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カウベル

私にも、好きな人が居たっていいと思うの。
どんな形であっても、男同士の恋愛があるように、私にも焦がれてならない女性がいるわ。
しかも彼女は声を発しない、小説の中にいるあの子だけど、名前はあるのよ。
マリー。
あの子は大好きな男性にいやらしい唇で応えるわ。私はそういった欲がないけれど、あなたにきっと恋焦がれて止まないのよ。
だから鈴木くんとはお付き合いはできないの。
つまり恋敵でしょう。
「とか言うんだよ」
「で、その子の名前はえっと?」
「カウベル」
「名前くらい聞いとけよ。ばかだなあ。それにしたって、カウベル何個あるんだよ、お前」
「良いカウベルと悪いカウベルが居てな。その、マリーが好きなカウベルは悪いカウベルなんだよ、中学生の時の同級生だったんだが、席を立って急に、急にだぞ、歌い出したんだ。それで惚れた」
「待てよ、だったら名前くらい知ってるんじゃないのか!」
「いや、その」
「お前って本当、人の名前覚えないよな。人のこと楽器にしか見えないんだろ。俺は確か、太鼓だっけ?」
「いや、さすがに覚えたよ、しかだろ?」
「は?」
「え?」
「なんでしかなんだよ。この美しいバリバリのモテ男の名前がしかなんて、間抜けだろ」
「しかおじゃなかったっけ、和太鼓の本名」
「せめてドラムにしてくれない?」
「いや、和太鼓なんだよ」
「あっそう...…それでそのカウベルその1はつまり卒業後会ってねえの?」

渡すものがあるから、高校生になって大学生になって大人になった時、この桜の木の下でお会いしたいわ。その頃鈴木くん、きっと他の女の子と一緒に居て、私だけが待ちぼうけ食うと思うの。そしたら、マリーの正体をひとりで呟くわ。だから鈴木くん、そんな目をしないで。

「ってことで、今日成人式だし二十歳だろ?」
「え、行くの?」
「お前も来る?」
「なんか面白そうだから行く」

その日は吹雪いていた。桜の木の下にたどり着いたシカオと鈴木は、唖然とする。
首を吊った女の人形がそこにあったのだった。
そして雪に埋まっていくのは果たしてマリーなのか、カウベルの一人なのか......。ひとまず鈴木はほっと胸を撫で下ろした。シカオは聞き逃さなかった。鈴木のつぶやきを。
「マリ子、生きてんだ」

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