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【ショートショート】退職代行の退職代行 (1,753文字)

「お世話になります。私、退職代行サービス『やめたるわ』の岡本と申します。本日、貴社社員の岸様の退職通知の件で連絡させていただいております」

 その電話を受けた島田部長は驚いた。

「おい。お前、正気か」

「はい。岸様から有給休暇消化後に退職希望の旨、お伝えいただいております。その上で退職の手続で必要なものがあればご指定ください」

「はあ。舐めてんじゃねえぞ」

 島田部長は身体をわなわな震わせ、怒鳴り声をあげていた。そして、受話器を叩きつけるように電話を切ると、オフィス内をドカドカ移動し、

「岡本ー!」

 と、窓際のデスクに向かって叫んだ。

 岡本は島田部長の方に身体をまわしつつ、ヘッドセットを外し、とぼけた表情を浮かべた。

「部長、どうしたんですか」

「どうもこうもねえだろ。岸の件、どうなってんだよ」

「ああ。退職代行の依頼があったんです」

「依頼って、あいつはうちの社員だろうが」

「そうですけど、ちゃんと申し込みがあったんですよ。ほら、これです」

 島田部長は岡本から渡された資料に目を通した。

「上司のパワハラとセクハラが耐え難くって書いてあるぞ」

「はい。面談をしたら、そういう風に言っていました」

「あいつの上司って、俺しかいねえじゃねえか」

「ええ。もちろん」

「俺はパワハラもセクハラもしてねえぞ。こんなもん、名誉毀損じゃねえか。いますぐ岸を呼び出せ」

「いや、無理に決まってるじゃないですか。それができたら、うちに依頼なんてしてきませんよ」

「ふざけやがって。だいたい、こういう大事な話は本人が直接伝えるべきだろうが」

 岡本は笑い出した。

「なにをいまさら。それなら、退職代行が成り立たないでしょ。部長、すみませんが、まだまだ電話をかけなきゃいけないので仕事に戻っていいですか」

 島田部長は未だ不満な様子だったが、これ以上なにを言っても無駄と思ったのだろう。

「わかったよ。仕事しろ、仕事。この大バカ野郎が」

 苦々しく吐き捨てると、舌打ちしながら踵を返し、自分の席へと戻っていった。

 直後、再び、内線の通知があった。もしや、岸が電話をかけてきたのではあるまいか。それなら、こっちの意見も言いたいだけ言わせてもらおう。島田部長は心拍数を上昇させて、前のめりに受話器をとった。

「はい。島田です」

「お世話になります。私、退職代行サービス『やめたるわ』の岡本と申します」

「岡本! お前、しつこくなんなんだよ。岸のことはわかったって言ってんだろうが」

「今回は岸様ではございません。貴社社員の根本様の退職通知の件で連絡させていただいております。というか、部長と一緒には働けないって依頼がいくつも来ていまして。具体的にはうちの部署、全員です。本当は一人ずつ伝えるべきなんですけど、面倒くさいので、まとめてお伝えしてもよろしいですか」

 ふと、島田部長は顔を上げた。オフィス内を見渡すと、たしかに誰もいなかった。

 テレワークやフレックスタイム制が導入されてからというもの、誰が何時に出社するのか、島田部長はいまいち把握できていなかったの。そのため、人がいないことをさほど気にしていなかったが、どうやら、そういうことではなかったらしい。

 小型犬のような悲しい顔で、

「岡本、もういい。わかったよ、わかった。俺がぜんぶ悪かったんだ」

 と、島田部長はつぶやき、電話を切った。すっかり気力が抜けてしまって、背もたれいっぱい体重預け、天井をぼんやり見つめた。

 しばらくして、内線の通知が鳴った。島田部長はそのまま無視をしたかったけれど、あまりにしつこく鳴り続けるので、結局、受話器をとってしまった。

「はい。島田です」

「あ、岡本です」

「また、お前か。わかったって言ってんだろうが」

「いえ、今回はそうじゃないです。個人的にお話ししたいことがありまして。部長、お時間ちょっとよろしいですか」

「……なんの用だよ」

「ありがとうございます。実は仕事を辞めたいと思っていまして」

「今度は誰がだ」

「私です。私。私が辞めたいんです」

「理由は俺か」

「ええ。まあ、そうです」

「やっぱりか。わかったよ、わかった。辞めればいいさ。勝手にしやがれ」

「そう言われましても、連絡や引き継ぎなど、諸々の作業をやるのも大変な状況でして。ぜひ、貴社の退職代行サービスを使わせてもらえればなぁ、と」

(了)




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