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連載小説「オボステルラ」 【第三章】3話「価値」(3)


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第三章の登場人物



3話 価値(3)


 工房からお店の方へと戻ってきたゴナン。

「ゴナン。僕の寝袋と同じモデルが今、在庫が一個あるって」

店舗ではリカルドが嬉しそうに、棚に並ぶ商品のあれこれを眺めていた。ゴナンは目を輝かせて寝袋コーナーへと向かう。が…。

「……2万アスト……」

「え! そんなに、いいお値段なの?」

 値札を見て固まるゴナン。ナイフも思わず驚いて声を上げる。ちょっとした月収並みの金額である。しかし、リカルドはキラリと瞳を光らせた。

「それはそうだよ。使われている素材はどれも希少なものだし、中でもリープ鳥の胸の羽毛は、寝袋1つに20羽分のボリュームが必要なんだよ。リープ鳥自体が珍しい鳥だからね。それに、この工房の技術は優れているし、手縫いも丁寧だしね。この高い機能性を含んでいるのに、収納時にはこれだけコンパクトに丸められるような構造も、実はかなりすごいんだよ。諸々合わせると決して高い金額ではないんだよ」

リカルドが、先ほどのタイキと同じような雰囲気でまた朗々と語る。その言葉にミリアも応えた。

「そうね、それだけの材料だと聞くと、このお値段でも安くすら感じるわ。もし、今、奥で作られているのがすぐ完成するようなら、わたくしも一ついただこうかしら…」

「…まあ、さすが王ぞ……、お貴族様ね……」

半ば呆れ顔で呟くナイフ。エレーネもこの価格にそこまで驚いている様子はない。

ゴナンは、自分のお金を入れた布袋を覗き込む。ここに入っているのは、『フローラ』で2日間働いた分のお給料と、昨日ウサギ肉を売って稼いだ分、合わせて3500アスト。アドルフからもらったお金を足しても到底足りないし、そもそもゴナンはあのお金を使うつもりはない。

「……全然、足りない……」

「え? これは、僕が買ってあげるから大丈夫だよ。気にしないでよ、ゴナン」

リカルドが慌ててゴナンにそう説明した。2万アストのものをポンと買ってしまうリカルドの金銭感覚もどうかと思うが、ゴナンはふと自分の腰に下げている剣に目を遣る。

結局これも当然のように買ってもらってしまったけど、いくらだったのか金額を確認していない。腰に留めているナイフ代もだ。街での食事も全部リカルドが払ってくれている、昨日あんなにお代わりしてしまった牛乳も。だけど…。

「……俺…、自分の体を鍛えている場合じゃなかったな…。もっと、きちんとしないと……」

「ゴナン?」

先ほどまでのワクワク顔から、表情が一変したゴナン。リカルドが戸惑ったように声をかける。

「ねえ、ゴナン。僕が君の保護者なんだから、気にしないでいいんだよ。それにこれは、君にこの寝袋を使って欲しいっていう僕の自己満足でもあるんだし…。ね、お金のことは気にしないで」

「……」

ゴナンは瞳に少し哀しそうな光を宿してリカルドを見上げた。自分と同じ年頃の少女があのしなやかな手で、2万アストもの価値あるものをつくり上げる姿を見た後では、ただ与えられるだけの自身の姿があまりにも惨めに感じられた。こんな自分に、皆と一緒に巨大鳥や卵を追う価値があるのか。

「…俺には、もったいないよ、これ…」

「ゴナン? 大丈夫だよ、気にしないで。ナイフちゃんも、もっと上手に甘えていいって言ってたじゃないか。甘えてよ、ね」

リカルドがなだめるように声をかける。でも、ゴナンはうつむいてしまった。

「……いらない…」

「ゴナン?」

リカルドがかがんでゴナンと目を合わせようとしても、ゴナンはぐっと床を見つめてしまって、顔を上げない。とても頑なな態度だ。そしてボソボソと呟くように言う。

「……これ、ミリアが買いなよ。ミリアに相応しいものだよ」

「えっ?」

ミリアは驚いた様子でゴナンを見つめ、そしてリカルドを見る。黙ってしまったゴナンに、リカルドはどう声を掛けていいのかが分からない。

「ナ、ナイフちゃん…」

うろたえてつい、ナイフに頼ってしまうリカルド。
すがりつくようなリカルドの目線を受けて、ナイフはふう、と息をついた。


「まあ、そもそも今日は、工房見学と巨大鳥の情報収集でしょ? 慌てて買うかどうか決める必要もないわよ。ひとまず今日はこれで失礼しましょ」

そのナイフの言葉にリカルドも同意した。ミリアもゴナンの様子を気にしながら、何も買い物はせずにエレーネと店を出る。リカルドは店内で、タイキと何かを話しているようだ。その隙に、ゴナンはナイフに尋ねた。

「…ねえ、ナイフちゃん。この街には『フローラ』みたいなお店はないのかな」

「? まあ、あるにはあるけど…」

「ナイフちゃんに接客の仕方習ってるから、そこで働かせてもらおうかな」

「えっ? でも、この街はストネと違って荒っぽいお客さんが多いからちょっと危ないわよ。……じゃなくて…。この街は女装バーはなくて普通のラウンジだから、接客するのは女性で…。いえ、そうじゃなくて。…そもそもあなたは法律では夜の店で働いてはいけない年齢だから。……でもなくて……」

「……それか、今から草原に戻って、狩りに専念しようかな…。でも、買い取ってもらえる額を考えると、かなり獲らないといけなくなる…。干し肉を作るのも少し時間がかかるし…」

「ゴナン……?」

ナイフはゴナンに目線の高さを合わせて、その琥珀の瞳をじっと見た。

「ゴナン。あなたが今、ここにいるのは、仕事をして稼ぐためではなくて、巨大鳥を追って旅をするため、でしょ? そんなに必死にお金を稼ごうとする必要はないのよ。ちゃんとリカルドが面倒を見るんだから」

「……」

「どうしたの? リカルドが保護者だって言ってたじゃない?」

「うん、でも……」

ゴナンは目線を落とす。

「俺、何もできないから……」
「……?」

ナイフは首を傾げる。と、リカルドが「ごめん、お待たせ」と店から出てきた。一行は次の工房へと歩みを進める。

「ゴナン、無理強いしてゴメンね」

そう謝るリカルドに、ゴナンは無言で首を横に振る。なぜゴナンがここまで頑ななのか、リカルドには分からないままだ。


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