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連載小説「オボステルラ」 【第三章】2話「ツマルタの街にて」(2)


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第三章の登場人物



2話 ツマルタの街にて(2)


 「売れた…」

ゴナンは、自身の手の中にある硬貨をじっと見ていた。干し肉と薬草にも主人は感嘆し、少し良い値をつけてくれたようだった。もちろん、いつものリカルドの値段交渉も挟みつつ。
潤沢にお金を持っている様子のリカルドだが、なぜかこういう値段の交渉ごとは喜々として行う。

「ね、僕の言ったとおりだったろ? あ、でも早く財布に入れて。この街はストネよりもちょっと物騒だから、盗られちゃうよ」

リカルドのその助言に、ゴナンは慌てて小さな布袋に硬貨をしまう。アドルフからもらったへそくりが入っている財布とは別の袋だ。

「うん、でも、こんなに高く売れるなんて」

布袋をギュッと大事そうに懐に収めるゴナン。結局、全部で500アストで買い取ってもらえた。

「あそこの主人は見る目があるから、良い物にはきちんと対価を払ってくれるんだよね。きっと、ゴナンが驚くほどの高値で、あの店で販売されるよ。それでもすぐ買い手がつくと思う」

「そうなんだ…。でも、干し肉の方が割高で売れたね」

「それは、そういうものだよ。手間暇がかかってるし、技術がないと美味しくできないものだからね。この街で売られているものも、おんなじ感じなんだよ。良い素材やすごいアイデアや、開発までの時間や技術や、そういう付加価値のあるものはそれだけの価格がつく。そういうのを見るだけでも、楽しいんだよね」

リカルドはまだ上機嫌だ。ゴナンの技術が高く評価されたことが、嬉しくてたまらないのだ。

「それにしても、やっぱりゴナンは猟が上手なんだね。お兄さん達に教わったの?」

「いや…、干し肉作りは母さんに習ったけど、狩りは村のおじさんに教えてもらった。兄ちゃん達は猟はあんまり上手じゃないから。だから、肉を獲るのは俺の仕事だったし」

「へえ、そうなんだ」

今も貧しい北の村に住む、ゴナンの4人の兄達。ゴナンが生まれる頃に、違う土地からあの村に流れ着いたと言っていたから、村で生まれ育ったゴナン以外は狩りが不得意というのも仕方ないのかもしれない。

「あ、でもランス兄とリン兄は弓矢ができたから、鳥を獲るのだけは上手だったな」

「ああ、確かにあの双子は、弓矢が上手そうな雰囲気あるなあ。弓は教えてもらわなかったの?」

「あの二人にお願いしても、いじめられるだけだから」

そう言ってゴナンは少しうつむく。6人きょうだいの5人目の悲哀か、ゴナンはきょうだいの中でもあまり存在感がなく構われていない雰囲気だった。特に双子の兄とまともに話しているところは、リカルドは村の滞在中に一度も目にしていない。

「そっか…。弓矢。あると便利だよねぇ」

「…?」

「あ、着いたよ。ここが僕の拠点」

そう言ってリカルドは、1軒の家、というよりは小屋と形容した方がよい風体の、木造の平屋を指した。

「久々に来るから、ちょっとほこりっぽいかもなあ。さあ、どうぞ」

そう言って鍵を開ける。中は、LDK兼書斎のメインルームと、リカルド自慢のキングサイズが鎮座する寝室、そしてもう一つ部屋の扉が見える。リカルドは窓を開けて風を通した。

「普段は1人で使うから、ちょっと狭いけど」
「そう? いいお家だよ」

キョロキョロ見回してそう評価するゴナン。リカルドのニコニコが止まらない。

「あ、こっちの部屋、見る? 見る? 見てよ」

ゴナンに尋ねられてもいないのに、リカルドはもう一つの扉へとゴナンを誘った。ドアを開き発光石の照明を付けると、そこには、棚にギッシリと詰まった、何かしらの機械などが見える。

「うわあ…」
「ね、凄いだろう? 見る? 見る? どれを見たい?」

リカルドがゴナンを部屋に引き込み、また聞かれてもいないのに、目に留まるものから説明を始める。

「これは、料理で泡立てを楽にする機械だね、このボタンを押すとホラ、先が回るんだよ。上手くボウルに当てないと中の食材が飛び出しちゃうけど。これは肩のマッサージをしてくれる機械。ネジの仕掛け式でね、1回巻くと2分程動くんだけど、巻くのが堅いから動かすまでに疲れてしまうのが玉の傷なんだけどね。これは、注いだお茶を運んでくれる人形。3回に2回くらいはお茶をこぼしちゃうけど。この棒は遠くのものを取りたいときに先が手のように動くんだ。掴めないものが多いけど。それに…」

「……」

ゴナンは、リカルドが喜々として説明する機械を見て沈黙する。ナイフがいれば「何このガラクタ」と一蹴してくれるのだが、ゴナンにはリカルドにかけるべき言葉が思いつかない。代わりに、なんとも言えない表情でリカルドを見つめるだけだ。




 そんなゴナンの様子を気にも留めず、リカルドは「あ、そうだ」と部屋の奥の方をゴソゴソと探る。そして、一つのモノを出した。

「これ、機械じゃないけど。弓」

「あ…」

「これはね、弓のここに仕掛けがあって、標的に焦点を合わせやすくなってるんだ。とはいっても上手に当てるためには練習が必要だけど、あると狩りに便利じゃないかな?」

「どうしてこれ、持ってるの?」

「いやあ。この弓の姿が美しくてね。職人の一点物なんだよ。でも、やっぱり飾るだけじゃなくて使った方がいいよね。矢はどこにやったかなあ…」

「……」

確かに、妙に“雰囲気”のある弓だ。恐らく値段も高いのだろう。ゴナンは手にして、ぞくりとした。

「これ、なんだか怖いね」
「?」

剣のときのように目を輝かせるものだと思っていたリカルドは、ゴナンの予想外の反応に少し驚いた。しかし、すぐに納得した。

「…ああ、なるほどね」

「?」

「ゴナン、この弓は帝国との戦乱中に武器職人が作ったものなんだよ。つまり、狩り用じゃなくて、人を射るために作ったってこと。使われてはいないけどね」

「人を射るため…」

改めて弓をじいっと見るゴナン。リカルドは、ゴナンのそんな勘の鋭さに感心している。

「もちろん、これで人を射ってくださいなんて書いてないし、強い武器は良い狩り道具にもなるんだから。人に向けなければいいだけだよ。それでも気になるなら、無理には勧めないけど…」

「…そうだね。それを言い始めると、この剣だって同じだし…」

ゴナンは弓の弦をぐっと引いてみる。ゴナンの腕力では、まだまだ硬い。

「…この弓が引けるくらい力がついたら、練習するよ。そして、鳥も獲れるようになる。だから、旅に持っていっていい?」

「うん、そうだね。そうしよう」

 リカルドはゴナンの頭をくしゃっと撫でて、また聞かれてもいない他のガラクタ、もとい機械の説明を始めた。

ゴナンはまた、なんとも言えない表情に戻った。

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