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【時事考察】いまや漫才は文学であり、M-1は芥川賞である。だが、松本人志以降の権威化した「お笑い」に未来はあるのか?

 M-1グランプリの注目度および経済的な影響力が年々増している。優勝コンビが決まると同時にニュースが流れるし、予選の段階からSNSに次から次へとトレンド入りするし、すっかり国民的行事である。

 まさに人生が変わる大会になってしまった。参加者が本気なのはもちろん、審査員も想像以上に本気だし、視聴している人たちもお笑いを見ているとは思えないほど真剣だ。

 そのことを表すように、審査員のナイツ塙がM-1に関するドッキリを若手芸人に仕掛け、炎上、謝罪する羽目に陥った。

 しょせんはお笑いの大会というノリが許される状況ではなくなっている。それぐらい、いまの若手芸人は漫才に一生懸命取り組んでいるし、実際、披露するネタのクオリティも上がりまくっている。

 今年のM-1の決勝に残った人たちのネタを見ても、ひとつとして、ありきたりなものは存在しない。少女漫画の定番シーンについて深く洞察する斬新さ、コンプライアンスが重視される時代にハゲという言葉が許されている非対称性を指摘する風刺性、映画館をA画館と音で捉え直す言語学的アプローチなどなど。面白いは大前提。その上でどれだけ新しい表現が可能かを競う戦いになっている。

 もはや、お笑いは文学になりつつある。してみれば、M-1は芥川賞に匹敵。いや、凌駕するだけの存在感を持ち始めているかもしれない。

 これは偶然の結果ではない。ある種、意図的に。または、運命的にたどり着いた進化の形である。

 その背景にはいろいろな要素が考えられるけれど、主に、以下の三つの要素が影響していると思われる。

①セルフブランディング
②芸人同士の相互紹介
③ライトユーザーの減少

 まず、「①セルフブランディング」について。これは賞金1,000万円のM-1という大会も含め、お笑いが凄いものであるというイメージを世の中に喧伝したことを意味している。他にも、最近では『あちこちオードリー』を代表に、芸人が裏でどのような努力と工夫を重ねているか、テクニカルな部分を明かすコンテンツも増えてきている。

 ひとむかし前なら、芸人は頭が悪い人たちと思われていた。しかし、いまや、そのイメージは百八十度変わっている。現に、今年のM-1チャンピオンである令和ロマンのメンバーは二人とも慶應卒であり、むしろ、頭のいい人たちが就く仕事なのだ。

 当事者たちのアピールによって、お笑いというジャンル、および、芸人という職業のステータスは明らかに向上している。これは芥川賞で自ら権威付けを行ったり、作家の多くが有名大学卒であったり、小説の書き方を公開することでブランドを確立させてきた文学のあり方によく似ている。

 次に「②芸人同士の相互紹介」。要するに、芸人は他の芸人の話をよくするということで、見ている側はそのトークを通して、新たな芸人を知っていく。

 人間、知っている人に対しては好感を持ちやすい。そのため、売れている芸人が後輩を紹介し、その後輩が売れていくという連鎖が生まれる。

 文学はそれと同じことを文壇を作ったり、作家が他の作家を語ったり、雑誌で対談企画を行ったりで実践してきた。

 なお、最後の「③ライトユーザーの減少」はお笑いというより、現代の技術発展に基づく変化なので、あらゆるコンテンツが無関係ではない。

 具体的には、スマホの検索で気軽にあらゆる情報が手に入るようになったことで、少しでも興味があれば、誰でも短期間でヘビーユーザーになれるという話だ。

 そのため、お笑いをなんとなく見るというライトユーザーは相対的に減少。M-1で言えば、真剣に見る層とまったく見ない層の両極端にわかれてしまった。

 気づけば、お笑い好きは先鋭化。単なるエンタメでは満足できず、技巧的なものや実験的なのを求めるようになっていく。

 きっかけこそ違えど、かつて、ヌーヴォー・ロマンなど、文学が難解なものに成り果てていった流れと一致している。

 このように、「①セルフブランディング」「②芸人同士の相互紹介」「③ライトユーザーの減少」の三点がお笑いの文学化に影響している可能性は高い。

 しかし、より根本的なところで、文学とお笑いは深い関係でつながっていることを確認しておく必要がある。なにせ、すべてをパロディ化するお笑いはあまりにもポストモダンなのだから。

 ポストモダン。

 それは文学史のおける現代文学の立ち位置である。

 見たまんまを書く写実主義。それが極まり、あるがままを書くようになった自然主義。これらを否定したモダニズムが勃興し、ついには、なんでもありをよしとするポストモダンに至るという順で文学は発展してきた。

 このなんでもありという考え方は、面白ければなんでもありというお笑いと親和性が非常に高い。してみれば、もともと文学の進み行く先にお笑いはあったのかもしれない。

 ただ、そうであるなら、お笑いの文学化は世界的な動きになりそうなものである。なのに、このような現象が見られるのは日本だけ。世界的には自由な引用を特徴とするHIPHOPの方がポストモダンであり、現代の文学と見做される地域の方が多い。

 どうして日本はガラパゴス的にお笑いを進化させてきたのか。そのことを考えるにあたって、日本の近代文学が言文一致運動に起源を持っていることは重要な意味を持っている。

 言文一致。それは話すように書くことであり、いまを生きる我々の感覚からすると当たり前過ぎて、わざわざ発明が必要だったとはとてもじゃないけど信じられない。

 だが、明治時代までの文章は漢文をベースとした文語文が用いられていた。なぜかと言えば、当時は標準語が存在せず、人々の話し方にも統一性がなかったからだ。

 一般性が求められる書き言葉と個性豊かな話し言葉の相性は最悪だった。一方で、文語文では難し過ぎて、汎用性が低いという問題もあった。明治維新を推し進めるためにも、やはり、言文一致は必要だった。

 二葉亭四迷や山田美妙、尾崎紅葉ら、多くの人がこれに挑戦した。どんな話し言葉を基準に用いればいいのか。みな、あれやこれや、試行錯誤しまくったという。そして、このとき、落語家の三遊亭圓朝が残した速記本が大いに役立ったと言われている。

 言文一致に成功したことで、日本語の標準が定まるようになった。たくさんの文章が書かれ、たくさんの人がそれを読んだ。いま、我々は話すように書くなんて簡単にできると思っている。でも、実際は、書かれたように話しているのだ。

 それぐらい、言文一致のインパクトは大きい。これによって日本の近代文学が始まったと言っても過言ではない。

 つまり、日本文学の基本は落語の語りにあり、そのルーツはもともとお笑いだったのだ。対して、西洋文学は詩という音楽的な語りにルーツを持つ。もしかすると、文学の発展系がHIPHOPになるか、お笑いになるかを決める分水嶺はここにあるのかもしれない。

 以上、いくつかの観点から、「いまや漫才は文学であり、M-1は芥川賞である」という仮説を検討してきた。M-1と芥川賞は新しいスターを発掘することを目的としている点でも共通しているし、それなりに妥当性はあるんじゃなかろうか。

 だけど、果たして、それはお笑いにとっていいことなのか。最後にこれからのことを考えたい。

 ハイカルチャーとなり、権威化していくジャンルの宿命として、やがて、お笑いが教養のひとつになってもおかしくはない。例えば、高学歴や高収入な人たちが楽しむヨットやゴルフ、クラシック音楽といった趣味のように。

 一見すると荒唐無稽な心配に思える。だが、最近、お笑いは有名大学のサークル活動を中心に盛り上がりつつある。真面目にネタが研究対象となり、常に新しい表現が模索され続けている。そうそうあり得ない話でもないのだ。

 同じことが、かつて、不良文化として誕生したロックにも起きている。「①セルフブランディング」「②芸人同士の相互紹介」「③ライトユーザーの減少」の過程を経て、ロックはプログレになり、ピンク・フロイドやキング・クリムゾンなど、実験音楽の領域へと昇り詰め、一般大衆が気楽に楽しむものではなくなってしまった。

 お笑いも同じ道を辿る懸念は十分にある。数年後、普通の中高生は漫才やコントを難解に感じ、勉強しているみたいで面白くないと言うようになるかもしれない。

 なお、ロックはセックス・ピストルズの登場によって、再び、誰でも聴けて、誰でも演奏できる音楽として生まれ変わった。パンク・ロックが革命を起こし、時計の針を権威化する前へ戻すことに成功したのだ。

 M-1のオープニングで毎回、「漫才の歴史は彼以前、彼以後に分かれる」と松本人志が紹介される。まさしく、ダウンタウンの登場によって、お笑いの権威化が始まった。

 松本人志の功績が大きいことに異論はない。その背中を追って、数多くの芸人が切磋琢磨し、高度な漫才を作り出してきたのも事実だ。だが、もし、パンク・漫才というものがあるとすれば、ひとえに、漫才を「彼以前」まで戻すことが期待される。

 よくも悪くも、「彼以後」のお笑いは権力を持ち過ぎた。すっかり王様の様相を呈している。この状況をバカなフリしてひっくり返せるピエロがいれば、その人物こそ、本物の芸人と言えるだろう。

 果たして、権威化の先に未来はあるのか? いま一度、真剣に検討すべき時が来ている。




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