諸悪の根源〜神との出会い
令和3年1月。
今日はめちゃくちゃ寒い。ここ大分市は、冬に雪が降るのが珍しい地域である。雪が積もろうもんなら、学校の授業を1時間潰して雪で遊ぶこともあった。それくらい珍しいことである。
しかし、昨日から時折雪がちらついている。
この、割と南国な地域で育っているせいか、寒さにはめっぽう弱い。
こんな日はヒートテック2枚、靴下2枚、身体の前面と後面にホッカイロを1枚ずつ貼る。
こんなんで、なんらかの事情で豪雪地帯に行くことになったら、本当に生命の危機を感じるのではないかと思う。
こんな日は特に、身体が硬直してしまう。肩、首、頭がひどい。
季節に関係なく、常にガチガチではある。
いつからか思い返してみると、これは小学生の頃からである。よく父に肩をマッサージをしてもらっていた記憶がある。
中学、高校と凝りはエスカレートしていく。高校時代には肩だけおっさんと化していた。
高校卒業後、私は一年浪人する。
一日中机に向かっていたせいか、肩と首は凝りすぎて、もはやよく分からない状態に。
限界を迎えた私は、父の通う整体を紹介してもらう。そこで人生初のマッサージを受ける。
首の骨をバキバキ鳴らす系の、今考えれば「ちょっと危ないんじゃ…?」系の整体であった。しかし、終わった後の爽快感ときたら、これまでに経験したことがないものであった。
ーーカラダ軽っ(°▽°)!
お陰様で大学生になった私は、塾講師のバイトを始める。
これがまた、机に座ることの多い仕事であった。加速する猫背。
この頃、バイト先のすぐ近くに、リラクゼーションサロンがあることを知り、たまにそこに通っていた。
大学生がマッサージなぞ贅沢だ!と思われるに違いないが、この頃には、マッサージ中毒者としての一歩を踏み出していたのである。
20分コースの施術を受けると、バイト代1時間分が飛ぶ。
本当に馬鹿らしいことである。
しかし、それと引き換えに「身体の軽さ」が手に入る。施術中は、生きていて唯一「力を抜く」ことが出来る。
ーーあ〜、もう少し生きていけるかもな。
とさえ思える。
そして、その後何日か私は、溌剌と生きれるのである。
その効能が切れると再び足がフラフラとマッサージ店へと向かう。
この繰り返しであった。
ひどい時は週1、普段は2週に1回の頻度で通っていたと思う。幸い、毎日のようにバイトに入っており、懐が潤っていたため、大学生の身分でこのマッサージ生活がかなったのである。
大学卒業後は、希望通り、事務系の仕事に就職した。これがまた、一日中パソコンと向き合うような仕事である。元々、首が凝りやすく、目も疲れやすい。ひどい時は頭痛や目眩まで起こす。
目を酷使するパソコン業務は向いていないのである。
性格的には向いていると思う。しかし、身体が悲鳴をあげる。
そんな時は……?
ーーマッサージ(≧∇≦)イエイ
というわけで、このループから抜け出すことは出来なかった。
それどころか、社会人になってからマッサージ中毒は加速する。何故なら、就職先は学生時代のバイト先の近くで、帰り道にリラクゼーションサロンがいくつかあったためである。
大学時代に通っていたマッサージ店にも引き続きよく通っていたが、他のところにも行くようになった。
色々なマッサージ店をまわったが、私は「指名」をしたことがなかった。
とりあえず誰でもいい。
ーー最大の力で押してくれ。
おそらく、私にマッサージを施した人はその時点で数十人にのぼる。
この人は合う、合わないというのは確かにあるのだが、その時の私にとって重要であったのは、「今日、今、すぐにマッサージしてくれる人」だ。
もし、指名予約して、その人がいなかった場合、「じゃ、他の人で…」というのもなんとなく気まずい。
そんなこんなで、数年が過ぎ、私は会社を退職した。
退職して一年は、何もせずにゆっくり過ごした。
仕事をしてないんだから、首も肩も今までのようには凝らないだろう。そう予想していた。
そうでもなかった。
何もしていなくても凝る。身体が凝るように出来ているんでは?と思うくらい凝る。
それから私は資格取得のため、勉強を始めた。本格的に学校にも通うようになった。
経験上、「机に向かう」という動作が一番重症化しやすい。しかし、私の人生で「机に向かう」ということは外せない。
幸い、学生時代にバイトしていた場所と、資格の学校の場所は近い。ということは、あのマッサージ店も近い。
のちに「神」と呼ばれるその女と出会ったのはこのときである。
いつものようにマッサージ店に行くと、見たことのない店員さんがいた。年齢は不詳である。当時30くらいであった私の5個下と言われてもしっくりくるし、少し上と言われてもそうなのかーと思う。
接客も丁寧で、私はすぐに好感を抱いた。
私の左首には、ゴリゴリとした大きなしこりがある。何故か左だけで、右にはない。
その女は、すぐにそのしこりに気付き、
「諸悪の根源ですね。」
と言った。
ーーそうなんです。
ーーそうなんです!
ーーそうなんです( ゚д゚)!
左首のソレはまさに「諸悪の根源」で、長年私を苦しめているものである。時には目の疲れ、頭痛等も引き起こす。
これを崩せた者は未だかつていない。
その女はそれを崩せた。
ーー神認定。
それからも私は2週に一度ほどマッサージ店に通っていたが、神を指名することはなかった。
10年近くそこに通っていて、一度も指名したことがない。私にとって「指名」は敷居が高いのである。
それに、その時のその店舗は店員さんの数もそう多くなく、神に当たる確率も高かったのである。
神の施術を受ける度に確信へと変わっていく。
ーー神だ。
しかし、指名する勇気のない私。もはや、神の方から逆指名してくれないか…。
ーーどんな店や(´-ω-`)
そしてある日、首がいつもに増して限界を迎え、ついにこう思う。
ーー神じゃないといかん!
電話にて神を指名し、意気揚々と店に向かった。
それからというもの、神は私の担当マッサージ師と化した。
少し会話をした中で知ったのだが、神は数年前まで全く違う業界で仕事をしていたらしい。
この業界は長いというわけではないそうだ。
神はどう思っているか分からないが、私は神の転職は成功であったと思う。←何様目線。
少なくとも、私からは必要とされ、感謝されている。
そして何よりも、神は楽しそうに働いている。
それから3〜4年、私は神の前から姿を消すことになる。
整形外科でリハビリを受けていた時期があったり、妊娠、出産等色々バタバタとした日々が続いていた。
育児に追われていた頃、再び首と肩、さらには背中、腰と身体の広範囲が悲鳴をあげだした。
それもそのはず。育児というのは前のめりの姿勢になることが多い。ミルクをやる、オムツを替える、抱っこ、おんぶ、子供を追いかける… どれも猫背まっしぐらな体勢である。
ーー向いてねぇ(´-ω-`)
そもそも、自分の体質に合うものはないかと考えてみた。
考えてみた…。
ないに等しい。
家事も子育ても全身が凝る。
仕事だって、肉体労働はもってのほか、デスクワークも肩、首をやられる。疲労、疲労、疲労…。
肉体的に合う仕事はもはやない。それならせめて、精神的に合う仕事とは何か…。
私が過去に経験した職業は、塾講師と会社員(事務職)である。塾講師はバイトでやっていたので、そこまでの「責任」を伴わず、楽しくやれた。やり甲斐もある。しかし、社員の先生方をそばで見ていて、楽しいばかりではない、大変な点もたくさん見てきた。社員として働くのは無理だろう。
その後、希望した会社に就職したものの、やり甲斐を感じたことはなかった。
ちゃんと理由はある。別に自分じゃなくても出来る仕事な上、いくら頑張っても、3〜4年で部署は異動である。
ずっと持っていたのは「組織の歯車」という感覚。これがどうもしっくりこなかったのである。
そもそも私は学生時代から、文化祭や体育祭でクラスが優勝した際、「嬉しい」という感情を一度も持ったことがない。
完全にアウトな奴である。
クラスが勝っても負けてもどちらでも良いが、その考え方はアウトだと分かっていたので、練習にはちゃんと協力するし、優勝した時には「イェーイ\(^o^)/」と一応周りに合わせる。
その「イェーイ\(^o^)/」の労力を考えると、負けて葬式のようにシーンとなってくれた方が自分にとっては都合が良いのである。
いや〜。身震いがするわ、自分のアウトぶりに。
何が言いたいかというと、私が自身のプライドを満たせるのは、「自分で」やり遂げたもののみである。(←ただの、社会不適合者である。)
仕事についても全く同じことが言える。
会社員時代の私は、「パソコンに向かう」というスタイルは希望通り叶ったが、目の前の仕事に思い入れは1ミリもなかった。
首だけがさらに凝った。
現在の私は、子育ての合間に家業の手伝いをしている。やはりパソコンに向かう仕事である。
この仕事に携わって5年程になるが、私は初めて仕事で「やり甲斐」を感じたような気がする。
心身に障害を抱える方々の経済面でのサポートが出来る仕事である。
国からの給付に対する申請の手続きをするのだが、制度がややこしく、いまだに勉強しなければいけないことが多い。
この仕事を通して出会う人に、「幸せ!人生の絶頂!」みたいな人は基本的にいない。
何らかの疾病を患い、大変な時期にいる人が大多数を占める。
彼らの身に起こったことを他人事とは思えないでいる。
私が現在、無事に健康で生きているのは偶然で、疾病は誰の身にも起き得ることなのである。
私は医師ではないので、原因となっている疾病を治すことは出来ない。
しかし、制度に基づき、経済面での安心をサポートすることは出来る。
私が携わるのは、この申請のごく一部であるが、それでも「誰かの役に立った」と思える。
結局、「パソコン作業」の仕事がしたかった私は、ただの「パソコン作業」では充足感が得られず、左首のしこり「諸悪の根源」が増大する一方であった。
働くことの原動力、「誰かの役に立つ」。
結局、ここに尽きるのかもしれない。
勝っても負けてもどっちでも良く、真顔で「イェーイ!」と叫んでいた私はもう存在しない。
でも……、首は、
ーー凝る。
私は、何年ぶりかに神を訪ねることにした。
覚えてくれているだろうか?
「お久しぶりです!」
神が登場する。ちゃんと覚えてくれていた。逆にあんなに通って、忘れられていたら悲しいが。
久々に見た神は少し雰囲気が変わったように思った。昔よりキラキラしているように見えた。
きっと、この会わなかった期間も神はたくさん良い経験を積んで、「誰かの役に立って」いたのだろう。そんな気がした。
久々の再会に話が弾む。
年齢不詳であったが、私の一個年下だと知る。やはり感想は、「そうなのか。」である。
施術は相変わらず神であった。
それからというもの、月1くらいのペースで神の元へ通っている。
マッサージやリラクゼーションは、贅沢だとか、勿体ないと思う人もいると思う。
しかし、私にとっては唯一身体の力を抜いて、日常から解き放たれる時間である。
この何かとガチガチな私には必要な時間なのかもしれない。そして、「神」の存在は必要不可欠。
お客に「必要不可欠」と言われる神。いい仕事をしていると思う。←またまた何様目線。
左首のしこり「諸悪の根源」は、相変わらずの存在感であるものの、昔よりはマシになっているそうである。
よく、「年をとると、生き様が顔や身体に表れる」というようなことを聞く。この「諸悪の根源」は、私自身の「凝り固まった感覚」の反映であるのかもしれない。
年齢と共に、少しずつときほぐされてきてほしいものである。
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