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音楽関連書紹介「天路歴程 天の都をめざして」(ジョン・バニヤン著 キリスト新聞社)

※インターネットラジオOTTAVAで12/1(金)にご紹介した本の覚書です。

本書を手に取ったきっかけは、近代イギリス音楽を代表する作曲家ヴォーン・ウィリアムズが生涯をかけて執念を燃やしたオペラ「天路歴程」(The Pilgrim's Progress/てんろれきてい 1951年初演 作曲家自身は道徳劇と呼んでいる)の原作だからである。

銀座教文館の3階のキリスト教書売り場に行くと「天路歴程」には子供向けのものをはじめ、さまざまなバージョンの普及版があるのがわかる。本書は挿画(1939年、ロバート・ローソンによる)も美しく、大人でも楽しめそうなセンスの良さが気に入って購入した。

原作者のジョン・バニヤン(1628-88)は、クロムウェルの率いる議会軍に若い頃参加したこともある人で、やがて信仰に目覚めて熱心に説教をするようになった。生きた時代は作曲家だとヘンリー・パーセル(1659?-95)とほぼ重なる。投獄されたりしながらも著作活動もおこない、「天路歴程」は聖書の次にイギリス国民にとって大切な書物となり、全世界の人々に愛読されて、500以上の言語に訳されているという。
本書はバニヤンの古典をメアリー・ゴドルフィンという女性が過不足なく美しく要約したもので、1884年に出版されている(ヴォーン・ウィリアムズはこれも読んだのだろうか)。
「天路歴程」翻訳委員会による訳文がまた見事で、英語の原文のニュアンスも随時挿入されるのもありがたい。英語のちょっとした勉強にもなる。
登場人物について、本書ではこのように訳される。

たとえば主人公の名前は、クリスチャン(Christian――キリストを信じる者)。
門を叩くと出てきた彼の名前は、グッドウィル(Goodwill――善意)。
三人の娘の名前は、慎み深いプルーデンス(Prudence)、神を敬うパイエティー(Piety)、愛情深いチャリティー(Charity)。
陪審員の名前を数人挙げると、心の見えないブラインドマン氏(Blindman)、肉欲ラヴ・ラスト氏(Love-lust)、悪人ノー・グッド氏(No-good)、高慢のハイ・マインド氏(High-mind)….
疑いの城に住む城主は、人を絶望に陥れる巨人ディスペア(Giant Despair)、その妻はディフィデンス(Diffidence――疑い深い――)
といった具合である。

こうした言葉があらわす概念を、そのまま名前にもつ登場人物たちが数多く出てくるのが、いかにも空想の世界への想像力をかき立ててくれる。
要するに「天路歴程」とは、滅びの町から天の都をめざす冒険物語であり、ファンタジックな寓意物語である。根底には「揺るぎない信仰を持ちましょう」という説教の精神があるにしても、落胆の沼、世俗の町、困難の丘、屈辱の谷、虚栄の町、うぬぼれの国などを経て、さまざまな誘惑や失敗のエピソードがあってこそ、この旅は波乱万丈の面白さとなる。この旅にはいたるところに人生の教訓が散りばめられている。たとえばこんな感じだ。

「豚は肥っていればいるほど泥にまみれるのを好みます。人は健康であればあるほど罪におちいりやすいものです。船底に水もれの穴が一つ開いただけでも、そのままで放っておけば、やがて船全体は沈んでしまいます。同じように、たった一つの罪であっても、やがてその人の魂を滅ぼしてしまうことがあるのです。よい一生を送りたいと思うなら、世を去る日のことをいつも心にとめて生きなければなりません」(82ページ)

一度接すると、忘れられない空想の世界がここにはある。確かだがおぼろげな灯のような導きを頼りに人生の旅を続けるこうした古い冒険譚を楽しむことができれば、そのわくわくする感覚は、どこかでイギリスの文化の根底につながっていくのかもしれない。
https://www.kirishin.com/book/30288/

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