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ほろ苦い系思い出話

私の思い出話を少しだけ聞いてください。

今でもたまに思い出してしまうことがある。
学生時代交際していた人のこと。
今思うとあの頃の自分は今以上に無知で未完成で、それなのに変に偉そうだった。大学生の終わりに差し掛かると、特に就職先も決まったりなんかすると、自分の自由への切符をやっと手に入れられた期待と興奮、そして大きな不安でいっぱいで、私の鼻息は笑ってしまうほどに荒くなっていたのだと思う。
そう。やっと自由になれるんだって、早く飛び出したくて飛び出したくて仕方がなかった。

何から自由になりたかったんだろう。
今思うと、「実家暮らし」から早く逃れたかったのだった。
一人暮らしが認められず、ずっと親の管理下にいることが苦しくなっていた。
大学2年生頃だったか。大学に女性寮が新設されることになって、見学をさせてもらった。
母からは一人暮らしを認められない理由として「金銭面」を挙げられていた。
確かに、大学まで行かせてもらえたのだ。仕方ないと思っていた。
だがその女性寮の費用は格安で、家具なども揃える必要がほとんどなかった。これだったら自分のバイトでなんとかなる。これだったら片道2時間弱かけなずに大学に行ける。これだったら奨学金と一緒に、院への進学も考えてみようか。
期待と不安と共に家に帰り、母に資料を見せた。
すると、母は憤慨した。悲しんだ。そして泣きながら言った。
「そんなに出て行きたいなら、出て行きなさい。お母さんを置いて」

あぁそうか、と。その時しっかりと理解した。
母は私をここから離したくないのだ。自分のために。
そう思った。
私は女性寮と共に、大学院への進学も選択肢から外した。

悲劇のヒロインになるつもりはない。
院への進学もとても望んでいることではなかった。行っておいた方が良いのかな、くらいにしか考えていなかったし、
それよりも早く自立して自由になりたいという思いの方が強かったから、選択肢が減ってむしろ好都合だった気もする。
何だろう、私は同じ環境にずっとい続けることがとても苦手みたいなのだ。
それだけ夢中になれることがないのだろう。言われるがままに選び続けたレールの上では。

ここでやっと本題の恋人の話。
私は”自由になりたい”という思いを、当時の恋人にも抱いていた。
(ずいぶんとわがままを言わせてもらった。今では感謝と後悔の気持ちでいっぱいになるほどに。)
交際期間が長くなるほど、彼の存在が当たり前になってきていた気がする。
それと同時に、鬱陶しくなっていた。実家という存在だけでなく、どうしてあなたまで私を縛ろうとするのか。
少し束縛の強い嫉妬体質の彼に、私の不満は強くなっていた。
自由に一人暮らしをして、当たり前のように院への進学を選択して、バイトもせずに、毎月毎月豊富なお金が自由に振り込まれ、そのお金で海外旅行などに楽しげに行っている彼。
あなたはそんなにも自由なのに。
甘えたボンボンの息子に私は腹を立てていた。憎らしくなっていたのだと思う。
それもあって辛く当たってしまっていた。でも、それを理由にしてはいけなかったと今ではわかる。
本当に腹を立てていたのは”自由になれない自分自身に対して”だったのに。
少し前までは親のせいにもしていた。だけど、流される人生を選んできたのは自分自身だった。
もっと自分で新しい何かを見つけて、失敗しながら挑戦して、充実させればよかったのだ。
彼は何も悪くない。むしろ、そんな私に居場所を与えてくれていたのに。

就職をしてすぐ、私は新しい環境で当たり前のように新しい恋人を見つけた。
”学生までの呪縛”と思っていたものに一気に解き放たれた解放感。
別れの日を今でも覚えているけど、なんだか安い映画を見ているみたいな感覚になる。自分に酔い痴れ、滑稽。そして現実感のない選択だったと今でも思う。
そして別れて傷ついた彼の存在に、気味の悪いことに私は安心していた。
心の底から申し訳ない気持ちはもちろんあったが、その奥底には、自分の存在が肯定されたような安心感があった。
私の心や認知が奇妙にねじれているのだとしっかりと自覚するのは、もう少し先の話。
気付いた時、私はこの別れを大きく大きく後悔することになる。
失った時に大切さに気が付く。そんなよく聞く言葉が、こんなにも自分にとって重たい言葉になるとは思っていなかった。

今となってはそれも昔。
このこともしっかりと過去にできた気がする。
少し前までは、この辛くて悲しい後悔がいつまでもいつまでも影のように付いてくるのだと思っていたが、いや違う。あくまでもこの話も過去でしかないのだ。

私には辛抱が足りなくて、同じ環境にい続けることが本当に苦手だという特性はあったのだと思う。
また今でもその気持ちはある。
でも何でだろう、今はここにずっと住み続けるのも悪くないかなって思えるし、今のパートナーと、飼い猫と、ずっと一緒にいたいとも思う。
でもその気持ちも”今”という点の上にだけ生きるものなのかもしれない。
(飼い猫とずっと一緒にいたいのは変わらない自信があるが。)

でも今でもたまに思う。優しくて、少し懐かしい匂いのする風が優しく頬を撫でたときなんかに。
彼は、私のことを覚えているのだろうか。
今の私のように、ふと思い出したりすることがあるのだろうか。
憎い人で終わっているのだろうか。
愛している初めて言った人、そんな感じのほろ苦い思い出で、残っていたりするのだろうか。
ま、これは私が自分にとって都合の良いように書き換えておこう。
確認のしようもないのだから。

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