生津直

在宅会社員。プロ作家志望。率直なご感想・ご指摘歓迎。

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ナバホの谷の赤い砂【短編小説】

 なぜ、この砂だったのか。  指の間をさらさらと通り抜ける感触自体は、さほど特別なものとは思えなかった。  その昔、似たような手触りを幾度も経験したはず。それなのに。  あの昼休みの校庭の砂場や、あの真夏の海水浴場と、何が違ったのだろう。  なぜ、この砂だったのか。未だにわからない。  これほど多くを見聞きし、多くに触れた一世一代の旅の中で、一体なぜ。   * * * * * *  この旅を実現できたのは、俺が無職だったお陰だ。一ヶ月ものまとまった休みを取るこ

    • 幕【短編小説】

       夫が浮気していた。三十近くも年下の彼女と、濃厚な口づけを交わしていた。ねっとりと腕を絡め合い、安っぽいラブホテルへと消えた。  その光景を目にしたショックはしかし、自分でも驚くほど小さかった。ああ、ついに来たか、と。予感はもう長いことそこにあったから。  二人の仲むつまじい様子は、いやというほど見てきた。見つめ合い、語り合い、笑い合うあなたたちを、間近でずっと。人並み以上に嫉妬したのは、親愛の情という建前に隠しきれない熱い炎を感じたからだ。私が妻と呼ばれる座におさまってい

      • 窮鼠SをM【短編小説】

         男は一本鞭を好んだ。使い込まれた自前の本革製。長さはせいぜい私の片腕ほどか。勢いよく振り下ろしても、ボスッ、と鈍い音がするだけであっけない……と思いきや。  四つん這いになった全裸男のいたいけな尻は、真っ赤に腫れ上がって私の邪悪な吐息を誘った。これほど美しい鞭痕は初めて見る。色白の男に無慈悲な道具。マスカレードマスクの下で、私の情欲がギラリとほくそ笑む。 「ああ、かわいい、きれいに色付いて。ほら」  男の顎をハイヒールの爪先でちょいと押し、鏡に向けてやる。 「はい、

        • 今では一滴も飲まない私が昔入りびたっていたバーの話 【エッセイ】

           行きつけのバーがあった。  すっかり手足になじんだカウンター席で日付をまたぐ頃になると、メニューにはないカレーライスなんかが「まかない」として私にも振る舞われる。それぐらいには行きつけていた。  地下鉄の終電が0時前後。私が店内でテッペンを越えるのはすなわち「今日はタクシーだからもうちょい飲ませろ」のサイン。店員は皆それを承知していて、いよいよ腰を落ち着けた私をもてなしてくれたものだ。閉店時刻の2時まで。ときにはそれをだいぶ過ぎるまで。  バーといっても、実は大手系列の

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        ナバホの谷の赤い砂【短編小説】

          彗星が迎えに来る日まで #ナイトソングスミューズ

          あのときなぞった 星座をおぼえているかい 肩よせあって 怖いような静けさ ふるえていたのはきっと きみだけじゃない ずっと求めていた  魂のかたわれ やっとこうして  めぐりあえたから 息たえるまでぼくは  この手を離しはしない 彗星の尾っぽに願いを かけた夏の夜         不意に時間が止まって  まよい子のように 目がさめたよ  宇宙の片隅で きみに一度でも  告げたことはないだろう さよならなんて 姿はなくても  ぼくはすぐそばにいるよ いつまでだって 一緒

          彗星が迎えに来る日まで #ナイトソングスミューズ

          ペアリング【短編小説】

          (注:若干の残酷・不快描写があります。苦手な方はご注意ください。) *******************************************************************************  僕としたことが、油断した。前後不覚の酔っ払いがまともな反撃に出るとは。  飛んできた拳は石のように固かった。長年愛用しているメタルフレームの眼鏡がひゅうんと弧を描き、僕が倒れ込むと同時に数歩先でカシャンと鳴る。  惰性のまま伏せた顔面のど真ん中

          ペアリング【短編小説】

          解像度、上げるべからず【短編小説】

           私、実はこういうわけで欲求不満です。そう公言することがはばかられる類の欲求不満というものがある。  私にとっては、「素朴な、しかし提起すべきでない疑問」がそれにあたる。  決して表に出してはいけない、心の声。 * * * * *  数日前に梅雨入りした割には、ぼんやりとした薄曇りの土曜日。母がちゃんとしたお茶っ葉で入れてくれた緑茶をすすりながら、私はひと呼吸ごとに畳の匂いを胸の奥まで吸い込む。2週間ぶりの実家だ。  今回は珍しく、妹の由香と一緒になった。実家も妹宅

          解像度、上げるべからず【短編小説】