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【お題】12.心の傷

 美しいエメラルドグリーンの海が広がっている。とある南国の無人島。俺は独り砂浜に座っていた。柔らかな風がそよぎ心地よい。俺は海を見ながら考えていた。

 明らかに自分の心境が変わってきているのを感じていた。今まで漠然としか思わなかったことや、多分そうであろうと想像した感覚が、リアルな感情として感じられることが多くなった。俺は、生き返った代償で感情が欠けていた。だから、他人も自分自身も本当の気持ちが分からないことが多かったし、どうでもいいとすら感じていた。

 俺の周りは敵だらけだったし、生き残ったものの、復讐を果たそうとは思ってはいなかった。俺が生きていることが、復讐でもあったからだ。

 正直、あのまま死んだ方が楽だったかもしれない。

 敵の命を救う仕事をやらされ、力を奪った相手の面倒を見る生活。しかも、相手は俺を恨むどころか、慕っている。………これは罰なんだろうか。絶滅され、奴隷にされた俺に対する罰なのか。もうどうでも良かった。つい最近までは。

 カネチカへの思いを受け入れたとき、明らかに俺は変わった。

 ずっと一貫して俺を愛するカネチカに、俺は応えようとした。彼のために何かしたい、彼の喜ぶ顔が見たい、それらの感情が生まれたのだ。………非常に不思議な感覚だった。

「俺、どうかしたのかな」
 誰にいうでもなく独り呟くと、
「元に戻っただけよ」
 久しぶりに聞く幼なじみの声に、俺は振り返った。
「俺に会いに来た?」
 いつもなら悪態をついていたが、今は全くそんな気にはならない。むしろ、相手の気持ちが伝わるだけに、確かめるようなことを言ってみた。
「……そうよ。アタシはあなたが好きだもの」
 そう言ってシリウスは俺の隣に座った。
「奴隷だったのに?」
「関係ないわ」
「それなのに、カネチカがあなたを奪ったのよ。……だから嫌いなの」
「なんで俺が好きなの?」
 シリウスは薄く笑った。
「知らないわ。そういうものじゃない?好きになるって」
「………そっか、なんか分かる気がする」
 シリウスは嬉しそうに笑った「良かったわね」
「何が?」
「感情、元に戻ったんじゃない?」
「まさか」
 と、言いながらもどこか腑に落ちていた。
「ヒトに長く装着している所為なのか、癒着している所為なのか分からないけど。だから自分がカネチカにふさわしくないって思ってるんでしょ?アカラサマに傷まで残して」
「どこまで知ってるんだ?ストーカーだな」
「失礼ね。見守ってるだけよ。アタシはあなたの幸せを誰よりも望んでいるのよ」
 俺は、ジッとシリウスを見つめた。
「その割に、カネチカくんへのストレスを俺にぶつけてたよな」
「仕方ないじゃない。彼は「特別」なんだから。下手なことは出来ないわ」
 その「特別」を奪ったのは俺だ。
「———特別、だな。確かに」
 カネチカはその「特別」な力を奪われても「特別」だった。彼にはそんな力なんて何の価値もないのだろう。俺は胸が苦しくなった。
 そんな俺の姿を見て、シリウスはため息をついた。

「好きになったのね、カネチカのこと」

 そう言われて初めて自分の気持ちに気付いた。
「———好き、なのか、これが?」
「そうよ。苦しいの。でも、とても嬉しいし力になるわ」
 シリウスはそう言って立ち上がった。
「複雑よね。絶滅させた種族をただ憎むだけならまだしも、そんな種族の「特別」から慕われるのは。しかも、本人はその「特別」を奪われても気にしてないなんて」

 俺は何も言えなかった。どうしてカネチカはそこまで俺を慕うことが出来るんだろう。奴隷の俺を。力を奪った俺を。俺を殺した罪悪感?でも記憶を封じられた時も、俺を慕っていた。思いだして、真相も全て分かったときも、俺をずっと愛してくれた。なぜ?

「俺は、カネチカを好きになっちゃいけない…本当は分からないままでいたかった。その方が、苦しまずに済むから。でも………そんなずるいこと……」
 なぜか、俺は泣いていた。………びっくりした。俺が泣くなんて。
「ずっと俺は俺しか信用してなかった。みんな敵でいつ殺されるか分からなかったから。いくら慕ってくれても俺は奴隷で、カネチカの身代わりだった。俺は、俺の為だけに生きてきた。この特別の力を奪って生き残ることが復讐だから……なのに……」

 カネチカが俺を恨むならともかく、愛するなんて意味がわからない。そんな彼を俺は嫌いまでは行かなくても、好きじゃなかった。なのに、今は………。

「俺は………カネチカを本当に好きになってたんだ」
 そういった瞬間、胸につかえていた何かが少し軽くなった気がした。以前、カネチカに伝えたときとは違う、確信した気持ちだった。
「………アタシ失恋したわ、今」
 シリウスが俺を見て苦笑した。その瞬間、彼の言う「好き」の意味を知った。俺が奴隷として地球にやってきた時からの幼なじみの気持ちを。彼は初めて会ったときから「対等」に付き合ってくれた希有な存在だった。
「———幼なじみじゃ駄目?」
「いいわ。好きな人の幸せがアタシの幸せだもの。幼なじみとしてこれからも付き合うわ」
「ありがとう」
「あなたの抱えてる大きな傷は簡単には癒えないだろうけど、カネチカならきっと癒してくれるわ………あとアタシも💕」
 そう言ってウインクされたが、俺は苦笑するしか出来なかった。
「だから、もう傷跡は残す必要はないわ。それはあなたの戒めらしいけど、カネチカには罪の象徴よ」
「あ………」
 俺は改めて反省した。戒めなんて格好つけてるけど、単なるエゴだ。ハッキリ言ってくれたシリウスに感謝しなくては。
「うん、消しておく。もうカネチカを苦しめない」
「じゃ、アタシは仕事に戻るわ………またね」
「うん」
 シリウスがふわりと消えた。なんだかんだと彼は面倒見が良い。

 俺はしばらく海を見つめて、ようやく立ち上がった。

 帰ろう、カネチカの元に。

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