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連載小説「オボステルラ」 11話「そして」2



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登場人物



 穴の底から急に湧き始めた水は、足の甲まで浸したかと思うと、とたんに吹き上がった。水脈に当たったのだ。水面がみるみる上昇する。2人は駆け上がる間もなく、水に飲み込まれた。
「リカル……っ、おれ、泳げな……」
「お、おちついて……!」
なすすべなく暴れるゴナンを、リカルドが背後からなんとか抱えて、陸地へと上がった。
「大丈夫ですか!」
 ランスロットとアドルフが2人を引き上げるが、水量はさらに増し、穴から溢れ出て窪地まで広がり始めた。慌てて窪地を駆け上がる4人。そしてようやく、一息ついた。

 水はまだまだ吹き上がっている。あれほどに待ち望んだ水が、あっけないほどみるみる広がり、たまっていく。この荒れ果てた景色に不似合いなほどに美しい水。水を求めて何人が命を失ったか。しかし、彼らの屍が横たわるはるか深くで、きっと太古の昔から変わらず、泰然と命の水は流れ続けていたのだ。

「……ゲホッ、ゲホッ……」
水を飲んだのか、ゴナンが咳き込む。背中をさするリカルド。
「大丈夫か?」
「……ハアッ、ハアッ。は、はは……。死ぬかと、思った……」
そう言ってゴナンは笑って、仰向けに寝転がった。
「水、出たね……」
喜びも達成感も大きかったが、ゴナンは噛みしめるように、小声で呟いた。
「うん、出たね…」
横ではランスロットが飛び上がって喜び、「みんなに伝えてくる!」と駆け出す。

 アドルフは、湧き上がる水の様子を、やはり何かを読み取るように見ていた。窪地を水が埋め尽くしたところで、水位がようやくとどまった。
「……井戸、というより、新しい泉ですね、これは。こんなに勢いよく出るものなんですね…」
「いや、驚きました。太い水脈なのかもしれません。運がよかったようです。自噴しているようなので、水を汲み上げる必要がなさそうなのがまた、ありがたい。いやあ、すごい、ここまでとは」
リカルドが、興奮して早口でアドルフに答える。
「この窪みの地形は、もともと泉のようなものがあった跡だったのかも知れませんね。途方もなく昔のことでしょうが」
「確かに……。そうなると、この村の他の場所の水脈を見つけるヒントにもなりそうですね。今回と似た条件の場所があれば、あるいは…」




 リカルドとアドルフがまた、何やらあれこれ議論を始めてしまった。その横でゴナンは、溢れるほどの水の輝きを、じいっと眺めていた。先ほどまで掘っていた穴の入口まで見える、濁りのない水。以前の泉の水とは全く違う透明度だ。これで、ここから、いろんなことがうまくいく。
 そうして、あれこれ小難しい話が弾むリカルドとアドルフの様子を見つめる。地質の知識を生かして、地面の様子を観察して、水脈を予測して、崩れない穴の堀り方で、時間をかけて掘った穴から、きちんと水が出た。

(……ある意味、魔術)

 占いでしか水脈を予測できなかった人々にとっては、きっとこちらの方が、魔法の様な所業。それを自らの手と知識で可能にした2人の姿があまりにも目映かった。そして、自分が持っていない物のあまりもの多さに、落胆することにもつながってしまった。
「……ゴナン?」
 リカルドが、ゴナンの様子に気付いて声をかける。もっと激しく喜ぶものだと思っていたのに、元気がない様子だ。
「大丈夫? 体調悪い?」
「…大丈夫だよ、そんなに体、弱くないよ」
 アドルフは、兄が連れてきた村人達の方へ説明をするために駆けていった。座り込んだまま湧水を見つめて無言になってしまったゴナンの横へと行く。
「濡れてしまったね、ゴナンも一回、服を脱いで、乾かした方がいいよ」
そう言って、リカルドは上着を脱いだ。上半身全体に入った這うようなアザがあらわになる。ゴナンはそれに目を留めた。
「あ……、これは……」
「ケガ?やけど? 大丈夫?」
「ああ、どちらでもないよ、生まれつきなんだ」
「……そうか、痛くないのなら、よかった」
そう言って、自分も服を脱ぐゴナン。それ以上、特にアザのことは気にならないようだった。リカルドはふふっと微笑んで、横に座る。
「いやあ、疲れたけど、水が出てよかったねえ」
「……うん…、嬉しい」
「……?」
「もう、リカルドさんは、ここでやるべき事は終わったんだよね」
 ゴナンがそう呟くように話して、リカルドははっとした。
「…ああ、そうだね」
「…水が出たし、これでひとまず喉は渇かなくなって、体も拭けるし、畑にも水もやれるようになるかもしれないし、そうすれば食べ物も少しは採れるようになって、また、もとの生活……」
 淡々と語るゴナン。「もとの生活」とは、リカルドがこの地に来る前に切望していたものとは、意味合いが変わってしまっていた。
「……もう少しだけ、いるよ。この水の周りの設備なんかも整えるお手伝いをしたいしね」
「もう少し……」
 それ以上何も言わなかったが、全身から寂しさが溢れている。リカルドはもう、一緒に卵を探しに行こうと気軽に声をかけられなかった。ゴナンの思いだけではどうにもならないことだ。そして、彼の気持ちに、リカルドと出会うことがなければなかったであろうさざ波を立ててしまったことの責任を感じていた。


(もし、本気で誘うなら、きちんと順を追ってからだ)



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