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「家に帰りたい」けど帰れない3つの誤解

入院患者さんが「帰りたい」と言っても、自分の大事にしている場所へ退院できないことがあります。大事にしている場所とは、自分の家だけでなく、長く利用していた施設のこともあります。私は、自宅に帰ることができない背景には3つの誤解があると考えています。

多くの人は最期を「家で迎えたい」と思っている

亡くなる場所は時代とともに変化しています。1951年は病院9.1%、自宅82.5%、施設0%でした。2019年には病院71.3%、自宅13.6%、施設(老人ホームや老人介護保険施設など)11.6%に変化しています。病院死は、2005年をピーク(82.4%)に徐々に低下していますが、依然として病院死の割合が最も高い状態にあります。人生の最期の迎え方に関する全国調査によれば、患者さんの58%は人生の最期を自宅で迎えたいという希望を持っています。

死因別統計データ 国土交通省
日本財団 人生の最期の迎え方に関する全国調査

このような場面をイメージしてください

胃癌ステージ4、多発肝転移などがあり、日中ほとんどベッドに寝ている80歳男性。自宅はアパートの3階。自力で階段は昇れません。
がんに対する治療の手立てはなく、徐々に腹水が増え、倦怠感が強くなり、きつそうに横になっています。A病院では、「がんも進行しており、治療手段はなく、きつそうだから、家は難しいように思う」と説明されています。
幸い痛みは軽度で、医療用麻薬を少量使うことで対応できています。本人は「まだ、病院に居ないといけないの?家に帰れんのかね?」と言います。家族は「本当は自分の家がいいんだろうけど、A病院の先生は家では無理だろうって言っていました。なので、病院にいる方がいいと思います」と語ります。
主治医は「帰れるんやろうか?(帰ることはできないだろう)」、看護師は「いや〜帰れないのでは?」と話しています。

*補足
・ずっと治療してきたA病院の医療者なりの考えがあるのでしょう。
・倦怠感への治療が不十分だ!と言わないでください。(*´Д`)

’帰れない’3つの誤解

誤解1:医療者が「帰れない」と思い込んでいる

医療者(特に医師)が、「帰れないでしょ」と言ったら、患者がどんなに「家に帰りたい」と言っても話は進みません。病棟スタッフ同士が「こんな状態じゃ帰れるわけないじゃない!何言ってんのよ。」と言ってるところを研修医・新人看護師らが聞くと「こういう患者さんは帰れないのだ」と認識してしまいます。

人が発する言葉には真意があって、先ほどの発言をする医療者は心の中で、
 ・病気がこんなに悪いのに家に帰って大丈夫なのか?
 ・より悪くなってしまうのではないか?
 ・本人が苦しんでしまうだけではないか?
 ・家族に負担を強いるだけではないか?
といろいろな心配をしているから、「帰れるわけない」という言葉が口から出てきてしまうのです。

誤解2:患者さんが「帰れない」と思っている

患者さんが「私、こんな状態だったら家に帰ることはできません」と言われることがあります。

患者さんが「家に帰れない」と思っているのはどうしてでしょうか?

 ・病気が完全に治ることを期待しているのかもしれません。
 ・十分に動けない状態で帰っても家族の人に迷惑をかけてしまうから
  かもしれません。
 ・入院という環境が快適なのかもしれません。
   例)適度に人が来て相手をしてくれる
     リハビリという身体を動かすサービスがある
     そこそこ食べられるごはんも出る

患者さんなりに「帰れない」と思っている理由があります。もちろん、「帰りたい」と言う患者さんにも思いがあります。

医療者は、患者さんがなぜそう思うのか、なぜそう話されるのかを知りたいと思っています。

 「家に帰れない理由は何ですか?」
 「どんな状態であれば家に帰ることができそうですか?」
 「家に帰ることで心配なこと、気がかりなことは何ですか?」

と尋ねます。教えてほしいと思うからです。どのような言葉を使うかは、患者さんの特徴に合わせて選択しています。

*補足
「この患者さんの特徴なら〇〇を言え!」などの決まったものはありません。患者さんとの付き合いのなかで、この言葉かけの方が良いかな?と思うものを選択していることが多いでしょう。

誤解3:家族が「帰れない」と思っている

自宅に帰った後の主介護者は家族になります。患者さんが「家に帰りたい」と言うけれど、それを見守るのは家族です。家族の支援が得られない場合、家族は、「家で見られません。もっと元気になってからじゃないと無理です」と言われます。この家族の言葉は十分に理解できます。

家族はどのようなことを心配されて、「家では見れません」と言っているのでしょうか?

 ・私一人で看られるのか?
 ・24時間つきっきりにならないといけないの?
 ・自分の家族のことがあるから…
 ・仕事が休めないし…
 ・仕事をしないとお金が足りない…

など様々な心配事を抱えています。心配事を想像できるからこそ、医療者が「家で見てあげないなんて、なんてひどい家族」ということはないと思います(いや、信じています)。

注意したいのは、家族にとっては退院の話が‘脅威’として感じる方もいることです。患者さんの病状が悪ければ悪いほどそのように思うでしょう。
悪くなることは理解している。しかし、どのような経過になるのかを実際に経験しなければ分からないことも多いです。行き先が不透明な状況に放り投げだされたかのようなとてつもない不安感を抱いています。
医療者はできる限り病状説明をしたときに家族の心境を確認しながら、退院の話を進めるように心がけています。

帰れない理由を並べない、帰れる工夫を考える

患者さんや家族は「家に帰りたい、でも不安」という感情が根底にあります。家に帰りたい気持ちと不安な気持ちのどちらが強く表出しているかによって、口から出てくる言葉が変化します。

少しでも「家に帰りたい」と思っているのであれば、できる限りその気持ちに添えるように医療者は頭をひねって、患者さんや家族の心配事や気がかりを軽減できる案を考えます。そのため、多職種で在宅医療・介護サービスについて検討していくことになります。

特に、医療者は、患者さんの病気の状況を理解しています。予後予測を行い、必要な医療行為は何かを考える必要があります。

例)
・点滴1日4回しているのであれば、1日1回に変更する
・吸引回数が多いのであれば、点滴量を減らし吸引回数を減らす工夫をする
・家族への吸引指導を行う(家族の気持ちを確認していく)

介護保険など、在宅医療・介護サービスについては、医療ソーシャルワーカー、ケアマネジャーが詳しいです。患者さんや家族が困りそうなことへの解決策が生まれるかもしれません。

すべての心配事をきれいに解決!という素晴らしい方法があればいいのですが、実際はそうではありません。そのため、在宅医療・介護サービスで解決できることとそうでないことに分けながら、どの心配事を優先に解決していくか、医療者、患者さん、家族らが折り合いをつけていくことになります。

最後に

患者さんは少なからず「家に帰りたい」という思いがあります。医療者は「よくわからないけど、これじゃ家に帰れないよね」という思うときは、立ち止まってください。患者さんの大切にしていることは何か?を振り返り、家に帰るためにできる工夫は何か?をみんなで考えたいものです。

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