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アウトサイド ヒーローズ:エピソード13-13

ディテクティブズ インサイド シティ

 ナノマシンのヴェールに覆われた水球が、内側からの力で激しく波打つ。

「この……!」

 マギセイラーは水球を抑え込もうと、両手に力をこめた。吹き飛ばされそうなほどの強烈な水圧に、両脚を踏ん張って耐える。
 水の中ではミュータントが死に物狂いでもがき、ナノマシン防壁を内側から殴り続けていた。

「くそっ、動くなっ! もうっ!」

 ミュータントは四肢と尻尾を振り回して暴れ続ける。とうとう、光る水球を内側から突き破り、鱗に覆われた拳が飛び出した。途端に水しぶきを上げて弾け飛ぶナノマシン。

「きゃあっ!」

 マギセイラーは吹っ飛ばされて、雨に濡れる路面を転がった。間合いを取って立ち上がると、細身の剣を構える。

「なんてしつこいのよ、もう……!」

 耳元で鳴り続けているビープ音。立体プロジェクタによって視界の端に投影される“Low Energy”の文字。全身を覆う鎧でもあり、水を操るための武器でもあるナノマシン装甲の活性が鈍っていることを伝えてくる。
 そんなことはわかっている。パワーアシストを受けているはずの体がこんなに重いのだから。……でも、やるっきゃないんだ。

「ぎいやあああああああ!」

 ミュータントが大きく口を開き、牙を剥きだして叫ぶ。焦点の定まっていない目、がむしゃらに振り回される両腕。魔法少女は手にした剣でミュータントの拳をいなした。

「……ぐっ!」

「あああああああああ!」

 わけのわからない叫び声とともに、次々と襲い来る打撃。鱗に覆われた拳が切り裂かれ、血が流れても構わずにミュータントは殴り続ける。
 撃つ! 撃つ! 撃つ!

「ぐっ、ぎぎぎ……!」

 重い拳が飛んでくるたび、マギセイラーの全身に衝撃が走る。歯を食いしばって両脚を踏ん張るが、

「ぎゃっ!」

 乱れ撃たれる打撃の嵐に剣を弾き飛ばされ、魔法少女は雨の中で尻餅をついた。血走った両目を見開いて、有鱗ミュータントが唸る。

「ふしゅるるるる……!」

 立ちふさがる黒い影。鳴りやまぬビープ音と、今や視界の半分以上を覆い始めたエマージェンシー・サイン。マギセイラーは金と銀のオッドアイを光らせてミュータントを睨む。
 ナノマシンのエネルギーが底をつき、武器を吹き飛ばされても、やるしかない。
 両脚を踏ん張って立ち上がろうとした時、

「目をつぶれ、マギセイラー!」

 カジロ班長の声。背後から投げられた真っ白な光が視界を覆いつくし、ミュータントが悲鳴をあげた。

「ぐええええええええっ!」

「これは……?」

 ビープ音がやみ、エマージェンシー・サインが少しずつ消えていく。光を浴びたナノマシンが活性を取り戻し始めたのだった。
 投光器を操作し、魔法少女とミュータントに光を当てていたカジロ班長が叫ぶ。

「今だ! いけ、マギセイラー!」

「はい! ……いくよ、“展開”!」

 ドレスから流れるように広がるナノマシン粒子が励起して、光の環を描きながら波打った。光の粒は水に溶けながら走り、水流を起こしながらミュータントに襲い掛かる。

「きええええ!」

 逃げ出そうとする有鱗ミュータントの足首に絡みつくと、水塊は瞬く間にターゲットを飲み込んだ。

「ごぼごぼ……!」

 水球の中で泡を吐きながら、尚も暴れ続けるミュータント。
 投光器のコントロールパネルに手を置いていたカジロは、自らの絶縁グローブを脱ぎ捨てた。発電器官をもつ銀色の指先が露わになると、周囲の部下たちに叫ぶ。

「離れてろ、お前たち!」

 コントロールパネルの下から外部電源の引き込みプラグを抜き出し、銀色の手で握りこむ。

「感電したくないならな! うおおおお……!」

 握った手に力をこめると電流が走る。給電を受けて、投光器が一層激しく輝いた。

「カジロさん!」

「班長!」

 慌てて距離を取っていたミワ班長と部下たちが声を上げる。絶縁スーツは限界を迎え、各部に仕込まれていたヒューズが飛んで白い煙を上げ始めていた。カジロは自ら放った電撃に感電しながら、マギセイラーに叫ぶ。

「長くは持たん! ここで決めろ!」

「了解!」

 魔法少女は振り返らずに答えると、水球に向かって両手をかざした。今は、ナノマシンを動かすことだけに集中する……!

「“展開”! “展開”! “展開”!」

 音声コマンドを発するたび、水の中を走る光の粒子はますますまばゆく輝いた。ナノマシンは水を集め、流れる小川を引き込んで巨大な水塊となって、ミュータントに押し寄せた。

「“凝縮”! ……“固定”!」

 もはや身動きも取れぬほどに重い水の壁に押しつぶされ、とうとうミュータントは意識を失った。
 荒れ狂っていた四肢と尻尾から力が抜けるのを見て、マギセイラーもナノマシンの拘束を解除する。圧縮されていた水塊が弾け、鉄砲水のような勢いで周囲に飛び散った。全身に飛沫を浴びながら、マギセイラーが息をつく。

「……ふう」

 作戦の成功を見届けて安堵したように、投光器の灯体が爆ぜた。乾いた破裂音とともに周囲が暗くなり、照明器具のガラス片が雨のように飛び散った。

「確保おおおおお……」

 感電しながら電気を流し込み続けていたカジロは、部下に指示を飛ばしながら倒れ込む。絶縁ヘルメットがアスファルトに打ち付けられて乾いた音を立てた。

「隊長!」

 “イレギュラーズ”の班員たちは戸惑い、有鱗ミュータントとカジロ班長の間に視線をさまよわせていた。同期のミワ班長が数人の部下とともに駆け寄ってカジロを抱き起すと、残りの部下たちに指示を飛ばす。

「こっちは俺が何とかする。ターゲットの確保を優先しろ!」

「了解!」

 黒尽くめの部隊が気絶した有鱗ミュータントに駆け寄る。軍警察の警ら隊も安全を確保すると、“イレギュラーズ”を応援するためにやって来た。

「ミワ班長!」

 担架を担いだ隊員たちとともに、クロキ課長がミワに駆け寄った。

「カジロ班長は……?」

「おそらく、気絶しているだけでしょう」

「病院に運ばせよう。お前たち」

 部下に声をかけると、まっさらな担架が広げられる。安心したような表情のカジロが、ミワたちの手によってそっと乗せられた。
 カジロ課長は運ばれていくカジロを見送ると、ミワ班長に敬礼した。

「多大な協力に感謝します、“イレギュラーズ”の皆さん」

 ミワ班長も敬礼を返す。

「社長に伝えましょう」

 互いに敬礼を解く。二人は雨の中、拘束されて運ばれていく有鱗ミュータントをじっと見送っていた。

「しかし、とんでもない暴れっぷりでしたな」

「やはり、ミュータントは恐ろしいですか」

 クロキがぼそりと言うと、ミワが真顔で返す。クロキ課長は目を丸くしていたが、すぐに肩をすくめた。

「いや、ミュータントだから、というわけではない。私はこの仕事についてずいぶん経ちますが、ミュータントだから悪事を働くなどと思ったことはない。ミュータントだろうとそうじゃなかろうと、罪を犯す奴はいるし、悪い奴は悪い。ただそれだけの事です」

 仏頂面のミワの口元が、わずかに緩んだ。

「シンプルなものですね」

「そんなもんですよ。ただ、ウチにはとんでもなくひねくれた問題児がいますけどね」

 クロキ課長は無線機の端末を取り出すと、通話回線を開いて怒鳴りつけた。

「……メカヘッド、聞こえてんだろ! 作戦終了だ!」

「『了解。怒鳴らなくても、そっちの様子はモニターしてますから、十分聞こえてますよ』」

 無線端末機と“イレギュラーズ”のインカムから、相変わらずヘラヘラした調子の声が返ってくる。

「『皆さん、お疲れ様でーす。“イレギュラーズ”の作戦行動は終了、後は現場のミワ班長にお任せしまーす』」

 言うだけ言って、メカヘッドはブツリと通話回線を切る。クロキは無線端末をポケットに戻すと、「はあ……」とため息をついた。

「あの野郎、毎回勝手に動き回りやがって! 今回も始末書もんだってのに、役に立ってやがるのが始末に負えん。……君たちもタダ働き同然なんだろう? すまんな、苦労をかけて」

 ブツブツ文句を言った後、クロキ課長はミワに同情してしみじみと言う。ミワ班長は、首を小さく横に振った。

「まあ、おかげで俺たちミュータントが、自分たちでミュータントの問題を何とかすることができましたから」

「……そうか、それならほんの少しは、処分に手心を加えてやってもいいかもしれん」

「ミワ班長!」

 ミワの前に、“イレギュラーズ”の班員たちが駆け寄ってくる。非ミュータントの班員たちに指示を飛ばすミワ班長を、クロキは目を細めて見ていた。

「ミュータントの誇り、か……ところで、マギセイラーはどこに?」

「えっ?」

 ターゲットの無力化と搬送を済ませて一息ついた“イレギュラーズ”と軍警察の一同が、クロキの言葉に周囲を見回す。
 魔法少女“マジカルハート・マギセイラー”の姿は既に、夜闇の中に消え去っていた。

(続)

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