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暗箱奇譚 第2話

「おーい。要ちゃん大丈夫?」

 その声にやっと我に返った俺は、ニカをまじまじと見つめた。
「なんで、ニカがここに?」
「ここはうちの店だからね」
「………店…あ。」
 かなり混乱したが、本来の目的を思いだした。———協力者がいるという「花鳥風月」まで行って欲しい。先輩の言葉が蘇る。
「ニカ……が、始末屋の協力者…?」
「花山くんの可愛い後輩って、要ちゃんのことだったんだね」
 花山というのは、俺の先輩の事だ。やはりニカは先輩の言う協力者だという事だろう。しかし、なんでまたニカが。俺はまだ混乱していた。

「ニカ殿、羽鳥殿が混乱しておられます。説明が必要では?」

 渋い声が聞こえ、いつの間にか屈強そうな和装の男が現れた。口調は丁寧だが、目が恐い。
「そうかー。ごめんね、要ちゃん。こっち座って」
 ニカに促され、俺は席に落ち着くとニカが隣に座る。先ほどの男が、熱いお茶を振る舞ってくれた。この男はなんだ?ニカとどういう関係なんだ?新たな疑問を感じながら、俺はそのお茶を無意識に口にする。………すげぇ美味い。日本茶だと思うけど、こんなに美味いものだったのか?
「どこから説明すればいいのかなぁ」
 ニカがうーんと考え込んだ。
「花山くんにナンパされたんだよね」
「ナンパ?!」
 先輩が?あの堅物の先輩が?!
「うん。始末屋に入らないかって。でも、断ったよ」
「あ……そう。ナンパって言うのかな?それ…」
「とっても困ってるみたいだったから、協力することにしたんだ」
「……そもそも、ニカってそういう能力あったの?」
「僕っていうより、ノブさんがね。すんごい強いの」
 そう言って、背後に控えていた屈強な男に目をやる。
「ノブさん……?」
「要ちゃんは、始末屋やってたんだね。花山くんが言うには、最近出没してる輩には刃が立たないって」
 ずばり言われると傷つくが、本当の事なのでぐうの音も出ない。
「うん……」
「要ちゃんの頼みなら協力するけど、そもそもなんでこんなことになったのか、原因とか分かってるの?」
「いや、原因までは。人手が足りなすぎて、調査まで手が回ってないんだ」
「ふうん……」
 ニカは、不思議そうな顔をして「急だったからね」と呟いた。
「ニカは何か知ってるのか?」
「何かって?」
「急に今みたいなことになった原因とか、キッカケとか」
「さあね」
 軽い口調で、ニカは答える。彼はあの頃から、いい感じに力が抜けている軽さがあった。
「そこも調べないとイタチごっこだって分かってる。———こんな状況で、力を貸してくれるのは本当に助かるよ」
「うん。………でも、花山くんには言ってたんだけど、こっちも万全じゃなくて」
「え?」
「ノブさんの道具が壊れちゃってて。直るまで本調子じゃないんだ」
「あ、武器とか使うんだ………。え?先輩知ってたの?」
 驚く俺を見て、ニカは肩をすくめた。
「思ったより、混乱してる感じなんだね」
「情けないけど、人手も情報も不足してる。対応も後手に回ってるし」

 言ってて情けなくなった。専門の部署とは形だけ。今まではそれなりに対応出来ていただけで、その時点で人手は足りてなかった。そんな中、突然怪異が増えた。原因も充分に調べられず、その場を納めるので精一杯。………まったく、上が馬鹿ばっかだから、こんな事に。ずっと人材や予算を回してほしいと要望してたのに。

 俺は、心の中でいつもの悪態をついた。世の中の99パーセントは理不尽で出来てる。

 先輩の事は尊敬しているけど、大事なことを教えてくれない事が多々あって、今回もそうだった。転勤は急だとしても、協力者の情報を殆ど知らせない上に、なんとしても協力して貰えとか。無茶苦茶だ。せめて名前くらい教えてくれても良かっただろう。

「ねえ、もし花山くんから僕らの情報が伝えられてたら、ここに来てた?」

 ニカの質問に、俺の思考は途切れた。
「え?」
「僕がここにいるって知ってたら、要ちゃんは来てた?」
 一瞬、頭の中を覗かれた?と困惑したが、そんなことはあり得ない。
「………それは……」
 胸がチクリと痛む。まだ俺は引きずっている。でも、今の俺には協力者が必要だ。背に腹はかえられない。
「来てたよ」
「………そう」
 ニカは、すっかり冷めたお茶を手に取ってクルクル回している。

「要ちゃんは僕のこと避けてたのに」

 ドキリと心臓が跳ねる。一瞬で、フラれた後俺がニカにしてしまった数々の行動や態度を思い出す。いくら若かったとは言え、あれは人として最低だったと思う。

「昔のことだよ。………悪かった」
 俺がいたたまれなく謝ると、ニカはお茶を回すのを止めた。
「ノブさん。要ちゃんに協力してあげて」
「承知いたしました」
 ニカは席を立つと、「後はノブさんと話し付けて」
 そう言って奥へ消えていった。不安を感じる態度だったが、協力してくれるのなら問題はない。俺は頭を切り替えることにした。
「えっと———……」
「私の名はノブナガと申します。先ほどニカ殿が説明したとおり、本調子ではありませんが、協力させていただきます」

 やはり目が恐い。目力がすごいというか。武器が早く直ることを願いつつ、俺はノブナガと連絡先を交換した。薄暗くはあったが、やっと店内を見回すとそこは落ち着いた雰囲気のバーといった感じだった。
 俺が店を後にするまで、ニカは姿を見せなかった。

 ニカとノブナガの関係とか、なぜノブナガがそんな力を持っているのかとか、色々聞きたいことはあったが、今は無理そうだった。



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