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接客業手記3 販売員リテラシー×顧客リテラシー


ストーリー.3 何しにきたの

いつもと変わらない朝。出勤前に制服と身だしなみを今一度確認しフロアへ向かう。制服についた糸くずをつまみながら鏡を何度も見直す。横を向き、身体を大きく捻りながらなんとか背中を見ようとする姿は毎朝のストレッチでもある。冬の店頭はどうも埃が多く舞っている。エアコンの暖かい風に乗って花粉が降り積もった什器棚、お客様のコートのから抜け落ちる遊び毛が床に丸まって転がっている様子を、一瞬確認して同僚のもとへ歩く…。

「おはようございます♪」

スタッフに挨拶をして周りちょっとした雑談から空気に馴染むルーティン。一日の流れを確認し自分の仕事を頭の中で整理しながら掃除をする。

「埃すごいね〜」

「昨日お客さん多かったもんね、この時期になると掃除大変だよ...」

「急いでやろう!」

「そだね!!」

冬の風物詩でもある床に転がっている毛玉を掃除しながら、開店までの準備を時間に追われながら進める二人。

「おはようございます!今日寒いですね〜」

生き生きとした声で挨拶する、学生の男の子の声が響き渡る。

「おはよ♪」

そう返事をして、そろそろ開店時間になることに気付き、時計を確認して足早にエントランスへ向かう。開店前はいつもバタバタする、いつもと変わらない朝。平日の朝はちらほらお客様の姿が見えるものの、ゆっくりと会話をするゆとりはある。そんな肌感覚で、来店されるお客様に眼を向けてお出迎えをする。

「いらっしゃいませ〜!」

スタッフ全員で今日最初のお客様に挨拶をして、フロアの空気の活気をつけていく。次々来店されるお客様の対応をしながら購入意欲やニーズといった動向を蓄積していくのも、ベテランになると何となく見えてくる。その様子を引き継ぎで後半の売り上げ獲得に活かすため、遅番の同僚に話そうとバックヤードに向かう。

「おはよー」

「おはようございます。それで今朝の様子なんですけど今日はかなり落ち着いてますね、なので後半は...」

雰囲気を伝えるのも、今日一日の売り上げに左右する大切な仕事。

『そうかー、それじゃ後半頑張らなきゃだね。あとさっき館内歩いている時見たんだけど学生の子が多くいたよー。修学旅行とかで来てるっぽいからもしかしたら忙しくなるかもね。』

私は出勤前に見た風景を朝礼で伝え、動向を汲み取りながら仕事のスイッチを入れていく。至って真剣な気持ちでフロアに向かうが、生まれ持った表情や口調はどうやらゆるさのあるキャラクターらしい。それも私の強みとしてこの仕事を楽しんでいる。

ふと外に目を向けると、女子高生のグループが店の前を歩いている。チラッとこちらを見たが来店する様子は無く、遠くへ離れ行く。また別の方からこちらにまっすぐ向かってくるグループに気付きつつも、圧迫感を感じさせないよう自然な面持ちでお客様を迎え入れた。四人の女子学生は、かわいいと何度も言って共感を求めている。しばらくして声をかけた私は、ちゃんと接客をするまでに時間はかからず会話も弾んだ。”いい感じじゃん”、内心年齢の離れた学生とギャップを感じ不安はあった。しかし生まれ持ったキャラクターが功を奏したのか、学生のコミュ力の高さのおかげか、会話も弾み上手く商品のプレゼンができている。

「どうしよう〜ホント可愛い。このバッグ欲しい♪

でもまだ来たばかりだし後にしようかな...ねぇどう思う?

あ!ちなみにコレいくらですか??」

友達と私に話を振り、テンション高く気持ちを表現している。”確かに可愛い...実際のところ似合ってます。” 私は心の中で言ったか思わず声が漏れていたか分からないが、計算を間違っていないことを確認した上で電卓を出して価格を伝えた。

「え〜頑張れば買えるじゃん!どうしよう...在庫ありますか?」

と彼女は聞いてきたが、店頭品が最後と伝えるとますます手放したくない様子を見せた。内心、”お買い上げほぼ確定♪”と思いながらも、友達と話が盛り上げっているので少しその場を離れた。

五分ほど経ったか...様子を伺うために目を配りながら近づいてみる。彼女はグッとこちらに近寄り…

「一度温めますね♪」

満面の笑みでキラキラした目を合わせながらそう言った。その可愛さも手伝って私は何の話をしているのか一瞬戸惑ったが、”考えます”といいう意味だとすぐに汲み取った。

「かしこまりました、まだこれから他も見てご検討ください。お待ちしておりますねー」

と言ってバッグを受け取り、”買わんのかい!いやあたためるってwww"と内心そう思いながら女子高生グループをお見送りした。もちろん、帰ってくることはなかったが、店内の活気だけは増した気がした。



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