瓜田純士

薬物の元売人。マリファナは「酒に酔ったような感じ」。「大麻は素晴らしいと言っている人と、シャブは最高だと言っている人は同じ」。

大麻使用罪について語ってみた
https://www.youtube.com/watch?v=xJkJf81TL18

瓜田氏は正しいことを言っていると、私は思います。

ところで日本の現代アート(私が「左翼」業界とそれを呼ぶ)に属する人々にも、上記の傾向を持つ人々が、現在に至るまでも多くいます。私の見方によれば、アートと、薬物による「解放」を、これらの人々は短絡して結び付けているのですね[1]。

日本の現代アートに、背後で強く影響を与えているものに(現在は完全に凋落したかに見える)’60〜70代以後のフランス現代思想がある。中でも、(社会的ストレスからの)「解放」を言説だけではなく、実践として表していた者に、(最近は、発展途上国での児童の性的虐待=人身売買に関わっていた廉で、死して告発を受けている[2])ミシェル・フーコーがいます[3]。さらに、フーコーに強く影響をおそらく与えたと想定できる者に、それ以前のジョルジュ・バタイユがいる。

ここからさらに、私は敷衍して考えたいのですが、フーコーの晩年のテーマの一つだった主体の享受する「快楽」の問題ですね。今日においては、アートもそうですが、近年のYoutubeも、そこでの主体の快楽の源泉が、薬や性ではなく、「金(かね)」(または「数字」)ではないのかと。私が最近の思考で、アートとYoutubeを「拝金主義」のテーマのもとに結び付けている所以です。これらの人々は、金に薬物的に脳をやられているのではないのかと。おそらく集団レベルで、次第に社会に対して、「ろれつ」が回らなくなってくる筈です。

コロナ下の馬鹿なYoutubeが、若い頭脳を破壊する|加藤 豪 #note https://note.com/naar/n/n6244475b72fb

[追記1] 私が過去に属したギャラリー界隈でも、その顧客が馴染みのバーで(シャッターを閉めた後)、白い粉末を並べて鼻から集団で吸引している姿を、私は体験として実際に見ています。

[追記2] 20世紀の知の巨人フーコーに小児性愛と白い帝国主義者の疑惑 https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00023/040800249/?n_cid=nbponb_twbn

[追記3] 『スティーヴン・リギンズによるミシェル・フーコーへのインタヴュー』(1982年) 

──私は、どのようなものであれ快楽を死ぬほど味わって死にたいし、またそう望みます。というのも、それは極めて困難なことだと私には思えるからであり、また、私が真の快楽、徹底して完全な快楽を感じることがないという印象をつねに持っているからです。そして、この快楽は、私にとって死に結びついています。(中略)
ある種のドラッグは本当に私にとって重要なものだ、という事実もあります。というのも、それによって私は、自分が求め、しかし独力では到達することのできない恐ろしく強烈な喜びに接することができるからです。一杯のワイン、熟成した良いワインは心地の良いものである、というのは事実ですが、それは私向きではありません。快楽とは何か信じ難いほど強烈なものでなければなりません。しかし、こうしたケースにおいて、私は自分がたった一人であるとは感じていません。

ミシェル・フーコー思考集成〈9〉自己・統治性・快楽、筑摩書房、2001年
https://www.amazon.co.jp/ミシェル・フーコー思考集成%E3%80%889〉自己・統治性・快楽-ミシェル-フーコー/dp/4480790292


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