秦ショウケン

札幌の浄土真宗のお寺生まれ。 メンタルヘルスのベンチャー企業で働きながら、大学院で浄土…

秦ショウケン

札幌の浄土真宗のお寺生まれ。 メンタルヘルスのベンチャー企業で働きながら、大学院で浄土真宗の研究をしています。 仏教的な生き方をしたいと思いつつ、欲に負け越し中の日々です。

最近の記事

早起きエッセイ

早起きしようと思ってできたことはほとんどないのに、早起きするつもりがない日に限ってやけに早く目が覚めてしまうものだから、つくづく自分というものは信用ならない。 せっかく早起きしたのでカフェでも行こうと思い立ち、YoutubeショートとInstagramリールとXのタイムラインの巡回を3周ほどでやめにして、布団から出ることにした。せっかくだから髪もセットしていこう。毎日のカフェ通いが日課のフリーランスデザイナーを装い、少しルーズな服装で空あくびをしながら近所のコーヒースタンド

    • 浄土真宗における「二人称の死」の受け止め|大切な人の死を、浄土真宗ではどう受け止めるか

      はじめにこの文章は、筆者が大学院で提出した修士論文を、平易な文章に書き直し、要約したものです。(でも結局2万字くらいになってしまいました。🙇途中途中に出てくる引用箇所は読み飛ばしてもらっても内容を理解できるようにしています。) ・ 仏教の主題は、自らの生死の問題を解決することにあります。すなわち「一人称の死」の問題です。一方で、自分が生きている間に実際に経験しうる「死」は、自分以外の誰かの死、すなわち「二人称の死」しかありません。特に、本当に大切な人の死というのは、自らの

      • 2023年の振り返り(14635字)

        あっという間に年末だ! 毎年恒例の1年間振り返りブログ。今年も書いていく。 なんか今年は1年を通して全然振り返る間もなかった気がするので、この振り返りブログを書くのがちょっと前から楽しみだったんだ。 仕事と大学院で一杯一杯だったのであんまり書くネタないかなーと思ってたけど、意外と色々なことがあったらしい。それから、色んなことを考えるようになった1年だったなーと思う。精神的に老いたと思う。 そういうことも書き残していきたいな。それでは早速振り返っていくう!

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        • 今日の空気がうまかった

          坂本龍一が71歳の誕生日に出したアルバム『12』は、日付が曲のタイトルになっている。曲を作った日が、そのままタイトルになっているのである。まるで日記を書くように、その日の音楽を記録していったのだそう。それもほとんど一筆書きで。坂本龍一が過ごしたある一日の感性が、そのまま曲として譜面に写され、保存されている。 かっけ〜〜〜〜。洗練されている。 ・ 翻って自分の生活をみれば、我が脳内は情報・タスク・損得勘定などに埋め尽くされて、感性のかけらもはたらく隙間がない。 たぶん、

        早起きエッセイ

          日々をつまらなくしていたのは自分だった

          朝11時。布団の中で、SNSパトロールをかれこれ1時間も続けている。 今日は山の日。お盆の連休初日。SNSの世界では、飛行機やら新幹線やらに乗って、みんなどこかに出かけているようだ。僕は布団からすら出られない。 「楽しいことがねえ〜〜〜。つまんね〜〜〜。」 最近、その日楽しいことがないと、布団から出られない。起きたら待っているのは"タスク"ばかりだから。 脳内で必死に「今日の楽しいこと」を探す。でも思い浮かぶのは、 「朝からレッドブルキメる」 「近所のバイキングにい

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          超個人的「休む」の秘訣

          ちょっと前まで「休む」ということがわかっていなかった。 先日、「休むというのはこういうことか。」と感じることがあったので、28年目の暫定解として記しておきたい。 思うに「休む」とは、日々の生活の中でほぼ無意識に演じている様々な「モード」を全てOFFにして過ごすことだ。 人は普段、場面に応じて(その場や状況が支配しているルールに従って)さまざまなモードを使い分けて暮らしている。 モードはほぼ自動操縦で運転されており、自分自身でほとんど自覚がないまま切り替えられる。 これら

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          『エブエブ』を仏教的に観たら、ダークブッダとライトブッダの戦いだった

          こんにちは。秦ショウケンです。浄土真宗のお寺に生まれて、今はベンチャー企業で働きながら、大学院で浄土真宗の研究をしています。 遅ればせながら、今年のアカデミー賞作品『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(通称:エブエブ)を見てきました。 本作は、先に観てきたお坊さんの友達に「ありゃ仏教だよ。」と言われていたので、どんな映画なのか楽しみだったのですが……確かに仏教でした。 根底に流れるのは縁起思想。 そしてクライマックスのシーンは、ダークサイドに堕ちたダ

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          浄土真宗アメリカ訪問備忘録

          先日、大学院の研究プロジェクトでアメリカのカリフォルニアバークレーに行ってきました。 海外における浄土真宗にふれて、色々と勉強になったので残しておきたいと思います。 どんなワークショップだったか今回参加したのは、「歎異鈔翻訳ワークショップ」というプロジェクトで、大谷大学、龍谷大学、UCバークレーの3大学連合で、江戸期の歎異鈔の講義録を翻訳するというもの。 歎異鈔は親鸞の言葉を弟子の唯円がまとめた随筆のような書物。歎異という言葉には、親鸞の教えを誤って解釈している人が多いこ

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          2022年の振り返り(12676字)

          毎年恒例の1年間振り返りブログ。テレビ見ながらゴロゴロしたいところだが、老後に読み返して楽しむために今年も書く。 2021年はどんなだったかなと思ってブログを読み返していたら、1月から非常に細かく記録されていて驚いた。正直今年はもう全然覚えてない。笑 この一年での急激な記憶力の低下を感じる。最近は色んな人の名前が出てこない。行った場所は覚えてるけど誰と行ったかが思い出せない。そんなことばかりだ。 だからなおさら、せめて1年に1回でも、生きた記録を残すことが大事なのだ。

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          自分のものさしって何?問題

          先日とある講演会で、 「他人のものさしで自分を測らず、自分のものさしを持とう」 という言葉を聴く機会がありました。 これまでの人生でも、何度か耳にしたことのある言葉です。 僕は人と比べて一喜一憂しがちなので、そういう言葉にはとても励まされてきました。 「自分は自分でいいんだ!」と思えると、なんとなく自信が湧いてきますよね。 その一方で、最近は自分の中に新しい問題が生まれています。 それは、「自分のものさしって何?」問題です。 自分のものさしって何?問題 「自分のも

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          令和4年5月28日の日記のようなもの

          京都という町が好きになってきた。元が嫌いだったというわけではないけれど、僕が東京から京都に移住すると言うと周りの人が皆口を揃えて「京都は最高だ」「京都で暮らすのが憧れだ」などというものだから、僕の中での天邪鬼の気持ちが顔を出して、京都の町をまるで評論家のように品定めしてしまっていて、純粋に好きだと思えなかったのだ。 僕がなぜ京都が好きになってきたと言うかといえば、それは明確な出来事があったわけではない。というかむしろ明確な出来事を通して京都を好きになろうとすればするほどーー

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          原典を読み込むことによる発見|大学院学びレポート②

          こんにちは。秦ショウケンです。北海道にあるお寺に生まれ、今はスタートアップでメンタルケアアプリの開発に携わりながら、龍谷大学大学院で浄土真宗の勉強をしています。 せっかくなので学んだことや感じたことを新鮮なうちに書き残しています。毎週末に更新する予定です。 といいつつ、二週ほど空いてしまいました。 今週のハイライト|初めての発表大学院生活の第二〜三週目でした。四週目に差し掛かったところで、現在GWを挟んで小休憩です。 わかってはいたものの、平日は怒涛のように進んでいき、予

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          真宗学の4つの領域と「信仰」|大学院学びレポート①

          こんにちは。秦ショウケンです。北海道にあるお寺に生まれ、今はスタートアップでメンタルケアアプリの開発に携わりながら、龍谷大学大学院で浄土真宗の勉強をしています。 色んな方に支えられながら今、大学院で勉強できているので、せっかくなので学んだことや感じたことを新鮮なうちに書き残しています。毎週末に更新する予定です。 今週のハイライト|真宗学の4つの領域と「信仰」大学院生活の第一週目でした。授業は8コマ取っています。今週はオリエンがメイン。オリエンを通して、これから自分が学んで

          真宗学の4つの領域と「信仰」|大学院学びレポート①

          2021年の振り返り(15,526字)

          毎年恒例の1年間振り返りブログ。去年は1.4万字くらい書いたけど、今年も書く。去年のを読み返すと、本当に色々あった1年だったなあと思い出す。 去年と比べると、今年は穏やかな1年だった。今年は12月中旬くらいからこの振り返りブログを書くのが楽しみだったので、良い1年だったのだと思う。 今年は北海道の実家から。2年ぶりの帰省で北海道の寒さを体が完全に忘れており、「マジでさむい!」となっています。 例によって今回も私的な内容を含むため本文は課金エリアとさせて頂きます。 この振

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          田んぼに足を浸して考えたこと

          先週、秋田に稲刈りに行った。 「ファームガーデンたそがれ」という農園には、シェア田んぼという、田んぼを区画で分けて共同保有できる仕組みがある。大学でお世話になった先生がこの一区画を保有しており、田植えや稲刈りの時期になると声をかけてもらえるのだ。そういうわけで、東京もんが、毎度ちょっとした農家気分を味わせてもらっている。 この田んぼに行くときは、だいたい神楽坂にあるシェアハウス「カグラボ」のコミュニティの面々で参加する。4年ほど前に神楽坂で立ち上がって、これまで延べ30人

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          9月17日の日記のようなもの

          つくづく自分というものは信用ならない、と今日も帰りの電車で考えていた。 自分とはこうである、といった類の気づきや発見というのは実に脆弱なものである。なぜなら自分というものは時間の経過とともに絶えず更新されていくものだからだ。昔の自分に対しての気づきはすぐに陳腐化してしまう。 しかし人は、自分とはこういう人間である、と規定したがるものだ。規定できないものがあると不安になってしまう。だから、自分に対しての気づきが得られると「そうか俺はそういう人間だったのだ!」と嬉しい気持ちに

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