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連載小説「オボステルラ」 【第二章】53話「リカルドの人生」(7)


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第二章の登場人物




 『フローラ』に戻ると、ナイフがまだ店にいた。相変わらず照明をほとんど点けておらず薄暗いが、ソファ席には酒瓶が並べられている。

「…多分、飲みたい気分になっているのではないかと思って」

「流石、ナイフちゃん」

リカルドはふふっと笑って、ゴナンに先に部屋に戻るように伝えた。頷くゴナンの表情は、どこか冴えない。その様子を見て、2人が何を話してきたかをナイフは察した。

「……ナイフちゃん」

「…とにかく、飲みなさい。はい」

そう言って、ソファに座るリカルドにキィ酒を渡すナイフ。氷も入っていなければ水でも割っていない。リカルドはそれを受け取り、ソファに座ると、くいっとあおった。

「ま、いい飲みっぷり」

ナイフはすぐ、次の1杯を作る。

「……ゴナンに、話したのね……」

「うん…。ナイフちゃんにも言われたけど、やっぱり、何も話さないままは良くないと思ってね。ゴナンの人生をかけた冒険に、報いないといけないから」

グラスを受け取り、今度は一口だけゴクリと飲み込むリカルド。

「そう…。どんな反応だった?」

「うん。旅したくないって言われるのも覚悟してたんだけど、それでも一緒に行きたいと言ってくれたよ」

「へえ…」

「あと、自分が死ぬ日が分かっているんだったら、それまでに最善を尽くせるはずだって」

「まあ」

ナイフは驚く。しかし、すぐに腑に落ちた。

「そういえばあの子は、とても厳しい環境から来たんだったわね」

「うん…。僕は今まで、自分のことを『死ぬために生きている人間だ』なんて悲観してたけどさ。突然命を奪われる理不尽さに比べれば、きっと僕はまだ遥かに幸せなんだよ」

そう口にするリカルドの声音は、どこか明るい。

「さすが、あなたが見込んだ子ね」
「見込んだなんて…。でも、ゴナンに話して、僕はなんだか少し救われたよ。話してよかった」

そう言って、また一口、酒を口にするリカルド。

「……いつ死ぬかも、伝えたの?」
「いいや、それはゴナンに拒否された」
「そうね……」

ナイフも、自身のキィ酒をぐっと飲み干す。

「伝えない方がいいかもね。微妙な年数だもの」
「うん…。あと、4年弱…。短くはないけど、十分に長い時間でもない……」

----33歳。それが、今29歳のリカルドが告げられている、自身の寿命である。

「他の『ユーの民』の例を見るに、33歳の最後の1ヵ月のどこかが、僕の最期の日だね。ゴナンが18歳で成人して大人になるのを見届けられたとしても、すぐに僕は死んでしまうなあ。せめて、もう少し早くゴナンに出会えてたら良かったのに」

リカルドは天井を仰ぐ。

「……どこにあるかも分からないような辺鄙へんぴな村で出会えただけでも、奇跡だと思うのだけど」

「ああ、そうだね…」

そのままふーっと息を吐き、ソファにもたれかかって天を仰いだままのリカルド。ナイフも無言で、自身の酒を進めている。




「……ねえ、ナイフちゃん……」

天を見上げたまま、リカルドがしばしの沈黙を破った。

「……やっぱり、ナイフちゃんにも旅に同行して欲しいんだけど……」

「はあ?」

思わず大声で返すナイフ。

「あなたね…。確かに今、お店は営業停止中で暇そうに見えるかもしれないけど、まあ、実際とても暇だけれども、だからといって、どうして何の儲けにもならないあなたの旅について行くことになるのよ」

リカルドは顔を起こし、ナイフに手を合わせる。

「頼むよ…。王女様がいるから、強ーい護衛が必要なんだよ。軍には頼めないし、よく分からない傭兵を雇うよりナイフちゃんの方が数百倍、いや数千倍、安心なんだよ」

「よくわからない傭兵で十分でしょ。使い物になるかは私が見極めてあげるわよ」

「……それにね…」

リカルドは手を下ろし、ナイフを見つめる。

「多分、僕は何かの病気で死ぬから、寿命ギリギリまで動けるとは限らないんだよ。もっと早く動けなくなった場合、ゴナンを託したいんだ…。他でもない、ナイフちゃんに」

「……」

 これまでの長い付き合いで、リカルドから何かと無理難題を押しつけられ続けてきたナイフであったが、今回のお願いは群を抜いている。ナイフは大きく息を吐いて目を閉じた。

「……」
「……」

しばらくの沈黙。

「……ちょっと、考えさせて」

ナイフは小さく呟くように、そう口にした。それがだくの意であろうことを、リカルドは長年の付き合いでよく、分かっていた。


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