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連載小説「オボステルラ」 【第二章】2話「ストネの街のリカルド」2


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(なんだか、意外に化粧が似合っている。ゴナンは無愛想だけど、顔立ちは整っているもんなあ…)

 と、一瞬、化粧にドレスアップしたゴナンに見惚れたが、すぐにハッとなってナイフに尋ねた。

「ちょっと、な、なんでこの子に接客させてるの? この子は北の村の子で…」
「そうよ、北の村のことはデイジーちゃんに教えてもらったのよ」
ナイフは得意げに答える。
「見て! 最初に拾ったときは小汚い鶏ガラみたいな男の子だったんだけど、磨いてみればなかなかの掘り出し物よ、うちのお店でトップ取れるわよ…!」
「拾った…?」
「…俺、『フローラ』でトップを取れるように、頑張る!」
ゴナンの肩を抱くナイフに、ゴナンも覇気のある顔で応える。いや、井戸掘りの時よりも、やる気に満ち溢れていないか…?とリカルドはナイフをゴナンから引き剥がした。

「…ナイフちゃん、だめ! この子は、まだ、こういうのはダメだって。早いって。あの素朴な村から出てきたばかりの少年なんだから」

そう必死に訴えるリカルドを、ゴナンは曇りなき眼で見る。

「リカルドさん、俺はナイフちゃんに、寝床も食事も十分にしてもらってるんだ。ふかふかのベッド、初めて寝た…。その恩をしっかり返さないといけないんだ…。だからトップを目指す」

その迫力に押されるリカルド。うーん…、と頭を抱えて、ナイフに言った。

「…じゃあ、ひとまず、今日は僕につけてね、僕だけにね。閉店まで、他の指名があっても無視。いろいろっ、いろいろ話も聞きたいから。ナイフちゃん、それでよろしく」

「分かったわよ~。指名料いただくわね」

 ナイフはひらひらと手を振って、ゆっくり話ができるように、ラウンジの奥の方にあるボックス席へと二人をいざなった。普段、冷静沈着なリカルドがこんなに取り乱す姿は珍しい。ナイフは「いいもの見たわね」とほくそ笑みながら、カウンターの方へと戻っていった。

++++++++++++++

 「……ゴナン…、本当に驚いたよ。よく、来たね…」

 ようやく気を落ち着かせたリカルドは、ゴナンの頭を撫でながらそう声をかけた。無言で頷くゴナン。表情は変わらないが、撫でられて少し嬉しそうだ。村にいた頃より肉も付いて、顔色もいい。あの折れそうな程に痩せ細っていた少年と同じ人物だとは思えないほど見違えている(化粧の影響も多少あるが)。いきさつは分からないが、ナイフがしっかり面倒をみてくれているようだ。

「…ていうか俺、村を出たの1ヵ月前なんだけど、なんでリカルドさんの方が後から来るんだよ。違う場所に行ってた?」

 まだドレスを着慣れないらしく、ソファに座ると脚がガニ股になって収まらないゴナン。座る姿勢も、少し堅苦しい様子だ。

「…いや、北の村から一直線にこちらには来たんだけど…。ゴナンはどうやってきたの?」
リカルドの問いに、お屋敷様の夜逃げ馬車に便乗した経緯を伝えるゴナン。結局あの老人は逃げたのか…、とリカルドは呆れつつ、はっと気付いた。

(…あ!そうか、その手があったか…)

 そういえば、週に1回は食材を届ける便がお屋敷に来ているはずだとリカルドは自身で分析していた。それを待って馬車に乗せてもらえばよかったのだ。慌てて飛び出すなんて、なんともバカバカしい方法を採ったんだ、と反省する。




「…まあ、途中で巨大鳥、あ、あの大きな鳥のことね。巨大鳥の目撃情報も集めながら来たし、ちょっと動けなくなった時期があって…」
「?」
「たまにあるんだ、まあ、それは気にしないで」
そう言って、キィ酒を一口含んだ。

「…お兄さんは村を出ることを許してくれたんだね。それにユートリア卿が夜逃げって、どういうこと…?」

 その言葉を聞き、ゴナンの表情が固まる。
「…ゴナン?」
意気揚々と旅に飛び出したのかと思って明るく尋ねたのだが、ゴナンの顔は暗い。目を伏せて、唇を噛みしめている。

「…お、俺…」

「…ゆっくり、いいよ。話したくないなら、話さないでもいいし…」

 もしかして家出でもしてきたのかな?などと思いながらも、リカルドは急かさない。別のキャストにお酒のおかわりを依頼した。

「…あの、井戸…、泉が…、リカルドさんが旅立ったすぐ後に、涸れてしまって…」

「…えっ?」

 あんなに勢いよく水が吹き出して、豊かに湧水を湛えていた泉が? リカルドは厳しい表情になって、ゴナンの次の言葉を待つ。
「……お屋敷様の井戸も、涸れたって。お屋敷の人もみんな、鳥を、みたから…」
「……」
「それで、村は、前よりもっとひどくなって…。それで、ミィが、…ミィが、あっという間に、死んじゃって…」
 ひもじい生活でも明るくて、リカルドによく懐いていた少女。旅立つとき、一緒に着いてきたいと泣いていた。

「…俺、もう、何もできなくて、お腹空いて、体も動かなくて。もう、このまま死ぬのかなって、その方が楽でいいかって、そのまま寝てたんだけど…。兄ちゃんが、お屋敷様の夜逃げの馬車に、俺を運んでくれたんだ…」

 下を向くゴナンの拳が震える。リカルドはゴナンの肩にそっと手をやった。

「…あの、怖そうな門番の人が、優しくて、食べ物とか、いろいろ気にしてくれて、途中のオアシスにある宿場町まで運んでくれて、そこからは、歩いてきた。リカルドさんがこの街に寄るはずだって、兄ちゃんが言ってたから…」
 もしかしたら、というわずかな望みを持ってアドルフに行き先を告げていたのが、効を奏したようだった。

「…まさか、そんなことになっていたなんて…」
「リカルドさんと作った泉があっという間に消えたのに、俺、何もできなかった。何をすればいいのかも、わからなかった」
虚空を見つめそう吐き出すゴナンの頭を、また優しく撫でる。
「…それは、誰にもどうしようもなかったことだよ。でも、今ゴナンは最初の一歩を踏み出した。きっと、これから」

「…違うんだよ…」

前向きに優しく語るリカルドの言葉を、ゴナンは遮る。

「…卵を見つけて願い事をして村に雨を降らせたい…、とか。村から出ていろんな勉強をして、体も鍛えて、大きくなって、戻って役に立ちたい、とか…」
「うん…」
「…いろんな理由を考えた。もちろん、そうなりたい、そうしたいんだけど、でも、違うんだ…」
「……?」

「……俺、逃げ出したんだよ…」

ゴナンの両目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。

「もう、あの村から…逃げたかったんだ…。
兄ちゃんが馬車に運んでくれて、でもその場で馬車に乗らずに残ることだってできた。
外で勉強したがっているはずの兄ちゃんに代わりに乗ってもらうことだって、できたのに…。でも、俺、ここから逃げ出せるって思って、出られるのが嬉しいって思っちゃって、何も言えなくなって、足が、動かなかった…。 
俺…。何も、何もできないくせに…。みんなお腹空いて、のど乾いて、ミィが死んで、母さん、あんなに泣いてたのに、全部、残してきて…」

 そう言葉を絞り出して、肩をふるわせ静かに泣き始めてしまったゴナン。泉が枯れたときも、ミィが死んだときでさえ1滴も涙は流れなかったのに。それまで乾ききっていた感情が一気に爆発して、すすり泣き続ける。
リカルドは何も声をかけられず、ただ肩を優しく撫でることしかできなかった。

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