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連作ミステリ長編☆第1話「フェイドアウトのそのあとに」Vol.2

#創作大賞2024 #ミステリー小説部門


~私立探偵コジマ&検察官マイコのシリーズ~
連作ミステリ長編☆「MUSEが微笑む時」
第1話「フェイドアウトのそのあとに」


○ ーーーーーーーー あらすじ ーーーーーーーーーーーーーーーー ○
  私立探偵小嶋雅哉は法律事務所書記担当を退職し、京都に戻り元裁判所所長の叔父政之との共同経営が軌道に乗り始めた頃、検察官中原麻衣子と出逢った。仲が定着し始めた晩秋、退所前の元恋人から極秘の依頼を受けた。
 組織的な音楽LIVEチケットの転売に、警察庁のトップが絡む疑惑を調べて欲しいとの依頼。他方で、巷の個人ネット販売による転売送検で停滞なく、麻衣子も忙殺されていた。警視庁と警察庁の相殺監視で、犯罪を未遂に留める動向の互いのトップに犯罪疑惑が被せられている。
 音楽を創る側、消費する側、違法を取り締まる側。各々の生活も絡み、最後に音楽の女神MUSEが微笑んだのは、誰の為なのか。。。


Vol.2‐①

 〈西陣〉という町名は、ない。

 正確に云うと、縦と横の通り名は人知のところだが、その内側の町区名に、〈西陣〉というのが存在しないのだ。
 〈西陣織〉に代表される反物ビジネスの街として、室町時代の古(いにしえ)から、現在まで知られた京都の象徴の一つでもあるのだが、住所や会社の所在地として〈西陣〉を目指しても、見つかることは、ない。

 京都市内に長らく住み着いている人にとっては、当たり前になっているトリビアだが、ビジネス街として烏丸通を中心に発展した都会的な街角とは別に、600年もの昔から職工に携わる文化と商業が直結した地域として、今もなお、名残りを映している街並みでもある。

 そんな事は『SIZUYA』の菓子パンの、生クリームの甘さくらい承知な神山真澄が、本日ここへやって来る。

 『SIZUYA』の菓子パンを手土産に持参はしないだろうが、どちらかと云うと、『ブール』の焼きあがったばかりのバケットを抱えて歩いて来る方が、似合いそうだ。ーーーいや、あれは川崎に居た頃の真澄のイメージだった。

 ちゃうちゃう。。。着物姿やろうか。。。ちゃうちゃう。

 全く、装いが予想できずにいるオレは、シャーロック・ホームズよろしく、お気に入りの可動式背もたれの椅子にゆったりともたれて、煙草をくゆらす。
 パイプを吹かすところまで成り切っている訳ではないのだが。


 この〈西陣〉界隈には不似合いな雑居ビルの2階3階が、オレ達の事務所〈プライヴェートEYE小嶋〉なのだ。

 だが、内装リフォームは和モダンなヴィンテージ感を残したデザインに仕上がっている。玄関口は狭いが〈うなぎの寝床〉とも称される奥に細長い間取りの勝手口側は、一つ西に入った通りに面していて、一見すると長屋の町家風。その辺は、オレ達なりに京の町の景観を考えた、つもりだ。ここに事務所を構えて4年になる。

 イヤこれは、共同経営者である叔父、小嶋政之の発案だった。

 オレは3階の、内装壁を取っ払って、コンクリート打ちっぱなしの空調パイプむき出しの〈SOHO ART〉感の部屋を、デザイン考案したのだった。
 忘れていた。

 だけどオレは、こっちが気に入ってしまったから、ほとんど2階を仕事場にしているのだが、代わりに相棒の菅原が3階を占拠してしまったのだ。
 ことわっておくが、こいつ菅原は出資していない。

 それに、「菅原」と云う苗字だが「道真」ではない。「道兼」であり、学業よりも「コマシ」が得意科目だったらしく、男女間の案件を一手に引き受けるつもりでいる。

 そやから、モテそうな部屋のシュール・レアリスム応接間の方を選んだんか。。。❔

 オレは、今頃気づいた。「コマシ」ではなく、俺は「コジマ」だ。
 それはともかく。
 どんな出で立ちで真澄が現れてくれるのか、楽しみでしかたがない。その気持ちをゆっくりと、煙といっしょにくゆらせている。

 日曜日を指定して来たのは、料亭「たちき」の定休日に、じっくりと相談したいのだろう。おもわずニヤニヤと笑みを浮かべてしまった。オレはハッと振り返り、事務員が観ていなかったか慌てて確認した。

 よかった。。。真希ちゃんは今日も3階に居る。

 もともと、普通の会社で経理をしていた女子だが、あの〈赤の洞窟〉の件から懐いてしまい、とうとう、うちの事務員に居座ったのだ。真希ちゃんも、菅原の毒牙にやられてしまったか。。。

 イヤイヤ手を出してはいないのだが。けれども経理事務員としては、何も心配なく任せておける人材だ。真希ちゃんも、あのモダンな打ちっぱなしの方が、好かったか、、、❔好きに行き来して良いと言ったら、両方にデスクを構えた。

 デキル!彼女はデキル!
 あ、けど真澄もそっちの方が、好かったのかな❔
 あっ⁉呼び捨ては、もう止めておかなくちゃ、かもしれない。

 ぁ、けど壁の現代アート額縁のガブリエラ・ラヴェッツァリはアルゼンティーナだが、不思議に和モダンなこの空間にマッチしている。これは料亭「たちき」の女将でも気に入ってくれるかもしれない。

 そういえば、真澄がかつて勤めていたホテルのフロント前にも、パウル・クレーの作品で統一された空間が在った。本物かどうか、オレには判らないが。

 とにかく、この現代アートな空間で、神山真澄と待ち合わせできる事は、無性に嬉しい、オレなのだ。



 随分早くから、神山真澄を待つ態勢に入ったので、オレは妄想にくたびれて、この雑居ビルの階下に降りた。

 1階は、ちょっとヴィンテージ感漂うカフェになっている。店長はオレの叔父、小嶋政之だ。
 つまり、探偵の仕事をほとんどせずに、1階で珈琲をたてている。もちろん共同経営者なので、大きな企業の機密事項やややこしい組織が関わる案件は任せているが、こんな西陣の小さな個人事務所には、あんまり「でっかいヤマ」は来ない。

 つまり、平和な毎日だ。

 趣味が高じた叔父のカフェ・ギャルソンぶりは好評で、地元に馴染んだ常連客が、仕事の合間に集まって来る。近所の主婦がランチ代わりに幼児を連れて、ホットサンドを食べにやって来る。
 つまり、もうそれぞれの客の専用席は決まっている。観光客が迷い込んだ時だけ、席を譲るのだ。

 オレも、L字型カウンターの一番端で、つまり、いつもの【すみっこ暮らし】で、今日はいつもと違ってマンデリンのストレートを、マスター(叔父)に注文した。

 叔父のコジマは豆を挽くところから始め、サイフォンかと思いきや、今日はペーパー・ドリップで、注ぎ口がキリンの首のように細長いポットから、ゆっくりと丁寧に円を描くように熱湯を注ぐ。
 甥っ子のコジマは、さして興味ない経済新聞を読むフリだけして、その漂う珈琲豆の香りを味わい、時間を贅沢に味わうのだ。

 ついでに云うと、叔父もオレも菅原も、一応、法学部出身だ。

 遠い遠い、血のつながりなんか無さそうな親戚の祖先かなんかが政治家らしくって、逃げても逃げてもどうしても、法律に関わる仕事に落ち着くのだ。

 叔父は元裁判所所長で、オレは元弁護士事務所勤め、菅原に至っては法学部の新卒で叔父に採用された。
 つまり、3名とも年数だけは法律のベテランだ。真希ちゃんも経理のベテランだ。

 それなりに商売が繁盛するだけの信頼があり、その上でこのような贅沢に時間を日々味わっている事を、忘れないでいて欲しい。
 彼女である検察官マイコにだって、途中でLINEやSkypeさえ出来る。

 平和で穏やかな日常だ。

 その平和で穏やかな日常が、唐突にブレイク・スルーされた。
 いや、ブレイク・タイムを突破された。

 コーヒー・ブラウン色の扉の向こうで、ドア枠のガラス越しに、見慣れない白い人影が、現れた。

 見慣れないなんてもんじゃない。『そして僕は途方に暮れる』くらい、この西陣界隈に見かけない服装の女性が、このカフェに入って来たのだ。
 穏やかな日常が壊され、まさに突き抜けるくらい。

 なんてこった♪
 これは、レイモンド・チャンドラーの「かわいい女」の邂逅シーンそのものやんか。

 柔らかそうで真っ白な、、、Maybe分厚いカシミアの、一枚仕立ての襟をたてたミディアム丈のコートの女性。共布地の細いベルトを巻いただけのシンプルなデザインが、より素材の良さを引き立てている。彼女自身のクオリティーをも、際立たせていた。

 少なくともオレには、ストロボでハレーション起こしたようにシロ抜けで後光射して見えたのだが、常連客達の視線をも一斉に集める存在にと、一瞬で変わってしまっていた。

 そんな事にも面食らった様子がなく、彼女はゆっくりとカフェの奥へ進みながら、どこの席に落ち着くか迷っている。
『すみっコぐらし』のオレを見つけた途端に、彼女は口角をニコッと持ち上げて、すんなりとオレの隣のスツールに腰かけた。

  白抜きハレーションに面食らっているオレは、その時初めて彼女が神山真澄なのだと、気づいた。

  予想をはるかに超えた出で立ちの真澄は、コートを脱ぐとツイード・グレーのパンツ・スタイルだったが、足元はやっぱり黒のプレーンTOEのヒールを履いていた。
 一枚仕立ての白いコートから見えない丈のワンピースなら、そのまま「かわいい女」の依頼人モデルなのだが、甘さを消したテーパードパンツ・スーツな所が、活動的だった真澄の懐かしい面影を見つけて、なぜだかオレは少し安堵した。

 いつになく、すんなり依頼人に声をかける。
「ぁ、なんか着物より、こっちがしっくり来るよ」
「そう?ありがとう。ちょっと早く来過ぎちゃいました。コーヒーでも、って思ったら雅哉さんが居た」

 軽く肩をすくめて、うふっというように笑った。

「あっ紹介するよ。マスターは、叔父の小嶋政之さん。事務所の共同経営者」
「はじめまして。神山です。お世話になります」
「どうも。はじめまして。雅哉、どっち使う❔2階❔3階❔」
「2階に居ます」
「じゃ、2つ持ってってやるよ。ホット・コーヒー」
 
オレは真澄に尋ねる。
「今、マンデリンのストレートで注文したんだけど、いいかな❔」
「はい。ストレートで」
「じゃ、よろしくお願いします」
 
オレは連れ立って2階へ行こうとした。

「あれ❓そういう時は、東京もんの言葉なんや❓」
 
常連客の染物職人さんが、声かける。オレは、目尻が下がり過ぎないように、鼻の下が長くならないように、注意して笑顔で応える。
「こちらの女性も、京都出身なんだけどね❔」
 
真澄はうなづく。
「けど、仕事で川崎に居る時、知り合ったんや」
 
また、うなづく。
「仕事の依頼なんで、上、行きますね❔」

 よく磨かれた味わい深い古木の螺旋階段を昇り、お気に入りの和モダン空間へ、案内する。
「もひとつ上の階は、コンクリート打ちっぱなしの空間なんだけど、そっちがいい❔」
 
真澄は笑顔で、首を横に振る。
「こっちの方が、落ち着きそう」
「ありがと」

 生成り色のレースカーテンからは、柔らかいお昼前の陽射しが届いている。いつもよりは、温もりの冬日だ。



「いきなり、本題に入って好い❔」
「ちょっと待って。ドアの向こうに叔父が居るよ❔」
「大丈夫。あの方なら、シェアしても良いのよ」
「そっか」
「むしろ、手伝って頂きたいかも」
「今回の件❔」

 神山真澄は大きく縦に頷いた。

 そのセリフを待っていたかのように、叔父のコジマが、トレンチに二つのコーヒー・カップを乗せて入って来た。もちろん3連ノックしてから。
 オレの叔父は、ホテルのベルボーイだって出来るかもしれない。

「お待たせいたしました。どうぞ」

 叔父はまずソファに腰かけた真澄の前に、ソーサーに乗ったカップを差し出し、オレのは、ライティング・デスクの上に置いた。真澄の差し向かいに、独り掛けのソファに座り、尋ねる。

「一応、この事務所の運営者の一人なので、シェアしても構いませんか❔」「はい。よろしくお願いいたします」
 真澄は、向かい合う叔父に頭を下げた。

 オレはしかたなく、デスクに向かいコーヒーを口に運ぶ。憎たらしいくらいに、ちょうど好い温度の飲み易いブラック・コーヒーだ。

 例の方法で、聴き取りをしろという事だろう。オレの〈聴き耳ズキン〉。
 叔父のインタビューのような誘導と、〈聴き耳ズキン〉の両方をインプットしながら、パソコンの文字に起こしていく。オレは法律事務所では、メイン弁護士ではなく、こういう役割をしていたのだ。

 まるでドキュメンタリーWRITERだ、そう思ってくれたら嬉しい。

 「今日、ここにお越しになる前に、今回の依頼に関わる重要な問題が、起きたんですね❔」
 叔父は静かに真澄に尋ねた。

「はい。今朝のニュースをご覧になりましたか❔」

 オレはハッとした。
 経済新聞など見ているフリしている場合ではなかった。叔父が眼で合図したので、オレは頷いて階下のカウンター横のマガジン・ラックから、京都新聞と毎朝新聞を取り出した。振り返ると、相棒の菅原がカウンターに入り、店番をしていた。

「毎朝の三面か、京都新聞の全国版ニュースです」
「ありがとう!」
「やっぱ、好みのタイプには弱いんですね❔雅哉さん」
「菅原は、強いのか❔」
「いえ。自分が得手なタイプを好きになるんです」
「、、、やっとわかった。おまえがモテる理由」
 
表情を変えずに口元だけで笑い、告げた。
「マスターの心遣いです。らしくないから」
「おまえのそんな笑い方も、らしくないぞ❔」

 オレは2階のデスクに戻り、オンライン・トピックと新聞記事とを総合して、事件概要を知った。あいつが、らしくない深刻な風貌だった理由も、そこにあった。

  3日前、賀茂川上流の河川敷の草むらで、1人の女性の遺体が発見された。死後、推定48時間経っている。第一発見者は、毎日この辺を散歩する老夫婦。新たに今朝報道されたニュースによると、その女性は五年前以前は京都市内の繁華街、祇園の飲食店で就業していた。

 本名、大飯直美。31歳。現住所は東京都大田区。さらに、心肺停止した時点は、遺体発見現場ではない可能性が、高い。右手首に殺傷あり。ただし、女性は右利きである。
 新たな方向性での捜査の進捗も、あり。警視庁と京都府警の両側で方向性が対立し、また、事件の解明と殺人事件としての時効が延びることになった。

 以上が、新聞とネットニュースによる概要である。オレは、両方きな臭い、、、と感じた。
 詳しい事は、またあとで。場合によっては、オレの彼女マイコにも協力を仰ぐことになるから。
 とにかく、真澄の依頼にも関係することらしい。オレは今、つい今しがた眼が覚めたように、真相究明に向けて集中して聴き取りを、始める。

「わたしは、検察庁に居た頃、その容疑をかけられている一人と、面識があるのですよ。彼はまだ、警視正でした。違いますかな❔その人物とは」
「多分、同じ方の事、伝えようとしてます。被害者、大飯直美さんは7年前まで、その方の、、、なんていうか愛人関係の女性だったそうです」

 真澄が言いよどんだ氏名を、〈聴き耳ズキン〉でオレは知り、動揺をおさえながらパソコン入力に起こした。
〈石浪警視総監に疑いがかけられている模様〉と。

 ひきつづき、オレは入力する。
〈警視庁の捜査1課、谷警部からの㊙情報〉
〈真相を究明し、総監を助けてやりたい。もしくは真実ならば、重大な事態に発展する〉(谷警部の談)
〈府警の捜査方針は、佐藤警部から得る予定〉
(真澄の談)

 そこまで入力すると、神山真澄はこちらを向いて、大きく縦に頷いた。
 オレは、探偵貌に戻り、率直に尋ねる。
「ちなみに、神山さんは、どちらの警部を信じますか❔」

 叔父がまっすぐに見つめる中、真澄はしばし、考えを巡らせる。ヘタな虚言をするつもりもなく、自分の心に問い訊かせているのが、オレにも分かった。
「、、、警視庁の谷警部とは、私が川崎に住んでホテル・ウーマンを生業にしていた頃からの、知り合いです。お人柄も存じ上げています。朴訥ですが、とても自分に正直な方で、私には気を許してらっしゃる様子。こんな依頼をされるくらいですから」

 オレはパソコンの入力前に、一旦真澄の言葉を頭の中で変換して、ひきつづき入力する。真澄は京女の典型だからだ。
〈谷警部⇒警視庁側。実直。自分に誠実な判断。信用するとオープン〉
(真澄:談)

「けど、何度か接してみて分かったのですが、佐藤警部はそれ以上に、私には気を許してらっしゃいます。ヘタな企てで言い包めたりしないでしょう。
 でも、誰に対しても、何事に対しても、公明正大な判断でいようとする方です。好き嫌いはともかく、バランスの良い方」

〈佐藤警部⇒警察庁側、府警。公明正大な判断。相手に誠実。惚れるとオープン・マインド〉(真澄:談)

 なぜだか、叔父が笑いをこらえている。真澄が元カノである話は、した事ないのに。。。

「けど、、、谷さんは、そもそも人間を疑ってかかる所から始まる方。佐藤さんは、信じる事で、視えてしまう方。その違いがあります。
 私はどちらの方も、現在持つ情報の中で、ウソは告げてない、、、かもしれないと感じています」

〈どちらも捜査方針の結論が出ていない模様〉
〈谷警部⇒仕事上のコミュニケーションのみ〉
〈佐藤警部⇒以前から旧知。最近好感を持った〉
(真澄:こころ)


叔父はただ黙って、真澄の真意を伺う眼差し。オレは、そのままを告げているに過ぎないと、分かっている。

「叔父さん。これは、デカいヤマに繋がりそうですね❔」
「、、、そうだな。真実がいずれにしても」
「私は、警視庁のことも警察庁のことも、解りません。
 けど、それぞれに属している2人の警部さんは、真実を知る必要があって、それぞれの願いがあると思います。
 だから、どちらの味方にも、成れなくなりました。。。」
「神山さんの願いは❔」
「真実をお互いに知った上で、一旦ゼロにして、大人の解決をして欲しい、、、そう考えています」

 オレの入力。
〈佐藤警部の心情に味方したい。真澄に依頼したのは、谷警部〉
〈以前の仕事柄、守秘義務に関して信頼された〉
〈公私混同せずに果たすのは、葛藤あり〉
(真澄:こころ)

 神山真澄は、一通りの〈ほうれんそう〉を終え、こちらの調査方針に快諾を残して、帰って行った。
 1階のカウンター越しに、バーテンダー風の菅原道兼にもお辞儀と愛想を忘れずに。

 夕方になっても調査計画書作成が終わらず、オレはまたもや、2名体制になったカフェのオーナー叔父に、一息入れる珈琲を頼む。
 L字カウンターの指定席で『すみっコぐらし』の煙草をくゆらせながら、叔父のコジマに話しかける。

「政之おじ。どうして何にも訊かないうちから、今朝のニュースと繋がりがあるって、判ったんだ❓」
「ああ、アレね。俺がシャーロック・ホームズ・フリークなのは、知ってるだろ❔何もタネ明かしせずに、やって来た依頼人にいきなり、ズバリと言い当てる所から依頼人を引き込むのだ」

「それは分かってるけど、、、それも推理力❓」
「そうだ。まず、アポイントは11時なのに、9時過ぎにはこの建物に到着した。いくらなんでも早すぎるだろ❔何か早朝に起きたんだ」
「それで、今朝早くの新聞ニュースだと気が付いたんけ❓」
「そうやぁ。そして、お前が受けた依頼の経緯を知ってたさかいに、神山さんは警視庁と仕事上の繋がりがある、しかも㊙の役目やと分かってるからな。
 その件と関連すると言えば、例の、賀茂川べりの死体遺棄事件やろう❔京都府警の管轄やけどな。
 しかも、現在の警視総監とは、俺は現役中に警視正である彼と旧知の仲だ。彼は別件の書類送検で関わった折に、私に語ってくれたんだ。ある刑事の娘さんの話だ。

 『その当時、殉職した部下で同期でもある警部の、娘さんを保護していた。一つ間違えれば、自分が死んでいた。。。その同期の奴は離婚して父と娘の二人暮らしだった。独りぼっちの娘をほっとけなくって、面倒見るって程でもないけど、今でも気にかけている。
 その子が、美術系の短大入学で京都に行ってしまったんだ。僕ら夫婦には子供が居ないし、自分らの娘が巣立って行ったみたいに、なんだか寂しくって、、、』

とな、関わった件の書類送検の後で、ポツリと話してくれたんや。あの遺体の、被害者の女性は〈嵯峨美〉出身でな、そのまま市内に住み着いてたらしいんだ。これは、麻衣子ちゃんの情報やぞ❔
 何年か前まで、祇園でクラブホステスしていた記録があるらしいから、ひょっとして、、、と、カマかけてみた。」
「なんで叔父さんがオレより先に、マイコの情報持ってはるんや❓」
「まあまあ。。。案の定な、その当時警視正だった今の総監が語った娘さんだ。単なる【東京大田区に住む元ホステス殺人事件】ではない。とても重大な問題に発展するぞ。。。」
「そういうことか。。。就任されたばっかりやけど、内部に良からぬ足引っ張りや、もしくは敵が居るかもしれへんですね❓やり手っぽいから。真澄の話では」
「呼び捨てしたな!依頼人を。やっぱり元カノか!」
「まあまあ。それより、内部というよりは警察庁の方側ちゃうかな、という意味です。叩けばホコリの出そうなとこを、お互いに突っつき合ってるみたいですね。。。❓」
「なるほどね」

 オレは、政之叔父との話を切り上げて、2階の事務所に戻る。
 窓は閉じているのに、寒い。天井が高いせいか、エアコンが効いていない。幸いに、階下の厨房からの熱のおかげで、床暖房のようにいわゆる『京の底冷え』にはならないでいるが。

 と、そこへインターホン越しに、菅原の声。内線から応えると、受話器越しに声を潜めて伝える。
「雅哉さんに依頼したいって男が、来てますよ❔」
「ぁ、そうなの❓年の頃は❓」

 オレはてっきり、真澄を通じて府警側の佐藤警部が乗り込んで来たのかと。
「それがね、、、まだボクより若い」
「はっ❓」
「なんか、彼女が視たらしいって、、、」
「えっ❓」
「例の、、、上賀茂河川敷の、、、件で」
「な、、、わっ!!」

「そうか、、、それで!あんな闇を視た表情を、、、」
「えっ❔」

 今度は菅原が驚く番だ。
「とにかく通して!彼女は❓」
「男の方独りです。【烏丸セラミック】の社員らしいです。名刺もらいました」
「なるほど」
「尾行するつもりが、政哉さん自ら居所突き止められてますね❔」
「言うな!それを!オレは彼女の歌声と弾き語りに聴き惚れて、見つかっちゃっただけだ」
「はい、そのようです」
「お通ししてくれ。ついでにドリンクを訊いて、届けて❓」
「承りました!」

 5分後。
 2階の〈和モダン部屋〉のドアを開けて、おそるおそる覗いてから入って来たのは、やはりあの男。
 あのライヴハウスで、おひとり様で平日に、ジャズ系シンガーの年若い女の子を見つめていた、あの男だった。

 オレは改めて挨拶をしてから、探偵としての名刺を渡す。彼は受け取りながら、依頼人なのに頭を深く下げていた。
 富裕層のクライアントが多い中で、稀にみる若さと腰の低さだ。

  オレは尋ねる。
「わたくしのこと、覚えていたんですね❓1回きりなのに」
「あっ、いえ。あのLIVEの夜より前から、気づいてます。
 彼女のこと守りたくて。自分の周囲にも気を張り巡らすようになりましたから」
「、、、そうですか。そんな、危険な目に遇うような目撃を❓」


 彼、神田宏記は20代半ばか、アラサーか。会社員としても新人ではないが、まだまだ決断する事よりも学ぶ事の多そうな時期。一旦視線を伏せて、しばらく言い澱んでから、思いつくままに言葉を続け始める。

 基本的に素直な性格なのだろう。こちらに『何を探っているんだ❔』と乗り込んで来たわけではなく、思いあぐねて抱えている事に、一筋の導きが欲しかったのかもしれない。

 隠すつもりもなく、胸を借りるつもりのような様子が観て取れる。
「何から話して好いのか分からないけど、とにかく、彼女の心中を楽にしてやりたい。。。もしかして、犯人に狙われていたらと、出来る限り、最近は彼女の仕事先へ迎えには行ってるんです。 ただ、あまり打ち明けたがらない。。。」
「わかります。独りで抱え込んでいそうな姿が、こう、、、具体的な敵が視えなくて、、、心配なんだろうとは、わたくしにも分かりますよ」
 彼はゆっくり頷いた。話すだけでも来て好かったと感じたのか、少し安堵の表情に変わった。

「最初は、貴方のことも疑ってたんです。モテそうだからストーカーではないけど、僕を付け回してるのは何でか、わかんなくって。。。
 貴方の尾行に気づいた後で、彼女が、あの事件の最初の報道を知って、、、ネットか何かで。
 その現場なのか、ヒントになる事なのか、話せないのは何かと葛藤してるのか、もろに犯人を知ってるのか、、、まだ、打ち明けてくれてなくって。。。
 話せるように整理できたら、隠さずに伝えるとは言ってます。彼女」
「なるほど」
「この事件に関わる人を知っている、とも言っていました」
「分かりました。近いうちに二人で再度、来てくださいね❓
 彼女も2度も語るより、わたくしと神田さんが同時に伺う方が良い。彼女の氏名や年齢、プロフィールなど、まず、お聞かせください」

「はい。彼女の名前は、滝花みづき。9月に23歳になりました。造形芸術大学って呼びましたっけ❔学校名は変わったけど、修学院の辺りにある美大へ通ってて、卒業したとこです。
 生まれは博多か北九州市か、その辺。で、学生の時からライヴハウスで歌ってました。昼間のバイト出来なくて、、、って言うよりミュージシャンかイラストレーターか、どっちかに成りたかったらしくって、先にライブハウスで弾き語りする仕事が叶った感じ❔、、、ですね」

 オレは相槌打ちながら、オレにしか読解できないメモを取る。後でPCに起こすためだ。度忘れ防止策だ。

「ボクと知り合ったのは、上司から担当を受け継いだ時です。うちは社名の通り、セラミックや合金の什器ロボット系を主に制作する会社なんですが、最近、いわゆるAĪロボット系の人間の人肌に近いものも受注してます。

 ぁ、京都にはライバル企業もありますけど、需要が大きいので、というか供給が足りてないので、うちもその部門を増設したんです。
 ちなみにボクは、特許などの登録が必要な権利問題を扱う担当で、制作や研究者ではなく、一応営業を受け継ぎました。何やってんだかよくわかってないヒヨコ営業マンですけど。ただ、書類やプレゼン動画作るの得意というか、手速いんで、けっこう先輩の傍について重宝してもらってます」

「たしかに。先輩や上司に可愛がられるタイプだね」
「らしいです。『神田。お前は営業に向いてる人懐っこさだ』って。それだけで研修後に所属が決まったとこあるんです」
「なるほど。彼女と付き合うきっかけは❓」
「はい。さっきも言ったけど、美大生でイラストの勉強してる方達から募集と、まあ、ツテも含んで、ロボットの外観イラスト描いてもらう打合せの席でした。
 うちの部署は、特別に独立してて、何でもシェアしてやるんですよ。経理とカスタマー以外は、人事や営業や庶務的なことも全部チーム内でまかなうというか仕上げるというか、、、完結するんです」
「それはスゴイ企画部署だな」
「ああ、はい。先を見通して赤字が視えたら、解体してまた元のラインに戻るのかもしれません。けど、だからこそチャレンジ出来る!って、、、部長が言ってました」

「そうか。部長が言ったか。
 あ、イヤ、くだけた口調でごめんよ❓オジサンくらいに成ると、そういう新入りの頃の気概とかが懐かしいんだよ。オレも脱サラではないけど、この事務所を共同で始める前は、新卒で法律系の大きめ組織に居たんだ。まあ、自分達次第やけどおかげで軌道に乗ってるし、自由もわりかし効く状態の今の方が、オレは好いけどね」
「働き方改革ですね❔」
「上手い事言うなぁ。そんなええもんちゃうけど、アレだ。もうちょっとプライベートを重視したくなったんだ」
「憧れます!そういうの」
「そうか」
「ボク、何がやりたいのかわかんなくって、とりあえず現役で大学入って、京都でも名前の知られてる企業に内定して、、、さて、何やりたいかな❔、、、みたいな」
「いいね、それ。とりあえずで、どこの大学なんだよ❓」
「同志社国際です」
「うへっ。学部によっちゃ偏差値すげーぞ❓それに烏丸セラミックならエリートじゃん」
「あ、ボク昔から、いたって普通なのにコミュ力あるから得だよな、、、って。京阪神の真ん中にある茨木市の、どっちつかずの地域に育って、あんましクセなくって、、、」
「そうやろな、、、反抗期もなかったやろ❓」
「はい。キオクニゴザイマセン、です」

 ハハハ・・・と声に出して笑いそうになったが、何かしら自然体で他人の懐に入り込んで来るような人懐っこさがある。個性といえば、それが個性だ。個性がキツイと変わり者扱いされるが、癖がないのも一つの個性として好ましくはないか❓

 オレは、神田宏記に『うちの事務所に来ないか⁉』と云いそうになった。
 最近うちの菅原の奴は、何かとオレのミスを突いて対抗心を見せるが、この男が居たら空気も緩和されて、アイツの面倒見の良いとこも引き出してくれそうだ。。。
 それにこの神田君は、オレの尾行に気づいていながら、知らぬ間に逆にオレの居所や生業を突き止めて来た。これは、街に溶け込んで足で稼いでくれるかもしれん。うちの事務所は大事件解決よりも調査報告主体だから。

 だが、しかし。。。その前に、この件の任務完了だ。




Vol.2‐②

 ラスト・オーダーを済ませ、ステージの上の滝花みづきも、オレ達のテーブルに戻った。

 4人で囲む丸テーブルには、誰かの落書きの傷跡が、消したいのか残しておきたいのか判別がつかない感じで、オレの目に付く場所に残されていた。
 誰かJAZZミュージシャンの名前だろう。

 滝花みづきの隣には、神田宏記が腰かけていて、彼女の分のカシス・ソーダをウェイターに用意してもらっていた。

 神田君はなぜだかロゼのスパークリングをボトルで注文していたし、オレもなぜだか今夜もスコッチのハイボールで我慢していた。
 きっと、麻衣子が好きかもしれないと、神田君はみんなでボトルを空けるつもりだったのだろうが、どうしてオレより先に気が利くんだ❓

 だが、まあ、好い。ホントに麻衣子もロゼが好きだし、どうせ支払いはオレ持ちだ。イヤ、そうする。

「私、わりと年近いから、気持ちわかるかもしれない。彼、神田さんが話して欲しがってる事について、このメンバーに話してくれないかな❓」
「あたしが悩んでる事❔、、、そうですね。彼だけに話して解決出来そうになかったんです。うん。上手く言えなくても許してください。ぁ、お酒飲まなくっても、話せるんです。もう大丈夫。心の準備できてます」

 オレと神田は頷いた。

 麻衣子は器用にワインのコルクを音立てずに抜栓して、4つのグラスに手慣れた速さと正確な当分量で注ぎ分けた。アルゼンチンに住んでた頃は10代までだったはずだがな。。。どこで覚えたんだ❓

「オレと麻衣子と神田君のつながり、訊かなくても平気❓」
「あ、基本、宏記を信じてます。けど、職業を伺った方が良さそう、、、ですね❔」

 オレと麻衣子は顔を見合わせ、笑顔を見せた。

 カシス・ソーダをひと口飲んでから、滝花みづきはポツリポツリと語り始める。
「、、、視たって言うのは、遺体が見つかった場所ではないんです。その女性の恋人だった人、知ってます。
 あたしと同じように絵を描く仕事、、、美大生だった頃、〈嵯峨美〉だと思う。。。彼女に外観デッサンを何枚か受注してもらったのがきっかけで、あたしのような美大生を募集するようになったって。
 つまり、、、亡くなった方の恋人は、、、ん❔元恋人❔どっちかな、、、とにかく、その方は彼の会社の上司です。彼女とは、一度お会いしました」

 もうひと口、カシス・ソーダを口にしてから、続きを始めた。

「『僕の彼女も美大出てから就職できずに、下請けあちこちやってバイト代で生活してたから。着物の染色デザイン柄とかさ。だから、滝花さんはこれと歌うたいでまかなえるし、ましな方だよ』っておっしゃってました。
 あたし、二つとも好きな事で収入得られて、マシなんて次元じゃなくって、夢叶って嬉しかった。なかなか美大で習った事を仕事に活かせないし、就職決まらない人や、フリーランスでやりたいから全く関係ない職種で自活目指す人も居るんです。
 とにかく、その彼女がある場所に閉じ込められる現場を、視てしまったんです」
「誰に❓」

 オレは、知りたいような知りたくないような、、、ゴクンと固唾を呑み込んで、答えを待った。それを観ていた麻衣子が、重ねて訊く。

「言いたくない人かもしれない、、、言える❓」
「言って好い❔」
 
みづきの問いに神田は頷いた。すっくと顔を上げてオレを見つめる。
「その、上司です」
「、、、ごめんなさい。私、信じるために、信じてもらうために言っとく。私、こんなだけど、検察官。証言できる❓」
「勇気要ります。彼の上司ですから。お世話になったし。
でも、、、罪を償ったり、真実が捻じ曲げられないよう伝わるなら、やってみます」

「ありがとう。覚えてないだろうけど、先日、このライヴハウスで神田君と知り合ったんだ。この検察官の恋人だ。別件で彼を追っていた。見つかってしまうような尾行だがな」
「はい。今夜、LIVE始める前に、宏記から伺いました。探偵さんですね❔」
 
オレは、頷く。
「その男は、仲良さそうだったか❓うまく行ってなさそうだったかな❓最近の話でいいよ」
「復活したような事を仰ってた気がする、、、はい。より戻した感じだと」「神田君、上司のプライヴェートって、分かるの❓」
「さあ、、、知らないけど、顏に出る人姿勢に出てる人、いますね。プライヴェートが上手く行ってると、幸せな表情でよくしゃべる人も、いますね」

「その上司は、最近、どう❓」
「あの人❔」

 神田の問いに、みづきは頷き返す。
「部長は、、、あっ!その日、いつ❔」
「えっ❔」
「部長が恋人を閉じ込めるのを、視た日」
「先週の月曜日」
「、、、小嶋さん。その上司、先週の月曜なら、出張でもないのに会社に来てません。少なくとも見かけていません」
「麻衣子さん。その閉じ込められた場所、社屋内です」
「どこ❓」
「自転車置き場の近くの、重たいドアで密閉される、倉庫みたいなとこ」「神田君。どこか判る❓」
「はい。はっきり判ります。月曜日だよね❔」
 
みづきは頷いた。
「今夜で9日経っている。最初の報道は5日前だ。
で、日曜の夕方、神田君が来てくれた。今夜は火曜日だ」
「ごめんね。言いにくいかもだけど、何する場所❓」
麻衣子とオレは、神田君の返事を待つ。
「セラミックや合金を熱処理後に、冷却できる所、、、って言えば分かりますか❔」
 
オレと麻衣子は、縦に頷いた。

「死亡推定時刻が、違っている可能性あるわよ」
「、、、たしかに。
 国家のとても重要な人物が、疑われている、もしくは、、、信用を失くす可能性が、あるんだ。
 答えてくれ。運んでるのを視たのか❓独りでか❓女性はぐったりしてたか❓暴れて抵抗していたか❓」
「ぐったりして、なすがまま、でした」
「1人で運んでた❓」

 みづきはフリーズしたようにしばらく沈黙していた。

「1人じゃなかったんだね❓」
 
みづきは黙って頷いた。
「もう一人は年配か❓それとも、、、オレより若そう❓それだけで良い」
 みづきは俯いたまま、小刻みに震えていた。
「あたしの、、、父親、、、くらいの、、、年齢でした」
「ごめん。お父さんはいくつ❓」
「ごじゅう、、、ろく」
「わかった。オレより年上で、その上司よりは若い❓」
「、、、ごめんなさい。。。」

 突然、みづきは大きく肩で息をし始め、過呼吸気味になり始めた。
 麻衣子と神田で彼女の背中を撫でさすり、抱きかかえ、なんとか落ち着かせようとした。

「ごめんよぉ。言いたくない事なんだね。。。分かった。知ってる人なんだね❓」
「やめてくれ!」

神田が、ライヴハウスが壊れるような叫び声を、上げた。



Vol.2‐③

 3階の窓から見える緑は、珍しく晴れた温もりの陽射しを、このコンクリート打ちっぱなしの空間にも、届けてくれている。
 こういうのを「小春日和」と、呼ぶのだったか。。。

 事務所の3階のコンセプトは、『モテそうな部屋』なのだが、確かに、今オレの横に並んでソファに座るのは、恋人麻衣子だし、二人に向かい合っているクライアントは、元カノ神山真澄だ。
 状況だけ考えると、内装にピッタリだが、オレ達は殺人事件に関わる話を進めている。
 真澄の前にはグレープフルーツジュース、麻衣子は温かいミルクティー、オレは相変わらずホットコーヒーだ。

 政之叔父はたった5分で、1階からオーダー通りの3杯を運んで来たが、今回はクライアントにに関わるのを遠慮してもらった。
 叔父からの情報やアドバイスは、この面会の後日でも伺えるのだ。というより、カフェ・マスターとしての方が、叔父は忙しくて大事なのらしい。
オレと麻衣子の側にも、関わって欲しくない理由があるのだ。

  そして今朝から、珍しく経理の真希ちゃんが2階へ降りて来て、自分の作業を進めているので、オレ達3名は、遠慮して最上階に上がった。

 なんてこった!クライアントが経理事務員に気を遣ってくれている。
 
おい!真希ちゃん。せめてその〈嵐〉の「カイト」を流すのは、やめてくれ。オレは、過去と現在と未来を行き来した難問に立ち向かっているんだ。オレも好きな楽曲だが、タコ糸の切れたカイトは、どこへ飛んでいくかわかんねえ。

 しっかりやってくれ。真希ちゃん。何度目の失恋だ⁉

 そう言えば、真澄がフレッシュジュースを飲んでるのを見たのは、いつが最後だったか。。。料亭の女将の仕事は、御相伴に預かる事もあるのだろうが、普段飲んでいるのは見たこともない、、、はずだ。

 だが、麻衣子はけっこう洋酒系が好きだ。まったく異なるタイプだから、目先が変わって好かったのだろうか、、、同じタイプと付き合う事がないのは、なぜか❓、、、きっと、まだ気づいていない共通点があるのだろう。
 オレはそんな事を考えていた。

 なぜなら麻衣子が、麻衣子側つまりオレと二人で得た、目撃者情報と依頼された人物の人となりを、自分たちなりに長々と説明しているからだ。横に居て。オレの作成した資料をもとに。


 
「私は、今回の件に関しては、ハッキリ言って部外者です。
 ですが、自分からの情報がどう処理されて行くのかは、知る権利があります。
 私は検察庁で働いています。いずれ、地方裁判所でお目にかかるやもしれません。
 報酬の出処は今回は伺いません。貴女が関わる公的機関も伺いません。
 でももし、刑事事件として送検されてくるなら、貴女は、容疑者側として証言できますか❓
 被害者の女性側ではなさそうです」

 麻衣子はそこで一息ついて、ミルクティーを口へ運ぶ。

「出来なければ、ここから先は、ご説明出来ません。資料も渡せません。それで、よろしいですか❓

 1冊目は、お渡しできます。今、長々と説明した範囲です。それとも、口頭だけのお伝えにしますか❓
 そんな状態は、確かなものとして扱われますか❓

 私は、表に出ない事、つまり無関係でいる事はできます。
 ですが、ここから先は、ご説明できません。資料もお渡しできません。ここまでは、彼小嶋の単独調査です。それで、真実を知る事が出来ますか❓」

 少し、憂いを帯びた眼差しで真澄は微笑み、麻衣子を見つめた。そしてゆっくりと語り始める。
「わたしは、麻衣子さんが㊙情報調査の件に、しゃしゃり出て来たんだと、怒っているわけではありません。
 裁判所は、最終的な判断を下す場所です。弁護士のように勝つための手段に出る事も、警察のように逮捕や検挙するのが職務でも、ありませんよね❔
 公明正大な結論を下す機関です。ただ、民事裁判のように、書類上の解決で完了し得ない問題が、残ります。

 わたしはむしろ、貴女が居てくださって好かった、、、と思いました。
 小嶋さんの恋人としてでなくても、貴女の捜査活動が、最終審判に影響する立場である事が、わたしには助かるのです。
、、、とても根深い問題です。ウッカリではなくても、引き受けたわたしが間違いでした。既に、この行動は犯罪なのかもしれません。。。」

 麻衣子はゆっくりと、頷いた。
「そんな気持ちに、なってらしたのですね❓」
 真澄は俯いた。もう一度顔を上げると、また複雑な笑みを浮かべた。
「警視庁側からの依頼です。
 ですが、報告することは出来ないでしょう。警察庁側の警部さんにも、話してみます。良いでしょうか❔小嶋さんの報酬も無くなります」

「私はかまいません。
 貴女の、、、真澄さんの心の負担が取れるなら、ここから先は、公的な捜査が出来る、麻衣子に任せます。それで宜しいですか❓」
「わたしは、その方が良いと思います。
 小嶋さんにも、ここから先の資料は、わたしからの依頼で、貴方の恋人へのリークとして、扱ってもらいます、、、小嶋さん。わたし、ホテルマンを辞めた後で良かったです。
 報酬はまだ、受け取っていません。わたしの、、、プライヴェートな関係として、断ります。報酬は受け取りません」
「分かりました」
「一つ、伺っても宜しいですか❓」
 真澄は、オレの問いに小さく頷いた。
「貴女は、京都府警側に不利な情報を抱えていますか❓」
「いえ。ただ、警視庁の谷警部が、警察庁長官と佐藤警部について、探っている事は確かです。関わりたくないんです。この件」


麻衣子は厳しい姿勢を消して、少し笑みを浮かべた。
「その件については〈シロ〉とだけ、谷警部にお伝えください。
 むしろ、佐藤警部に協力しようと、なさってませんか❓勘違いなら申し訳ないです」
 
今度は真澄も、作ったものでない晴れやかな笑顔で応える。
「お見通しですね。。。どちらかにひいき目に判断するようでは、正確に任務を果たせませんね、、、ありがとう。
 話してスッキリしました。麻衣子さん」


 オレは、3名とも納得行かない気持ちが無いことを感じて、感慨深くゆっくりと冷めかかったコーヒーを味わった。

 麻衣子も同じ気分の様子で、冷めかかったミルクティーを味わっていた。多分maybe、こいつは今このミルクティーをタピオカ浮かべてアイスティーにして、ホイップクリームをトッピングしたいと、考えているに違いない。
 そういう麻衣子がそばに居る限り、オレは面白おかしく生きて行ける。元カノだろうとめっちゃエロイ美人さんだろうと、麻衣子には適わない。。。
 
眼の前で、真澄が吹き出したいのを堪えて、含み笑いしている。

 あいかわらず、惚れたいほど素敵な女性だ。。。グレープフルーツジュースで、ごめんな。。。


Vol.2‐④

 今夜は、ある意味ダブルデートだ。
 殺人事件が絡んでなかったら、年若い男女に囲まれて、オレはもっと楽しい気分なのだが。。。

  麻衣子は、滝花みづきの身を案じて、自宅に彼女をしばらく預かっていた。発作の様に過呼吸で気を失ってしまったのは、病気ではなかった。抱えきれない闇が、表に噴出したのだ。

 しばらくオレは、麻衣子ん家へ泊りに行けなかったが、まあ、好い。麻衣子の、法曹に携わる人間としての使命感には、抗えない。オレん家は、メゾネットなんだがな。。。だが、ポツリポツリと語り始めたみづきの過去の出来事を、麻衣子を通して知らされ、オレん家に滝花みづきごと泊めないで正解だったと安堵した。

 神田宏記の上司、特別企画部小泉部長は、たしかに恋人を愛していた。
 生活のためとはいえ、夜の飲食店街で働き始めると、彼が大事に考えている恋人の人物画家としての才能さえ捨てて、物質に恵まれた暮らしを選んだ。恋人を見つめるのがとても辛くなり、それを察した恋人も悲しい眼で離れて行った。
 大学の同期の友人を通して、その元恋人が、警視庁のエリート官僚と付き合っていると、知った。知ったというより、聞かされた。
 それが、現在の警視総監だった。

 そして後日、今日から2週間前に、その妻子ある警視庁幹部を伴って、小泉部長に会いに来た。恋人は、父親代わりに会わせて紹介し祝福して欲しかったのだ。その心に、小泉は気づかない。本当の父親は殉職している。

 変わり果ててしまった、、、と、小泉部長は感じたにちがいない。

 たしかに美大生時代の面影ないほど、変わってしまった。変わって行った上でまだ、パートナーである事を認めてもらおうとしていたのだ。まだ、好きでいてくれたこと、嬉しくて父親代わりの石浪総監に伝えたのだ。連れて来たのだ。変わってしまった自分でも、まだ、あなたを好きなのだと伝えたかった。

 二人きりの時間を作り、話し合うつもりが、感情を抑えきれずに小泉部長は憎しみの気持ちをこめたまま、恋人の頸動脈を締め続けた。
 打ち明ける友人を間違えていた。
 大学同期の友人は、触られたくない府警の不始末の解決のため、警視庁側の警視総監への容疑で攪乱して、捜査方針の注目を反らそうとした。
 その同期の友人である警視正には、滝花みづきと同じ年で同じ美大に通う娘が居た。
 自転車置き場近くで目撃した二人のうち、彼氏の上司ではないもう一人。

 友達の父親である警視正だ!

 
フラッシュバックして思い出した瞬間に、呼吸困難になるほどの恐怖のあまりに、気を失っていたのだ。
 彼氏の神田が叫んだ瞬間でもあった。

、、、それ以上の事を、オレはもうPC入力する気合いさえ、無くなってしまった。闇だ。。。男と女の分かり合えない、闇。

 オレには麻衣子との出逢いがあって、良かった。
 多少、色気の少ない女でも、真摯に使命感を持って、オレと一緒に立ち向かってくれた。
 政之叔父、この街で麻衣子に逢わせてくれて、ありがとう。
 検察官麻衣子よ、どうか、公明正大な審判を、お願いするよ。。。



Vol.2-⑤

 ダブルデートの前に、片付けなければならない用事が、できてしまった。
 オレはその男を、北山通りの〈進々堂〉へ呼び出した。悪気はないがついつい、元カノを持って行かれた感で、ネチネチした嫌な感情を持ってしまう。

 出し抜かれたかもしれない。けど、オレの知っている真澄は、快活に働き、休日は限定解除のバイクで遠出して、SKIの腕前は元インストラクターで、メーカーのテスト・スキーを生業にしていた過去も持つ、ホテルウーマンだった。
 木屋町通り五条の老舗料亭を世襲する〈いとはん〉だなんて、全然知らないで、付き合っていた。川崎の多摩川沿い。

 あんな風にたおやかで凛とした着物姿で、料亭を切り盛りする女っぷりは、いつ頃身に着けたのだろう、、、と考えるとどうしても、あれからどんな恋をしていたのだ。。。❓と、キリキリする負けず嫌いが顔を出す。

 あの男、佐藤警部のせいだ!

 だけどな、、、オレは、判断力と行動の瞬発力に優れ、そのうえ愛くるしい麻衣子と生きる方が、幸せな毎日だ。

 佐藤警部は煙草を吸わない。正確には、止めたのだそうだ。
オレは永らく禁煙していたが、京都に戻ってすぐ、また愛煙家になってしまった。1階のカフェ・オーナー政之叔父のせいか❓

 だから我慢できるのでNOスモーキングの〈進々堂〉に誘ったのだ。なのにこいつ、〈Mr.気遣い〉で先手を打って尋ねて来た。
「ぁ、吸われるんじゃなかったですか❔いいですよ、ボク。
仕事仲間はヘヴィー・スモーカーだらけ」

「大丈夫。誘ったのはオレなんで、気を使わないでください」
「じゃ、気を遣わず、ランチを食っても好いですか❔」
「、、、はい。オレも昼飯食いたい」
「オッケ♪」
「、、、そういう人なんですか❓」
「何が❔」
「あっイヤ、、、そのノリ」
「ですよ⁉」

 オレはしばらく沈黙してから、口を開く。
「じゃっ本題に入ります。その前に木曜の日替わりランチと、佐藤警部のオーダーを伝えてくだっさい♬」
 
オレは、Caféギャルソン風のウェイターを指差した。
「承りましたぁ🎵」
「それ、チラ見せですか❓」
「そうです。元カレさんだって聞きました」
「けっこうチャレンジャーですね」
「I see. May be so.」
「、、、え~~、で、用件はっと。」
「そういう人だったんですね❔」
「何が❓」
 オレはついつい「Por quê ?」と云いそうになったが、「何が?」は「Quê é esto ?」だったかな❓「なぜそんなことを?」なら「Por quê ?」で良いのか❓ あっヤバイ!麻衣子に訊いとかなきゃ。

 佐藤警部はニヤニヤしながら、姿勢を前のめりにして来た。
「良かった。もう、より戻したりはしないんですね❔」
「はい。真澄さんの新しい彼氏に要件を伝えます。
 第1発見者の上賀茂の老夫婦は、二人とも物忘れが激しく、じいじは耳が遠くてばあばは徘徊癖があります。新聞ニュースの第1報より5日前が遺体発見の当日との情報ですが、死亡推定時刻が2日違って発表されている可能性が高いです。
 オレの目撃者情報では、2日間以上冷凍保存されていて、その上焼却された部位もある可能性有りです。
 なぜなら、今日から11日前、先週の月曜日生きてるか亡くなってるかはともかく、あの遺体の女性被害者が、ぐったりとうなだれたまま、2名の男にある場所に閉じ込められた所を目撃した人物がいます」
「はい」
「場所は、烏丸セラミック(株)構内。研究室と自転車置き場の間の工場内。セラミックや合金を熱処理や冷却作業を行う、平屋建物。
 目撃者は女性で、被害者を運び込んだ男性2名とも、旧知でした。1人は、烏丸セラミックの特別企画部部長。もう一人は、佐藤警部、貴方の上司か同僚の警視正。
 府警の会席で度々利用する料亭で、佐藤警部との同席が確認されています。料亭の女将真澄さんから名前を伺い、目撃者の知人と氏名が一致しました。ここまでは、オレに真澄さんが依頼した案件の範囲内です。
 その警視正の動向を、御存知でしたか❓」

「知っています。ボクの同期で府警の上司です。
 ボクは、その件を探っていたわけではなく、それが理由で本庁から府警に異動して来たわけでもありません。むしろ、別件の真実を探らねばならなかった。警察庁長官の指示です。本庁時代の直属の上司でした。
 この機会に、中枢のエリート官僚になるより、現場で捜査する地方の署で働きたかった。長官はその気持ちに気づいていたんです。父親とは違う道を歩きたかった。素直に」


「オレも、似たようなもんです。反抗しているわけではなく、素直な自分が父親の世代と違う生き方に〈しあわせ感〉を持った、それだけです。
 でも、【蛙の子はカエル】で、同じく司法に携わっていた叔父と、こうして探偵社運営にスキルを活かしているわけです。
 仕事人間で家庭を顧みない父は、退職と同時に別の女性と生きる道を選びました。オレの母親は、いったい本当に〈しあわせ感〉を感じる時間があったのだろうか。。。
 結局、自立心が強くて自身で自分の幸せを掴める女性を選ぶんです。オレの彼女も。真澄さんも、そういう女性。
 守ってあげなきゃいけない女性を助けてやれる男は、いっぱいいます。でも、どんなに強い女性でも弱ってしまう時が、ある。オレは、そんな女性の助けになる生き方を選びたい。

 保護するのではなく、一緒に手をつないで歩いて行きたい。
 だから、真澄と出逢った時に、人のせいにばかりして前を向かない妻と離婚しました。
 真澄の方が、愚かなオレも受け入れてくれました。妻だった女性は、また寄りかかる相手を替えただけです」

「ボクも同感です。本庁時代に川崎近辺で、偶然が重なって真澄さんと縁が出来たんです。縁が強かったのか、また再会できてこれから恋人同士になれたら、、、と考えています。
 その真澄さんを通して、遺体遺棄らしき犯人を知りました。犯行場所も、知っています」


 意外な展開に、というか調査別件でもこの佐藤警部と関わって行くかもしれない。その予感に、次の言葉をオレは待った。
 佐藤警部は、オメガの腕時計を視た。

「あと、10分程したら、もう一人ここに来ます。ここまでの小嶋さんへの報酬は、真澄さんが支払いますよ❔
でも、ここへランチに来るのは、男性です。それで、解決です」
 
オレは言葉を失った。

 えっ❓ 警視正本人が来るのか❓

 オレが呆気に取られている間に、佐藤警部はスマホで発信していた。
「すぐ向かいの植物園ゲート前で、ソフトクリーム🍦食ってるそうです」「ソフトクリーム❓」
 
佐藤警部は、またスマホに向かい通話相手に声をかける。
「すぐ来てくれるかな❔窓側の席に二人共居るよ」
 
オレは頭が混乱して来た。
「あっ彼、『小嶋さんの事務所で雇って貰えませんかね?』って。ボクに訊くんですよ」
「はっ❓」
 
ますます混乱して来た。オレは頭を抱えて俯く。
「顏上げてください。今、窓の外からこっち見てます。口モグモグして」


 窓ガラスに張り付くようにして、人懐っこい笑顔をベチャッと押し付けて見せたのは、烏丸セラミック特別企画部社員の、神田宏記だ。
 ニタニタしながら、神田君はさっさとオレ側の席につき、佐藤警部と向かい合った。

「えっこれ、何つながりですか❔」
「彼女の現在過去未来つながり、なのさ♪神田君」
「ちがうやろ!痴情のもつれの誤解事件つながりやろ⁉
「正解!」
 
佐藤警部と神田君が同時に「正解」と大声で云ったので、〈進々堂〉の1階レストランじゅうの客と従業員が振り向いた。

「滝花みづきは、都内のヴォーカル・スクールのかわいい生徒さんでした。本庁時代に母校のスクールを時々手伝っていたんです。入校して来た時はまだ小学生でした」
「はっ❓、、、えっ❓」
「本庁勤務の頃仕事が面白くなくって、世話になったJAZZミュージシャンに誘われてね🎵」

 オレは妙に納得した。確かに、この男のVOICEは特徴ありすぎるHIGHトーンだ。常にリズムに乗って喋ってるし。

 なんてこった!
 この男にも〈こう見えて〉の別の顏がある。オレだけなのか、見たまんまなのは。。。

クスクス微笑んで、佐藤警部がオレと神田君を見つめた。

「雇ってやってくださいよ。神田君は、やっとやりがいある仕事を見つけたんです。ボクも、時々捜査の手伝いしてもらうから。もちろん自腹で。
 んで。警視正も、小泉部長も〈シロ〉と出たんですね❔」
 
オレは、自信を持って応える。

「はい。けど、部長も警視正もちょっとグレーですね」
「ボクが、事件解決の囲み取材に発表します。一字一句間違えずメディアに報道してもらいますので、教えてください。解決の報道用文章を」


Vol.2-⑥

 京都府警ほりかわけいさつ署、玄関前。
 石浪警視総監や、府警の警視正も、そこには居ない。

 門番のように、出入り口に立っている巡査2名と、佐藤警部以外は、警察関係の人員は、表には出て来ない。
 地方紙全国紙の記者、WRITER、TV局制作部などの、カメラマンを除く続報を担当する面々だ。

 彼らは、まず文面をまとめると、WEBトピックスに配信し、その後紙媒体用の原稿を編集するのだ。映像媒体は全てシャットアウトした。府警からの映像拡散もしない。

 「先日、10日前に第1報を取材して頂いた方々のみ、お受け致しました。【大田区在住、元祇園ホステス殺人事件】についてのみ、囲み取材に応じます。1字1句違えないよう、ここから先をレコーディングや速記など行ってください。どの紙面もWEBトピックスも同じ内容になる筈です」
 
佐藤警部は、そこでひと呼吸置いた。

「正確に云うと、殺人事件ではありません。殺人が行われてはいないので、遺体遺棄もございません。傷害未遂であり、被害届も出ていませんので、刑事事件ではなく民事裁判となる可能性は残っています。
 あっ!カメラ無しです!ボクを撮っても意味なしです。
 ただ、1人の被害者女性、元祇園ホステスさんが行方不明になっています」

 最前列のWRITERたちが1字1句入力し終えるのを確認してから、佐藤警部はまた口頭で続きを述べる。

「第1発見者は、後期高齢者のご夫婦。毎日夕方4時半に、遺体発見されたとされる現場付近を、散歩して、作り付けのベンチで一休みしてらっしゃいます。
 そこで、上賀茂河川敷の草むらにはいつもは存在しない筈のブルー・シートを広げ、何か物体を覆う作業をする2名の男性を、見かけました。
 通常、ピクニックの準備かな?とも思える作業です。

 裏トリ捜査の段階で、老夫婦の男性は耳が遠く集音器具も装着していません。女性は、日にちを間違えて答えていました。二人共アルツハイマーの症状が顕著なので、証言としては確実なモノではないです。
 女性の方は、一日何回か、上京区や北区を徘徊するクセがあり、途中視たモノと混同している可能性もあります。

 事実、真実と云えるのは、その二日前、烏丸通松原下ルの株式会社、烏丸セラミック構内の作業場付近で傷害未遂が起きた。それだけです。
 女性は息を吹き返し、逃走しているもようです。なお、傷害未遂加害者2名は、既に逮捕済みです。社内の部長50歳と、その幇助者は大学時代同期の友人です。殺人事件の真相は、以上です」

 囲み取材の集団から5メートルほど離れて俯瞰して観ていた、検察官麻衣子。本来なら、ダブルデートを決行する、休日である。麻衣子が、この件の最終審判を、民事として担当する事になったからだ。

 【上賀茂河川敷における、元祇園ホステス殺人事件】については、これで警察庁の捜査は完了した。
 被害者とされている女性は、行方不明。つまり遺体は無かった。傷害未遂の加害者である恋人は、彼女がいずれ行方不明に成る事を、知っていた。


 時を同じくして、【警視庁捜査三課第三起動及び初動特別捜査隊】に、女性隊員が1名加わった。
 捜査一課刑事のように、表立って活躍する人員ではない。日本国には、CIAなど無い。

 一名スキルのある女性が、隊員として赴任したのみである。



 翌日、麻衣子はスマホでオレに連絡をして来た。

「今朝、解決の新聞発表があったよ。
 殺人事件はなかった。1人の女性が行方不明。傷害未遂で逮捕者1名。幇助1名。証言に値する発見者なし。以上」
「ありがとう。それで合ってる。昨夜のダブルデート延期、今日に変更しないか❓」
「あ、はい、分かりました。みづきちゃんも連れて行くのね❓」
「そうだ。こっちは神田君の就職内定祝いを兼ねてるんだ」
「どこで採用❓」
「うちの探偵事務所」

 通話が一旦聞こえなくなり、再び麻衣子の、声。
「了解です。今夜7時に寺町京極の《三嶋亭》で、待ち合わせにします。現地集合で、OK❓」
「好いよ❓」
「じゃ、そういうことで。その1時間前に、寺町京極出口んとこの《リプトン》で、私とふたりでCaféデートね!」
「おっけ🎵」
「なあに❓そのノリ」
「あ、、、いや、言いたいだけ」

 本当は大体察しがついているのに〈わからない子ちゃん麻衣子〉で尋ねる。まったくぅアルゼンチン帰りの京女はおもろい。

「Por quê ❓」
「行こけ❓」
「かまへんque❓」
「さよかぁ。。。ホンマはぁ、用事おいといても、〈はよ来て来て!〉ってダダこねたいんやな❓」
「ちがうって!」
「ちがわへん!
 オレには休日の麻衣子のキモチが分かるんや。仕事モードの時はようわからんけど」

「マジで言ってる❓」
「ワガママ言いたいのを堪えるなって。
 叶わない時もあるけど、めげずに合わせずに素直に言ってくれ。麻衣子やから応えたいんや。言ってみたいんやろ❓」
「なんでそう思わはるの❓Por quê❓ 」
「それはやな、、、BECAUSEの方で、ええか❓」

 麻衣子はスマホを耳に当てたまま頷いた。

「オレは麻衣子にかまわれたい。麻衣子はオレに素直に甘えてみたい。。。って気持ちがお互いに分かってるからや。
 分かってるから遠慮したり受け身で待ってみたり合わせてたり、、、や。もう遠慮や我慢はホドホドにして、正直に小マメに伝える方が、オレと麻衣子は上手く行くんや」
「ってか、今頃それ気づかはったん❓」
「そうだあ~。今頃気づきはったんや~」
「行こけ❓」
「そうけ❓」
「イヤけ❓」
「Por quê❓」
「知りたいけ❓」
「もうっ!ええ!今すぐ行く。どこ❓」
「堀川北大路の京都銀行前」
「わかった」
「走ってこいや」
「い~や~やぁ~♬」



ーーー The End of The First Story ーーー 



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