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防災の日に向けて。歴史を直視できない悲しさ

明日9月1日は防災の日です。1923年9月1日は関東大震災が発生した日であるとともに、暦の上では二百十日に当たり、台風シーズンを迎える時期でもあることから1960年6月11日の閣議で、9月1日を防災の日とすることが了解されたことが了承されたそうです。

私たちは、関東大震災について大規模な自然災害という観点からばかりではなく、震災の混乱の中でデマが流され、それを信じた当時の警察や自警団などが多数の朝鮮人や共産主義者を虐殺した悲しくむごたらしい事件についても教訓として学んできました。

これは日本国内で起こった事件であり、私が目にした文献でも史料がたくさん残されていることが示されています。

防災の日を前にした2023年9月30日、松野博一官房長官は記者会見で、関東大震災の直後に起きた朝鮮人虐殺について「調査した限り、政府内で事実関係を把握できる記録が見当たらないところだ」と述べたことがニュースになっています。驚くべき発言です。

[時事通信社 2023年08月30日12時24分]

関東大震災直後に起こった虐殺の歴史は何の罪もなく被害にあわれた方々にとっても、私たちにとっても、重く苦しくつらいものです。しかし歴史を直視できない国になることは私たちにとってはさらに悲しく、恥ずべきことだと思います。

内閣府のホームページに掲載されている平成21年3月に中央防災会議 災害教訓の継承に関する専門調査会から発表された「1923 関東大震災報告書【第2編】」には第4章において流言や殺傷事件の発生について記載されています。

松野官房長官の発言が政府としての見解なのかわかりません。しかし、たとえ歴史の真実を辿ることは困難を伴うとしても、私はどんな立場の歴史学者でも、このような発言を容認するべきではないと思います。

たった100年ほど前の国内の歴史さえ把握できない、あるいは把握する努力を無駄だと言っているような、このような発言を容認することは、歴史学が無能であると自ら認めるようなものだと思います。この発言は過去から真剣に学ぶ気が無いことを自ら宣言しているようなものだと思います。

私自身はこの発言はここ最近の政権の体質をよくあらわしているものと感じています。


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