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連載小説「オボステルラ」 【第二章】13話「その少女の理由」2


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第二章の登場人物



 「サリー…」

 食事を終えた少女に、リカルドは呼びかけた。ゴナンは無言で、テーブルの向かいの席で少女をじっと興味深げに見ている。少女は声をかけられていることに気付かない。

「サリー?」
「……」
「……ミリア王女?」
「何でしょう?」

 そう呼ばれて、少女はようやく気付いてリカルドの方を振り返った。そしてまた、自分の失態に気付く。

「やっぱり、あなたは…」

「…わ、わたくしは、ミリア王女の影武者の、サリーよ…」

しどろもどろで答える少女。これでは、なかなか話が進まない。



「わかった、影武者さん。ただ、影武者が影武者と自分で名乗ってしまうのはどうだろう。本物の振りをしてこその影武者ではないかな?」

「…ええ…、確かに、あなたのおっしゃるとおりだわ」

「…それに、あなたは恐らくとても素直な方で、嘘をつくのがあまり得意ではないようだ。サリーという偽名を使うのもいいけど、ミリアという名前は珍しい名ではないから、そのまま呼んでも構わないのかなと思うけど、どうかな?」

この調子だと偽名ではすぐにボロが出そうだと思い、リカルドはそう提案する。

「…ええ、そうね」
「…では、実は王女の影武者である普通のミリアさんとして、お話するね。あなたは今、世を忍んでいるようだから、敬語も礼も省かせてもらうよ」
「もちろんよ、『ただのミリア』として、お願いしたいわ」

 そう言ってしゃんと背筋を伸ばすミリア。

正直、「実は王女の影武者である普通のミリアさん」なんて謎の設定、筋は全く通ってはいないのだが、とにかく会話を進めるために無理矢理押し通してしまった。とはいえ、振る舞いには隠せない品があるんだよなあ…、と微笑ましく思っていると、ゴナンが声をかけた。

「え、お前、王女様?なのか…?」

「ゴナン! 流石に『お前』というのは…」

「お前呼ばわり」が無礼だと怒り出さないか心配したが、ミリアは特に気にはしていないようだ。むしろ、「普通」に扱われて嬉しそうでもある。

「ゴナン様、わたくしは影武者よ」
「ミリア、人を呼ぶときに『様』はない方がいいよ。ちょっと高貴な方の雰囲気が出てしまう」
「あら、そうね。では、ゴナン」
自分の『設定』のチェックをしてくれるリカルドに、ミリアは少し楽しそうに従う。

「あらあら、王女様なんて、お城の上でふんぞり返っている高飛車なお方なのかと思っていたけど、なかなか懐が深い方でらっしゃるのね」

そう言いながら、ナイフが全員分の飲み物をお盆に載せて、テーブル席に来た。

「ああ、王女の影武者さんだったわね。私はナイフよ、よろしく」

卓上に飲み物を並べる、鍛え上げた男性の体躯と女性らしい振る舞いを兼ね備えたナイフを見て、ミリアは即座に尋ねる。

「ナイフさま…、ナイフ。ええと、あなたを示すときは、『彼』と呼ぶべきかしら、『彼女』と呼ぶべきかしら。こういうことは最初に確認しておかないと、あとで不快な思いをさせてしまうのもよくないから」

「まあ」

そう感激してリカルドを見るナイフ。この年齢にしてこの洗練された振る舞いは、流石である。

「お気遣いありがたいわ。私、男性としての体を鍛えるのは好きなのだけど、女性としての心を磨いているの。『彼女』でお願いしたいわね。あと、このお店で私を呼ぶときは『ナイフちゃん』ね」

そういって胸板を張り、力こぶを作ってウインクした。

「ええ、ナイフちゃん。あなたはとても美しいと思うわ。彫刻のような体にブロンズの肌、素晴らしい美的センス……」

そう、うっとりとナイフを見上げるミリア。
「ま、王族、の影武者、の方は感性も素晴らしいのね。よく分かってらっしゃるわ」とナイフはまんざらでもない様子で、席へと座った。

(おお、一瞬にしてナイフちゃんを味方に付けた…)

リカルドは微笑みながらも、聡明で素直なミリアの受け答えに恐縮していた。



 「さて、ミリアは今、15歳のはずだね。15歳の女の子を一人、この街中に放り出すわけにはいかないから、これからどうするか考えるためにもいろいろ話を聞きたいんだけど…。と…」

リカルドが、ずっと不思議そうにミリアを見ているゴナンに気付く。

「ああ、その前にゴナンにちょっと説明しないとね。北の村やこのストネの街なんかがあるのが『ア王国』という国だってことは、知っているよね?」

「うん」

 これも、恐らくアドルフが一般教養として教えてくれている。あの村の他の人々は、自分たちの盟主が誰なのかなどまるで気にも留めていなかったし、おそらく中央からもあの地域は忘れられている存在だった。

「王都は『アステール』。このストネの街からはずっと北東にある、大きな都だね。そこにあるお城に王家のアステール家も住んでいる。なぜ国の名前が『アステール』ではなく『ア』の一文字なのかは諸説あるんだけど…と、この話はいいか」
すぐ、小難しい話を語ろうとしてしまうのは、学者の悪いクセだ。

「今の王様はフィンレイ王だ。彼には子どもが2人いて、王太子のアーロン王子と、王位継承権第二位のミリア王女。彼女がそのミリア、の、影武者」

 そうして、ゴナンにこの王国の王子・王女の影武者の慣習について教える。うんうん、と素直に頷きながら話を聞くゴナン。

「アーロン王太子は今、22歳でもうとっくに成人しているから、城外での公務にも就いているし肖像画なんかも出回っているね。なかなかの美男子だった記憶があるなあ…」

そういえば、顔立ちはミリアによく似ているような気がする、とリカルドは気付いた。

「肖像画、どこかにあったら、見せてあげるよ。王太子はそろそろ、お嫁さんをもらってもいいお年頃だね」

リカルドはミリアにそう話しかけたが、兄の名を聞いてミリアの表情は少し硬くなった。兄に内緒で城を出てきた負い目だろうか、と思い、リカルドはそのまま話を続ける。

「…そういうわけで、本当は城から出てはいけないはずのミリア、の影武者、が、巨大鳥に乗って家出をして飛び回って知らない内に国境侵犯まで犯したあげく、王都からはるか離れたこの宿場町の場末の女装バーに一人で居るというのは、まあ、なかなかに、刺激的な状況なんだよね…」

「うん…、何となく、わかった。刺激的…」

ゴナンは頷く。相変わらず飲み込みが早い。

「…ミリア。家出の理由を聞いても良い? その理由いかんによっては、僕らはあなたを軍に任せて、保護してもらわないといけなくもなるから…」

その言葉を聞いた途端、ミリアの表情は豹変した。

「…ダメよ! 絶対に、もう2度と城には戻らないわ!」

ミリアは声を荒げる。その声の大きさに、一同は一瞬、身じろいだ。


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