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抜粋要約 『予想どおりに不合理』 ダン・アリエリー(2)

前置き

・本 note は当該図書に関する抜粋要約です。全ての内容を要約したものではなく、特に有用だと思った内容について抜粋して要約しています。
・本 note は (1) と (2) により構成されます。

無料のクッキーの力

# 真理と対策
 先に無料に関する考察と、市場規範と社会規範の考察を述べた。では、これらが混在する場合は何が起きるだろうか?

 実験から私は、やりとりに金銭が絡まないとき ( 社会規範に則って行動が行われるとき ) 、私たちはあまり利己追求をせず、他者の幸福を気にするようになることを観測した。つまり値段がゼロの時、無料だからといって商品を根こそぎ持っていくような行動は控えられるということだ。
 逆に料金が発生するとき ( 市場規範に則って行動が行われるとき ) 、どれだけの量を購入するかの決定に他者存在を考慮する余地がなくなることを観測した。

 つまりこういうことだ。やり取りに金銭が絡まない時、そこには必ず社会規範がついてくる。社会規範は人々に他社の幸福を思い出させ、その結果、利用できる資源に負担をかけすぎない程度まで消費を抑えさせる。
 私たちの務めは、社会規範と市場規範のどちらが最も望ましい結果を生むか解明することだと思う。

# 実験
 とある料理上手の女性が美味しいクッキーを 100 個焼き、職場に持っていった。職場の社員の数は 100 人である。この時、以下のような状況であれば同僚は、何枚のクッキーをもらうだろうか。( クッキーは以前にも焼かれており、その味は全員の社員が知っているものとする )

(1) 無料の場合
(2) 1 枚 5 セントの場合

 これが無料の場合、同僚はこう考えるだろう。「今自分はどれだけこのクッキーが食べたいか」「何個もとったら全員に行き渡らないのではないだろうか」「何個も取ったら他の人になんと思われるだろうか」このような社会規範に基づき、おそらく同僚は 1 枚か 2 枚のクッキーをもらうことになるだろう。

 しかしこれが (2) のように有料ならばどうだろうか。この時おそらく同僚は、他者の幸福のことは考えずに自分が欲しいだけのクッキーを購入するだろう。対価を支払っているのだから。

 社会規範は金銭が絡まないところに登場する概念であるが、無料であることは社会規範の世界観の範疇であることを示す例である。

高価な所有意識

# 真理と対策
 誰かの天井は誰かの床ということわざがあるがその通りで、私たちは何かを所有する時、他の人よりその所有物を高く評価するようになる。それは人間性の中にある三つの不合理は奇癖のせいだ。

 一つ目の奇癖は、自分が既に持っているものに惚れ込んでしまうことだ。あなたは自分の車に思い出がたくさんあるかもしれないが、他の人にとっては当然無い。
 二つ目の奇癖は、手に入るかもしれないものではなく、失うかもしれないものに注目してしまうことだ。あなたは車を売る時、それにより移動手段が失われることを価格に加味してしまうかもしれないが、それはおかしい。
 三つ目の奇癖は、他の人が取引を見る視点も自分と同じだと思い込んでしまうことだ。あなたの車が幾多の苦難を乗り越えた歴戦の勇士であることは、市場価値を下げることはあれ上げることはない。

 所有意識という病を治す既知の方法は無い。しかしそうと気づくことは助けになるかもしれない。世の中には便利なものが溢れている。しかしそれを一度所有物に変えてしまうと、並大抵のことでは元に戻せない。持っていなかった状態と持っていた状態の差が損失として感じられてしまうからだ。

# 実験
 私は大人気のバスケットボールの試合のチケットを手に入れた人と手に入れていない人に、それをいくらで売っても良いか、あるいはそれをいくらで買っても良いかと尋ねた。回答者の平均は以下のようになった。

(1) チケットを持つ人が売っても良いと考える値段: $2400
(2) チケットを持たない人がそれを買っても良いと考える値段: $170

 チケットの所有者は、その試合に足を運ぶことで得られる経験に価値はつけられないとものと考え、チケットの価格を非常に高く設定した。
 対して非所有者は、チケットで得られる体験を他の体験に換算した上で、価格を算出していた。( $170 で得られるもの、例えば一晩の快楽、例えば新しい靴、など ) 
 合理的に考えてみれば、試合についての捉え方は誰であれ同じはずである。しかし大きな差異が出たことは、所有意識が影響を及ぼしたと推察することができる。

扉を開けておく

# 真理と対策
 現代においてわたしたちは、全ての選択の自由を残しておくために必死になる。しかし多くの場合において、わたしたちは選択肢を残すために他の何かを手放している。また面白いことに、消えかけているチャンスや興味のないチャンスについても同じような心理 ( 選択肢を残しておきたい ) が働き、それを追いかけてしまう。

 私たちは可能な限りの選択肢を開いておきたい不合理な衝動を抱えている。私たちに必要なのは、いくつかの選択肢を意図的に閉じることである。

# 実験
 私はとあるゲームを作り、学生にやらせてみた。ルールは以下の通りである。

・プログラムが立ち上がると、三つの扉が表示される。
・扉をクリックすると、その部屋の中に入れる。
・部屋の中で再度クリックを行うと、異なる賞金額が表示され、それを手に入れられる。
・各部屋には異なる賞金額レンジが設定されており、部屋の中でのクリックはそのレンジ内での再表示が行われる。
・クリックできる回数は合計で 100 回である。
・部屋の扉は、12 クリック分放置すると消え、二度とクリックできなくなる。

 つまりこのゲームで最も高い賞金額を手に入れるための方法は、最も高い賞金額レンジの部屋を見つけ、その部屋のなかでクリックを続けることである。部屋の移動にもクリックを消費するため、頻繁にクリックをすることは総額の減少を意味するからだ。

 この実験に参加した多くの学生は興味深い行動を示した。賞金額レンジが高いであろう当たりの部屋を見つけ出しても、その他の部屋が当たりである可能性を捨てきれず、それが消失してしまうことに耐えかねた異なる部屋の扉を何度もクリックしたのだ。

 このゲームにおける部屋と扉は、選択肢や可能性である。あなたならばそれが価値あるものではないと予想できたとして、それをきっぱり捨てることができるだろうか?

予測の効果

# 真理と対策
 予測は生活のほとんど全ての側面に影響を及ぼす可能性がある。あらかじめまずいと教えた料理を提供した時、人々はそれをまずいと感じる可能性が高いし、雰囲気が高級な店で提供される料理は、人々はそれを美味だと感じる可能性が高い。

 情報が前もって提供されるということが重要である。料理を食べる前に「それに酢を入れた」という情報を伝えることと、料理を食べた後に「あれには酢が入っていた」という情報を伝えることの差は大きい。当然予測とは前者であるのだが、しかし結果的に情報を得たという点では差分がないのにもかかわらず、料理を口にした人が得る印象は大きく異なるのだ。

 また予測は時としてレッテルを生む。老人は歩くのが遅いし、ハーバードの学生は頭が良い、などだ。これらのレッテルは、当然そのレッテルが貼られた人に対してアクションを行う人々の行動を変える ( 歩調を合わせるとか、説明を省くとか ) のだが、レッテルが貼られた人々もそのレッテル通りに行動が変容することもある。これをプライミングという。( 本当は早く歩けるのに遅く歩くとか、説明が欲しいのにスキップしてしまうとか )

 意図的に情報が与えられていなくても、私たちは先入観や予備知識で以て予測を行ってしまう以上、さまざまな行動がその予測の影響を受けているということができる。
 それらを取り去ることが不可能だとしても、しかしそれを自覚するための努力をすることには大きな価値がある。

# 実験
 これはとあるケータリング業者での話だが、以下のような商品名称を設定した二社では、後者の方が売り上げを伸ばしたらしい。

(1)「美味しいアジア風ジンジャーチキン」
(2) 「肉汁たっぷりの有機鶏の胸肉をじっくりローストし、メルローのデミグラスソースをかけてハーブ味のイスラエル風クスクスに寝かせたローストチキン」

 商品の名前だけで、この二社の料理の美味しさを判断することはできない。しかし説明が詳しいというだけで、後者をより素晴らしいものと予測してしまう。実際に口にしても、後者の方が美味だと感じる可能性が高い。

価格の力

# 真理と対策
 一般にプラシーボ効果を働かせる予測は、二つの仕組みによって作られる。一つは信念、つまり薬や治療をしてくれる人に対する信頼や確信だ。医師や看護師が大丈夫だと安心させてくれるだけで、よくなった気がする。二つ目は、条件付けだ。何度も経験することで期待が高められるように、医師の打つ注射の痛みが逆に安堵をもたらすことを期待する。

 同様に、価格についてもプラシーボ効果は働く。安価な薬を処方された時にはその効果を実感しにくく、効果な薬であれば効果を実感しやすい。つまり、価格は経験を変化させる場合があるのだ。

 いくつもの実験を行った結果、価格と品質の関係について気にするのをやめた消費者は、値引きされた飲料の効果が劣ると決めてかかる可能性がはるかに少ないことがわかった。プラシーボ効果を回避したい場合には、価格がもたらす予測のフィルターを意識的に外すことが有用であることがわかる。

# 実験
 痛み止めの薬を開発したと触れ込み、実験者を 100 人集めた。
 実験ではまず、被験者に今回使用する薬の内容を価格を説明する。その後、被験者に電気ショックを与えて痛みの程度を理解させた後、痛み止めの薬を処方して再度電気ショックを与え、痛みの程度が変わるかを観測するというものだ。
 なお薬の内容と電気ショックの強さは変えないものとする。この実験における薬の価格と申告された痛みの程度は以下のようだった。

(1) 2 ドル 50 セントの薬と説明された場合 > ほぼ全員が痛みの軽減を申告
(2) 10 セントの薬と説明された場合 > (1) の場合の半分のみが軽減を申告

以上の実験から、プラシーボ効果は価格によってその効果を変えるということが判明した。

Memo

・「哲学者のエーリヒ・フロムは、著書 自由からの逃走 を発表した。フロムによれば、近代民主主義において、人々は機会がないことではなく、目眩がするほど機会が有り余っていることに悩まされている。」

・「詰まるところ、マーケティングとはそういうものだ。情報を提供することで、予測される喜びを高め、ひいては本当の喜びも高めようというわけだ。」

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