見出し画像

ブランドと差異


 仕事を終えて電車に乗るときには、朝の満員電車とはうってかわって多様な人をその箱の中に見ることができる。
 群れを成して空間を満たしていた黒の装いはいくらか影を潜め、赤やら白やら、起源の分からないような色々がどこからともなく現れてくる。

 そんな中でも僕の目を引くのは、多くの人の腕にぶら下がり絡まる、シャネルのバッグだ。蹄鉄のようにも見えるその二重のCは、ココ・シャネルのイニシャルだという。他人のイニシャルを腕の重しとする淑女の心境を知るには、まだまだ年齢が足りない。


 物思いは置いておいて、僕が気になるのはシャネルというブランド品を適当に身にまとう人があまりに多いということだ。
 昼時に町を歩けば、ユニクロで贖ったと思しき単純なカラートーンの装いにシャネルのバッグを付け合せるというようなファッションの人と出会うことは、少なくない。

 僕からしたらブランドとは日常と非日常をつなぐようなもので、その貴重さ、おいそれとは無為にできないところにブランドの所以があるのではないかと思えるだのが、どうにもそうではない人が多いらしい。

 ということで、今宵はブランドというものについて、一考。


ブランド(英: brand)とは、ある財・サービスを、他の同カテゴリーの財やサービスと区別するためのあらゆる概念。ブランドを冠して財やサービスを提供する側の意思を端的に表現するものとして、文字や図形で具体的に表現された商標を使用することが多い。狭義としては高級品や一流品などを示す意味で使われる。(Wikipedia)


 ブランドの起源は、動物などに付していた焼き印だという説がある。自分の所有物である動物を他の動物と区別するために作られた印が、ブランドの始まりだ。

 今では焼き印の文化は廃れ、もちろんその意味ではこの言葉は用いられない。時代を越えて残ったのは、「他と区別する」という差異の象徴性だ

 差異性が本質だとすれば、本来的には「ブランド」という言葉には「希少性」という意味はない。けれども資本主義社会にあって、「差異」と「希少」とは、ほぼ同義になってしまった。そんな流れを受けて、「ブランド」という言葉のイメージに「希少」「高価」というイメージが付与されていったのだろう。


 しかしイメージが肥大したところで、その根幹は揺らがない。ブランドは差異性を象徴する。

 それが顕著なのは、ファッションの世界においてだろう。権力や富のある多くの人はその装いとしてブランド品を選択する。他者との差分により秀でた道を歩んできた人が、その衣するところにまた他者との差分を求めるのは特段不思議なことでもない。

 けれども不思議なのは、極めて一般的な生き方をしているような人でさえも、ブランドを希求するということだ。

 例えば、今まで平々凡々に生きていた人がいたとする。そしてその人は、おそらくこれからも、多少の山こそあれ全体的には平坦な道のりとしての人生を歩むとする。

 だがそのように生きる人々の中で一定数、ブランドを志向する者がいる。およそ他者と違いを生じるようなタレントを持っていないのにも関わらず、差異性の象徴に手を伸ばす


 富者が差異を求めるのは当然だ。そもそも富者の本質は差異だろう。相対的に富を多く得たものを富者と呼称するのであって、彼らが更に差異を求めるのは必然といってもいい。

 だが凡なる人が差異を求めるのは何故か。他者と同質であることを良しとする彼らが(僕らが)、他者と異なる者を糾弾する彼らが(僕らが)、時として差異の象徴に手を伸ばすのはなぜなのか


 思うにそれは、憧れに由来するものではないだろうか
 異質であることを是とせずに生きている中でふと魔が差し、「他者とは違うように在りたい」と思ったとき、差異の象徴であるブランドに、手を伸ばすのではないだろうか。


 その願いは、ブランドを手にしたときに叶えられる。多くの人が持ちえない高級品を身にまとった瞬間、憧れは満たされる。

 とすれば、全身をユニクロで固めながらシャネルのバッグを持つという行為は、別段何ら不思議なことではないのだ。彼女らにとって重要なのは、他者との差異としてのシンボルであるシャネルを持つことなのであって、全体としての調和を求めることなどが目的ではないのだから



 ...今回は少し、論理が恣意的に過ぎたかもしれない。
 けれども今回のテーマであった、ユニクロとシャネルを着こなすお姉さんについての考察は一応、これで個人的には満足である。

 暴論の感が否めないのは、僕がブランドというものに興味が無いからかもしれない。

 持っていないものについてあれこれ考察するのはあまり良くないという教訓を得られた、というところで今回の結びとしよう。


ここから先は

0字

¥ 100

思考の剝片を綴っています。 応援していただけると、剥がれ落ちるスピードが上がること請負いです。