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連載小説「オボステルラ」 18話「ゴナンの人生」3



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登場人物





 翌日。
朝日が出てすぐ、ミィは家から少し離れた高台に土葬で葬られた。簡単な弔いの言葉を述べて、埋めて、お墓を作って、終わり。ささやかな大きさの墓石に、ユーイはなだれかかり泣き続けている。

「……俺、川に水汲み、行ってくる…」

 母の泣き声を聞くのが辛くて、ゴナンは兄たちに申し出た。
「ゴナン、大丈夫か?」
「…うん、昨日は1日寝てしまっていたし。大丈夫。川に着けば、水も飲めるから…」
 寝てしまったと言うより、気を失っていたというのが正しいかもしれない。すぐ横で、握った手からミィの体温が失われていくのすら、気付かなかった。
「…気をつけてな。キツかったら水はほっておいていいから、ちゃんと帰って来るんだぞ」
アドルフが心配して声をかけたが、ゴナンは無言で頷いてゆっくりと川の方に向かった。荷車に空の樽を載せて、荒れ地の中を歩く。

 いつもは道程で何か考え事をしているような気もするが、今日は何も、何も考えていなかった。淡々と歩みを進めて、進めて、ゆっくりゆっくり歩きながら、いつもより大分時間をかけて、なんとか川に辿り着いた。
 この川も以前よりさらに水量が減っている気がする。
いったいいつまで、雨は降らないのだろうか。まずは自身が水を飲もうと川へ向かったとき、石に足を取られ、ずるっと転んでしまった。
(……痛っ)
 前は、リカルドが支えてくれた。でも今日は誰もいない。そのまま、地面にひどく肩を打ちながら倒れてしまった。もう起き上がれない。
 仰向けになろうとしたとき、ゴナンの視界に、こんもりした土の盛り上がりが見えた。あの日、この場所に弔ったミーヤとその赤ちゃんのお墓だ。誰にも参られることもなく、夫の墓からも離れたこの地に二人は眠っている。

(…俺がここで死んだら、誰にも気付かれないのかな…)

 この場所でリカルドと鳥や卵の話をしたのが夢のようだ。今まさに亡くなった人を前に、あんなおめでたいお話をするなんて、最初からどうかしていたよな…、と思い出していた。

(好きなものを見つけろって言われても、これじゃあ、むりだよ…)

 気力が尽きて、ゴナンはふうっと仰向けで目を閉じた。少し休んで元気が戻れば水を汲もう、でももう起きることができなかったら、このままでいいや…。もうずっと眠ってしまえたら、体もきつくないしお腹も空かないし、楽になるかもしれない。そうしてそのまま、これまでの数ヵ月を反芻していたが…。

あ…、とゴナンは思い出す。
「……リカルドさんにもらったバンダナ、忘れてきた…」

 小さく声に出して、ゴナンはパチっと目を開いた。いつも懐に大事に入れていたのに、今日に限って家に置いてきてしまった。持っていなくても何も不便はないが、なんだか落ち着かない。
(…このまま、俺が死んでしまうと、あのバンダナも捨てられてしまう)
あの布が何かは、誰にも伝えていない。自分と一緒に弔ってもらえればまだいいが、きっとただの布きれとして、処分されてしまうだけ。
(…なんだか、それは、イヤだな…)
リカルドが自分の頭に巻いて、よく似合うと言って贈ってくれたバンダナ。そのことを誰にも知られないまま、自分の手の届かない場所で消えてしまうのは、許しがたい気がした。


「…っ…」
 
 ゴナンは、ぐっと体を起き上がらせた。そのまま川の方まで体を引きずり、ゴクゴクと泥水を飲む。慌てすぎて小石が口に入り、思い切り咳き込む。それが刺激になってか、体が少しだけ目覚めた気がした。
「…バンダナは、俺が持っておかないと…」
不思議なことに、そのわずかな執着心が、ゴナンの体を動かしたのだった。


 ずいぶん時間をかけたが、何とか樽の半分まで水を汲み、ゴナンは家に戻った。
もう日もほとんど落ちている。土間の方に入ると、体力のある兄たちも流石に寝床にぐったりと横になっているのが見えた。起きていても空腹を感じるだけだから、少しでも早く寝ようと努めているのだろう。ユーイはまだ、泣き続けている。
「…ああ、ゴナンか…。遅かったな…」
 アドルフが気配に気づき、けだるそうに起きてきた。ゴナンは泥水の樽を土間に置こうとするが、荷車から持ち上げられない。アドルフも手伝って、何とか下ろす。

 夕暮れ後のかすかな明るさの中、朝よりもひどく憔悴しているゴナンの様子が目に留まり、アドルフは手でゴナンの頬をなでる。表情が、なんだか…。
「…ゴナン? どうした」
「…うん、もう…」
 ゴナンはそう小さく言って、言葉を最後まで継げないままハンモックの方へ行った。が、そういえば昨日、紐が切れたままだった。ゴナンはその脇に置いてあったバンダナを急いで懐に収めると、そのまま地べたと壁の角を選んで、体を少し丸めて横になる。

バンダナを持つことができた。もう大丈夫。もういい、休んで、しまおう…。

 くったりと横たえたゴナンの細い体が、まるで地面に吸い込まれてしまいそうに見えて、アドルフは目が離せなかった。今までだって、他の兄弟よりも弱々しくなっていく様子が心配だった。だけど今日は、その乾いた表情に、痩せ細った体中に、地に伏せるあの後ろ姿に、ほの暗い死の影が色濃くまとわりついているように見える…。
(ゴナン…。もう、これでは、だめだ…)
アドルフは、もう骨と皮だけになった手で、拳をギュッと握った。

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