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小川未明『青い石とメダル』読書感想文(たかつかな)

 私は3年ほど前から柴犬と共に暮らしている。迷い犬だったところを保護されて、動物愛護センターから引き取った、約10歳のシニア犬だ。そのせいか、「犬ころしに見つかったら殺されてしまうかもしれない宿無しの犬」という文章を読んだだけで喉の奥がきゅううとなった。この物語の中に我が家に来る前の犬が居るかもしれない、と思ってしまったのだ。

 次回公演の戯曲『留守』を書いた岸田國士さんと同時代を生きた作者小川未明さんの本を幾つか読んでみた。
そのうちの一つ『青い石とメダル』は、まだ野犬の多くいた昭和初期に描かれた短編で、青空文庫にも掲載されている。

 主人のいる犬は首輪に【畜犬票】をつけてもらい、犬ころしから守ってもらえていた。しかし、主人のいない、家のない犬は【畜犬票】をつけてもらえない。主人公の勇ちゃんは、可愛がっている野犬の「クロ」が犬ころしに殺されないために、いろいろ知恵を絞っていた。その行動が『青い石とメダル』という題名に繋がる。
最後には、勇ちゃんのその懸命さに、親が心動かされた一言で終わる。

 勇ちゃんはクロの背をなで、腹を掻いてやり、その毛の柔らかさや温い息を体感として知っている。「このクロを守ってやれるのは自分だけだ」という気持ちから責任感が生まれ、考え行動するに至ったのだろう。

 私にはその気持ちが痛いほどよくわかった。私も初めて犬と暮らしてみて、こんなにも愛しい気持ちになるものなのかと驚いている。いや、子どもの頃から憧れていたことだし、半ば諦めかけていた夢が叶ったのだから、想定はしていた。していたが、その想定をはるかに超えてくるのだ。「この子は私が守らなければ」という気持ちになると、もう本当に、些細なことでも大きく心配し、毎日新鮮に可愛いと感動するのだ。
そんな風に自分と勇ちゃんを重ねてしまったので、文字を追いながら「どうかクロが殺されてしまいませんように」と願っていた。そして最後には、ほろりと涙がこぼれた。よかったね、クロ、勇ちゃん。

 しかし私には、勇ちゃんのようなパートナーとなる人間がいなかった他の犬も気掛かりでならない。勇ちゃんは「畜犬票をつけていない犬を見てあわれに思い、そのたびにクロが心配になった」とあるが、私はクロという名を見るたびに「名もない犬たち」が気になったのだ。クロに成れたかもしれない犬たち。我が家に来るかもしれなかった犬たち。

こんな一文が挟み込まれている。

しっかりした人間の助を受けているものと、なんの助もないものと、どちらがしあわせでありましょう?

 なんという、人間勝手な話だろうか。人間の助けが犬の幸せを左右するというのだから。まるでこの世界は人間が支配しているかのようだ。しかし現実はその通りなのだ。2020年の今では、(「犬ころし」のおかげか)街に野犬はほとんどいなくなり、ほとんどの犬たちは狭い檻の中で繁殖され、明るすぎるペットショップで売られている。繁殖犬たちは死んだら「産業廃棄物扱い」であるし、捨てられた犬や山に居た野犬は、持ち込まれた保健所によってはガスで殺される。なんて残酷なことだろう。そしてほとんどの人がその事実を知らない。それか知らないフリをしている。知らなくても生活に支障がないからだ。人間は今や、犬の命運を握ってしまっているのだ。(もしくは握ったつもりになっているのだ)

 常々思う。人間のせいで住処を追われ、暮らしを追われた動物たち植物たちがいるということに、本当に申し訳ない気持ちになる。私なんかたった一人ぽっちの人間であり、正直どうしようもないことだ。けれど、その無力さに心を殺されてはいけない。その中の命をひとつだけでも助けられるような人間でありたい。

人間のせいで酷い目にあっている動物たち植物たちがいる。そのことを知って心傷める感性を持つこと、考え行動すること。私の心の中にいる「勇ちゃん」を忘れてはいけない。そして願うのは、名前も家もない犬たちも安心して暮らせるような世界になることだ。途方もないことのように思えるが、何事もまずは一歩ずつ。続けた先でしか、願いはかなわない。

 作者の小川未明さんに「あなたの手を差し伸べることも引っ込めることも、あなたにしかできないことだ」と釘を刺されたような気分になった。
感じて、考えて、行動して。私はこの本で情操教育を受けたのだ。


小川未明『青い石とメダル』読書感想文 たかつかな


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