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ホーチミンで遺された店の再開を目指す従妹と従兄のベトナム料理奮闘記~西浦キオ『リトル・ロータス』~

1.はじめに

 2019年6月に出した『なかみ博士の気になる学術系ニュース』の梅雨の特別号では、「アジア東部のTeaまわりのゆる~い考察」を特集しました。その号では、私と縁のあるアジア東部地域のマイボトル文化や、果物の果実にシロップやジャムを水に溶いたような「果実茶」を取り上げました。

(はてなブログ『仲見満月の研究室』(研究室ブログ)の3周年記念冊子として、コンビニのマルチコピー機を使ったネットプリント同時配信企画「ペーパーウェル02」に参加した作品。様々な方に読んで頂きました)

梅雨の特別号を準備していた時、世界各地の飲食文化の事を調べていて、「その次の号では、もう少しテーマの範囲を広げて、各地域の暮らしの 分かる漫画の紹介をしてみたい」と思いました。そこでアジアが舞台のグルメ漫画について探したところ、ベトナム料理がテーマの漫画リトルロータスに行き着きました。

 今回は、このベトナム料理漫画のレビューとともに、現代ベトナムのことを知るための本も紹介したいと思います。



2.『リトル・ロータス』の始まり

 物語は、大学卒業を控えた日本人大学生の桜井俊介(1巻カバー裏表紙で食事をする青年)が、入院中の祖父(じいさん)の依頼を受け、ベトナム南部の大都市ホーチミンに到着したところから始まります。祖父の依頼とは、 俊介にとっては従妹にあたる少女グウェン・チ・セン(1巻の表紙画像で白い服を着た人物)を探すことでした。

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(画像:食事をする桜井俊介。1巻カバー裏表紙より)

 祖父は若い頃、仕事の関係で訪れたベトナムで現地の女性と恋をするが、当時は戦争後の混乱期。 俊介のじいさんは恋人を現地に残して帰国しなければりません。しばらく時間が経ち、かつての恋人が自分との娘を出産したことを人づてに聞きました。娘の誕生の時に、じいさんは俊介の祖母と見合いで結婚しており、せめてもと経済的な援助を始めたのでした。娘はベトナムで結婚しましたが、知人の連絡によると、最近、その夫と一緒にバイク事故で亡くなったという話。娘にはセンという15歳の一人娘がいるが、どうもセンは「里親も施設も全て断っているらしい」のです。心配になったじいさんは、怪我で動けない自分の代わりに孫の俊介を現地に送って、センを探し出し、「日本で引き取りたい」と考えていました。俊介の祖母と父親には内緒で。


 序盤からしてヒロインに当たるセンには、重たい設定がついていて、この背景がストーリーの主軸となっていきます。ホーチミン市でさっそく従妹を探し始めた俊介は、 ひったくりに遭ってしまい、その過程でグウェン・チ・センに出会いました。探していた従妹は教会で奉仕活動を行い、中学卒業を間近に控え、今は両親が生前に経営していたベトナム料理店「リトル・ロータス」を閉店したまま、一人で生活していたのです。


 俊介はひったくりのせいでパスポートを失い、内定していた会社の前田フーズで働き出す機会を失う不安が出たり、センは祖父に対して「彼はべトナムの祖母や母親を捨てたのでは?」という不信感を持っていて、じいさんに拒否感を示したり。本作の1巻半ばまで、少し緊張した展開が続きます。センのお腹が鳴ったところで、俊介はリトル・ロータスの厨房を借りて、 造った食事をセンに食べさせました。おいしい食事に少女の態度は柔らかくなって、日本から来た従兄にこう告げます。

さっきは 感情的になって ごめんなさい
実を言うと もうそれほど おじいちゃんを恨んでる わけじゃないの

ただ ここには 家族の思い出が 詰まってるだから 
私は ここを離れない
おじいちゃんにも そう伝えて もらいたいの
(本作1巻、第2話より)

 それを聞いた俊介は、ベトナムに残るという大きな決断をしました。彼は、センに残っているのはもう両親の店リトルロータスしかないことを察して、内定辞退の連絡を入れます。一旦日本に帰国して再びベトナムに来た彼は、中学を卒業したセンと共に、リトルロータスの再開を目指すのでした。

 以上が、本作『リトル・ロータス』の始まりです。



3.本作から分かるベトナムの歴史や生活のこと~感想や気になること~

 3-1.ベトナムの近現代史とセンの家族について

 1巻を読んでみての感想は、日本の一般読者には馴染みの薄いと思われるベトナムに関して、

 1.重くて、複雑な近現代の 出来事の影響を主要人物センの生い立ちに反映させており、ミクロな視点で伝えている

 2.現地の食べ物や飲み物に加えて、細かな生活習慣や法などのことにも、ちゃんとストーリー上で触れられている

ことが印象的でした。


 1に関しては、『ベトナムの基礎知識』(古田元夫、アジアの基礎知識4、めこん、2017年)や、『現代ベトナムを知るための60章【第2版】』(今井昭夫等編著、エリアスタディーズ39、明石書店、2012年)のベトナム史の箇所を読んだ私は、戦後の混乱期、センの日本人の祖父とベトナム人の祖母のように運命を翻弄された人たちがいたと実感しました。


 ベトナムは、第二次世界大戦の後にフランスから独立したものの、冷戦という時代の中で、南ベトナムと北ベトナムに別々の政権が成立。南北の国名は変遷することもあって、詳細は先の本のベトナム史の箇所に譲りますが、その後、ベトナム戦争を経て、北が南を統一する流れで、現在のベトナム社会主義共和国と成りました。本作の舞台の南部では、社会主義的な政治体制を嫌い、海外へ亡命した人々がいました。同時代に難民として海外へ渡った、いわゆるボートピープル呼ばれる人たちもいます。ベトナム戦争と海外へ渡ったベトナムにルーツを持つ人々をめぐる現代史は、『境界の民 難民、遺民、抵抗者。 国と国の境界線に立つ人々』(安田峰俊、KADOKAWA、2015年)の「はじめに」と第1章の「クラスメイトは難民――日本のなかのベトナム」に詳しいので、そちらをご覧ください。


 こうしたベトナム近現代史の背景を主人公の一人に背負わせ、個人というミクロのレベルで伝えられる描き手はすごいと思いました。ちなみに、作者の西浦キオさんは「ダ・ヴィンチニュース」のインタビューによると、ベトナム人のご両親のもと、日本で生まれ育った方とのこと(「ベトナムと日本、2つの価値観が混ざり合い生まれた人間ドラマ『リトル・ロータス』西浦キオ インタビュー | ダ・ヴィンチニュース 」、2018/10/14、https://ddnavi.com/interview/490995/を参照)。本作の連載にあたって、取材先のホーチミンで担当編集さんに日本とのギャップを感じてもらい、その発見を作品に活かしたそうです。そうした背景を踏まえると、日本から来た俊介がセンを引き取りたいと伝えた時、彼女の放った「外国で生きていく大変さがあなたにはわかるの!?」の一言は、 私にはとても重く響きました。

(もちろん、作者の西浦さんご自身の人生に、ベトナム近現代史とどういった繋がりがあるかは不明ですが…)


 3-2.ベトナムの料理や生活習慣などについて

 人物たちの抱える複雑なバックグラウンドに加え、作品では西浦さんの「細部を突き詰める姿勢」は、メインテーマであるベトナム料理に最も表れています。


 例えば、1巻の終盤で俊介はベトナム料理の勉強を開始し、フォーを作ります。食べたセンは美味しいというものの、「何か ちょっと 違うような…」と違和感がある様子。俊介は日本で食べたベトナム料理の味に近くしたそうですが、何回作っても違和感の正体は分かりません。 センは友人のトゥーとハオを呼び、俊介のフォーを食べてもらいました。食べたトゥーは、悪くはないがその正体は言語化ができないらしい。

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(イメージ画像:フォー)

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