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2017年 47冊目『月給100円サラリーマンの時代:戦前日本の普通の生活』

戦前の貨幣価値をいったい何倍すると現在価値になるのか。

2000倍というものもあれば、5000倍、1万倍というものもあるそうだ。

筆者は昭和初期の10年間と2015年の東京都区物価指数を比較し1800倍という数値に着目し、約2000倍と考えるのを目安にしている。

例えば

うな重:60銭×2000倍=1200円

天丼:30-40銭×2000倍=600-800円

もりそば、コーヒー:10銭×2000倍=200円

ビール:35銭×2000倍=700円

サントリーの国産第一号ウイスキー:4円50銭×2000倍=9000円

市電の初乗り:7銭×2000倍=140円

など。

一方で住宅と教育は暴騰している。

銀座4丁目交差点付近の1坪は6000円、現在は1億3000万なので、2万倍以上。

東京の二階建ての一戸建ての借家が40円、現在は24万円はするので、6000倍以上。

早稲田、慶応の授業料は120円から160円、現在は100万から130万なので、1万倍弱。

つまり、当時は住居費、教育費が安かった。

逆に自動車は

フォードのセダンが2450円。2000倍すると500万円。現在は300万程度なので1000倍強。

つまり、自動車は高根の花だった。

サラリーマンはどうか。

昭和5年の人口は6400万人とほぼ現在の半分。

就業人口は2900万人。

半数弱にあたる1370万人が農業。(現在だと5%に過ぎない)

第二次産業は20%。

現在67%の第三次産業は、30%を占めていた。

ただし、サービス産業に限定すると8%。

ホワイトカラーは、公務員、民間企業、医師などの専門職を加えて7-10%弱。

大正時代のホワイトカラーは1-2%に過ぎなかったので、若くして昇進も当たり前だったが、このころになるとある程度の人数になっていたのが分かる。

つまり、サラリーマン=超エリートという図式が、崩れかけた時代だったようだ。

タイトルの月給100円を2000倍すると20万、年収240万。

当時、この額で、家族でそこそこの生活ができたとの記述もある。

実際、構造改革時に公務員の減俸があったそうだが、対象は年収1200円以上、つまり月給100円以上が対象だった。

フェルミ推定すると、当時の平均年収は800円程度だったようで、1200円より低かった。(120億円/1500万世帯)

一方で、当時の課税最低限が1200円だったので、この額は実質の手取りでもあった。

雑誌などのデータを見ると、新婚では月収50円程度で生活できるともある。

しかし、この額では子供ができると大変という記載もあった。

そう考えると、住居費や学費などが相対的に安かったこともあり、可処分所得の感覚でいうと賃金は5000倍程度あったと考えるとよいようだ。

つまり月給100円は、現在だと50万円、年収ベースで600万円、これも手取りでという計算になる。

新婚で25万円、こちらもイメージがつく。

ちなみに細雪で3姉妹が、いくらくらいあると裕福かという会話があり、結婚相手としてボーナス入れて月平均250円、副業入れて350円なら、裕福な暮らしができるという表現がある。

現在価値で月収180万。

それはそうでしょう。

一方で、中央公論によると一家5人で年収3000円=1500万円が中流という表現も出ている。

しかし、当時の実態は年収650円=325万円程度が9割だったようだ。

また大学出は、まだエリートであったが、学歴で年収格差があった。

東大をはじめとする帝国大学、一流私大、一般大学でもそれぞれ2割程度の月給差があった。

その後の昇進スピードも大きく異なったようだ。

今でも学歴差はあるのかもしれないが、かなり平等になったように思う。

当時の娯楽の値段、風俗の値段なども触れられていて、かなりリアリティがわく。

面白い本ですよ。


▼前回のブックレビューです。


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