繕って午後にはカゴを完成させた。形は無様である。だけれど野菜は充分運べそうだ。たぬきは灰汁で真っ黒になった手を眺めて大変満足した。
 たぬきの趣味とか興味は「衣食住」につながるものと「旅」につながるものに大別されると思う。カゴ作りは編み込むという意味では「衣」につながるし、野菜を運ぶための物と言えば「食」になる。暮らしの道具として考えれば「住」とも言えるかもしれない。こんなのに興味があるのである。
 そして、見よう見まねで不格好でも衣食住に関するスキルや経験を積むと、たぬきは自信がちょっとつくのである。

作ったカゴ。

 「自信を付ける」と言うのは言わば「自己肯定感を高める」と同義かもしれない、とたぬきは思っている。
 そして、たぬきは自己肯定感が低い。概して躁鬱人も自己肯定感があまり高くない傾向にあると思う。
 たぬきは自らの自己肯定感の低さを逆手にとって「自己卑下力」として、自らを卑下することでみんなを笑わせたいと思っている節がある。
 例えば、不運に見舞われたことを面白おかしく話すとかそういった感じである。面白く話すことに主眼を置いているので、たぬきは周囲によほど運のない人間だと思われている。たぬきさんの不運が起こると面白くて笑ってしまう!とも言われるくらいだ。
 普通なら他人の不運を笑うなんて到底許されるものではない。ただ、たぬきはそれを許容できるように「仕向けて」いるのである。作戦だ。たぬきは本当はそんなに不運でないと思っている。いや、本当に不運なのかもしれないけれど、自己卑下力によって「今回もネタに出来るぞ!」と思ったりするので不運をラッキーと捉えることができちゃったりしているのかもしれない。
 たぬきは周囲を笑わせたい。周囲がいつも楽しそうにしているのを見るのが好きである。そのためには努力を惜しまない。体調が悪くない限りは。 その結果として自己を卑下するわけであるが、別に心の底から自分を卑下しているわけでは無い。あくまでピエロちゃんなのである。
 本当に自己を卑下していたら「自信をつける」「自己肯定感を高める」と矛盾してしまう。
 自己肯定感を高め、かつ、自己卑下もするのである。たぬきは案外高等テクニックを使っているのかもしれない。
 なので、不運ネタでみんなを笑わせようと思っていても、心の中では「このくらいの不運、なんとも思ってないよー!なんならみんなが気の毒そうな片頬を上げるような笑い方をするのを見れてラッキーだ!」なんて歪んだ喜びを感じているのである。
 てことで自己肯定感を高めることは自己卑下力を高めることとなんら矛盾していない。むしろ自己卑下力を高めることは、周囲が楽しむ要因にもなっているので、たぬきの場合は自己肯定感を高めることにつながっているとも言える。
 さて、そんな自信、自己肯定感を高める手法であるが、ちょっと調べてみるとだいたい精神病院で受けたカウンセラーによる認知行動療法みたいな感じだった。そうか、たぬきが受けていたカウンセリングは自己肯定感を高めるものだったのか。今知った。
 だけれど、たぬきはカウンセリングではなんも効果を得られなかった。謎である。
 ぱっとカウンセリングの内容を思い出し、自己肯定感を高める方法を調べてみると、
 〇自分自身を理解し、現状を知る。
 〇成功体験を思い出す。
 〇自分のやりたいことをやる。
 〇失敗を否定しない。
 〇意識してすべてを肯定的にとらえる。
 〇実際にあった事実だけを信じる。
 〇周囲から肯定的な態度をとってもらえる環境に身を置く。
 〇カウンセリングを受ける。
 などであった。
 うーん。前半は自分を見つめる感じで、後半は外部環境を整えるといった感じだろうか。
 でも羅列してみると、「これが出来るなら病気になってまへん!」と思ってしまうのが正直なところだ。自信がないから、自己肯定感が低いから何をやっても凹んでしまって、行きつく先はメンタル不調なのである。
 いくらカウンセリングを受けたって一朝一夕で考え方や性格は変わらない。変えるとしたら長い年月をかけてとなるのかもしれないけれど、根っこのところはやっぱり変わらないと思うのだ。どこかで無理して「いいんだ。これでいいんだな。」なんて思ってるような気がする。
 「失敗を否定しない」「意識してすべてを肯定的にとらえる」なんて躁鬱人にとっては至難の業である。できますか?たぬきはできない。
 「実際にあった事実だけを信じる」というのも結構難しい。友人が不機嫌そうな顔をしているだけで、勝手にいろいろ考えてしまい、結果的に「不機嫌そう」が伝染。たぬきは「不機嫌になる」。「不機嫌そう」になるんじゃなくて「不機嫌になる」のである。もしくは体調を崩す。
 これは感受性が豊かとも言えるかもしれないし、相手の気持ちがわかる(ように努力する)という意味で「優しすぎる」とも肯定的に言われたりもする。
 なので実際に合った事実だけを信じるというのはいいことでもあるし、優しいとは色々察知してあげることでもあるから、目の前で起こった出来事以外を考えてしまうのは決して悪いことだとも思えない。
 まあ、それで体調を崩してしまうようなら優しさなんて糞くらえ!と、思うかもしれないけれど。
 「環境に身を置く」とか「カウンセリング」は外部を変えるということだ。 もしかしてカウンセリングは人によってはばちっとハマるのかもしれない。精神科とかにかかっていてカウンセリングを受けられるのなら相談してみても良いかもしれない。
 環境も変えられるものは変えるのがいいだろう。たぬきも環境を変えた口である。環境とはほぼ人間関係である。たぬきはよそ者認定からメタンコいじめられていた役所を辞めて、最終的には自営業になった。変えられたから変えたのである。
 だけれど変えられないものもある。事情もあったりする。そしてそれが躁鬱人になる主原因だったりするから厄介だ。
 今回は自己肯定感を高める、という話だから環境を変えるとかいう話は深堀しないけれど、なんとも難しい状況であるし、自分で自分を縛っている可能性も無くはない。
 たぬきも公務員だったころは会社は定年まで同じところで務めるもの、という固定観念に縛られて辛かったのに辞めるのに何年も時間がかかった。 なんなら定年まで勤めあげるか、死ぬかどっちかだな、と考えていて、やめるという選択肢が頭になかったのである。
 まあ、そういう意味ではカウンセリングは役に立つかもしれないと今思った。
 これらの自己肯定感を高める、自信をつけるための項目は認知行動療法でも実践されているし、自己啓発本でもネットでもだいたい同じようなことが書いてある。
 なかなか考えは変えられないけれど、変えられたあかつきにはやっぱり効くのだろう。
 でもやっぱり難しい。効くけれど難しい。
 なので、割と簡単で自信を付けられる以下の項目を考えていきたいと思う。すなわち、
 〇自分自身を理解し、現状を知る。
 〇成功体験を思い出す。
 〇自分のやりたいことをやる。
 である。これらは考えを変えないで実行できる。外部環境に由来する、でもない。自分の頭の中で自分が何をしたいかを考え、実行するのみである。 自分自身を理解し、現状を知るというのは大切だ。
 ノートに項目を挙げるとかの手法をよく聞く。たぬきもたまにメモを書いたりして現状を整理したりする。たぬきの旅は計画をある程度立てて、実際は行き当たりばったり系・・・というのがが好きなのだが、他に関してはいろいろ夢想するというか、メモに細々と計画をしたりするのが好きなのである。直観と計画性のどちらも持ち合わせているようである。
 でも、ちまちまと暗い部屋の中でノートとにらめっこしていても気が滅入る。たぬきはとくに「自分自身のことを考えよう!」なんて思わないで外に出かける。
 外に出かけるのが好きなのだ。なんせ鬱状態で体がだるすぎても墓地には出かけたいと思っちゃうくらいなのだから。まあ、墓地に行く・・・という通常ではあまりない思考状態ではあるのだが。
 そんなわけでたぬきは特に目的も無く散歩に出たり、車でちょっと遠くのスーパーや直売所に納豆やネギを買いに行ったりする。別に欲しいものは無いのだけれど、納豆ならだいたい消費するし、納豆を買いに行く、という目的があったほうが出かけるきっかけになるからである。ちなみに、たぬきはネギが大好きである。なのでネギに関しては大いなる目的をもって買い物に出かける。家に10本以上常備していないと発狂するからである。
 この散歩というかお出かけはよく効く。別に何かを考えているわけでは無い。無意識にぼーっとしているのである。だけれど深層では何かを考えているのだろう。ある時、びびっとつながったりすることがある。
 これは鬱状態でも鬱状態なりの意味がある、という点に似ているかもしれない。ある時、やっぱりつながるのである。
 それで自分の本当にやりたいことに気が付いたり、発見したりすることができちゃったりするのだ。
 このやりたいことを見つけるのに過去の成功体験を思い出すのも重要である。成功体験とは言わば楽しかったということだったり記憶だったりするので、根本的には好きなことであるはずなのである。
 バックパッカーで行ったタイは楽しかった!みんなでやったバーベキューは楽しかった!畑に小屋を作ったのは楽しかった!梅干しを作ったのは楽しかった!槍ヶ岳に登ったのは楽しかった!ねぶたまつりに毎年参加していたのは楽しかった!古民家を勢いで買ってしまったのも、実際は、まあ、でっかいおもちゃを買ってみたいで、うん、そう・・・楽しかった!
 と、同時に、失敗体験・・・というか楽しくなかったことも考えられる元気があれば考えてみても良いかもしれない。それは「やりたくないこと」であるはずだからだ。
 毎日同じ時間に同じ場所に行くのはやりたくない、苦手な人と顔を合わせたくない、カラオケには行きたくない、お酒もあんまり飲みたくない、球技はるべくやりたくない・・・などである。たぬきの場合は。
 それらを種にして自分のやりたいことを見つけて実行するのである。
 やっぱりやりたいことをやって、それは仕事につながるとか、お金を稼ぎだすとかではないかもしれないけれど、一種の専門家になることによって自信が着いて、ひいては自己肯定感を高めることにつながると思っている。
 たぬきの場合は先述した通り「衣食住」に関することが楽しい。そしてやりたい。
 これまた以前、躁の勢いで買った業務用ミシンで何かにとり憑かれたようにカバンや半纏を作っていた時は大変だったけれど楽しかったし、畑もほぼやることと言ったら草刈りなんだよなー、と思いつつもやっぱり楽しい。そんな畑に農機具小屋を竹と泥で作った時もめちゃくちゃ大変だったけれど楽しかったのである。
 そして、それらの衣食住に関する楽しかったことは、この高度化された社会が原始時代に後退しても、生き延びられるんじゃね?という妙な自信である。
 自分が納得してればいいので、妙だろうがちんちくりんだろうがこじ付けだろうが自信が付けばよい。
 たぬきはそんな感じで自信を付けている。自己肯定感を高めている。
 まあ、意識して自信を付けているわけでは無くて、結果的に自信につながっているわけだけれど。
 やりたいことをやって自己肯定感を高めているのだから、大変なこともあるけれど結果的には楽しいのである。
 と、考えられるのはたぬきが現在軽躁状態であるからと言っているというのは否定しない。
 躁鬱人は鬱状態があるから躁鬱人なのである。鬱状態の時は以前楽しかったことがなんで楽しかったのか理解できないし、やる気も無いし、興味も無くなる。寝ることが楽しいことでもないのに、まるで寝ることが趣味のように寝たきりになる。
 辛いと思うし、たぬきも鬱状態になると大変つらい思いをしている。
 こういう時は、自分がこれまでやって楽しかったこと、とかを思い出すのはやめにしよう。休息期間である。
 カウンセリングで何をするのが好きでしたか?などと聞かれたこともあるが、逆効果である。好きなことを思い出した上で、現状好きだったことにな んの興味も無くてやる気が起きないのだから、むしろ凹む要因になる。
 たぬきは建築をやっていて、土木の職場に就いていた。建物を見るのが好きだったけれど鬱状態の時には興味なんか失せていたし、なんなら仕事のことを思い出すので、人工物が目に入ると調子がめちゃくちゃ悪くなった。それで人工物のない山奥に失踪したこともある。それくらい凹んじゃうのである。大変よろしくない。
 やっぱり鬱状態の時は何が好きなことだったのか、楽しいと思えたことだったのかを思い出すのはやめた方が良さそうである。
 鬱状態は強制的な充電機会である。本当はちょっと元気がないあたりで充電するのが得策であるが、シャットダウンしちゃったものは仕方がない。あきらめよう。シャットダウンしちゃったのだからメモリだってストレージだって機能しないのだから、そこでいろいろ考えても仕方がない。
 そして、その鬱状態の時で何も考えられない、もしくはマイナスなことばかり考えてしまうときでも、いずれ意味があったことだと気づいたりすることがあるものである。これは絶対あるのである。
 それらがつながって、本当にやりたいことに気づける場合だってある。もし鬱状態になってもそう悲観しないでいいだろう。時間が解決してくれる。本当に。苦行かもしれないけれど。
 というわけで今回はたぬきの自信の付け方について書いてみた。詭弁である。無理やりこじつけて自信につなげている。要はアイデアである。自分が好きなこと、楽しかったことを何かにこじつけて自信につなげるのである。
 詭弁でもこじつけでも構わないのだ。自分が納得すればこれも立派な処世術である。
 たぬきは一言で言うと、衣食住の興味を終末世界でサバイブできる!・・・という自信につなげている。こじつけなのである。
 これが案外効いたりするのでだまされたと思って試してみるといいかもしれない。効かなかったら騙された!あの野郎!と思っておしまいである。そんなに時間はかからない。
 そんなわけで今回は早朝覚醒(4時起床)を利用して、暇なので「自信の付け方」について書いてみた。
 まだまだ午前中がめいっぱいあるので、たぬきは今日もまたツタをとりに裏山に行ってくる。これから。あと2~3個カゴを作りたいのである。
 それでは出かけてきます。
 ぼちぼち【ソウウツ通信】も終盤です。なにも考えてないけれど、それっぽくまとめられたらいいなと思っています。
 まあ適当にやっていきます。
 それではでは。
 


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