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ダッチ・デザイン・ウィーク2023年を振り返る:人生をデザインする「NIKSEN(何もしない)」プロジェクトも出現!

毎年恒例のダッチ・デザイン・ウィーク(DDW)。今年も10月21~29日まで、オランダ南部のアイントホーフェン市で大々的に開催されました!DDWは今年で22年目。はじめは規模が小さくて、もっと粗削りな感じの祭りでしたが、だんだん規模が大きくなり、洗練もされ、いまや世界中から30万人以上が訪れる一大イベントに発展しています。

DDWのメイン会場のひとつ「Strijp-S」

展示されているものも、小物や家具から、食べ物、農村・都市、社会コンセプト、そして人生まで、ありとあらゆる多様なデザインが集まりました。昨今のテーマは「サステイナブル」「ダイバーシティ」「ヘルス」などが目立っております。

3mの巨大な家形ゴミ箱。ゴミを捨てるには階段を上る必要がある。ゴミを捨てるたびにその行為を意識せざるを得ない。
DDWの中心となる「Strijp-S」の「Ketelhuisplein」という広場にあるカフェ。Strijp-Sはこの数年で開発が進み、ビルが相次いで建設されているが、こういうワイルドな場所も残っている。

原始プラスアルファ

私は今回、「Lifull Home's Press」というメディアで記事を書かせていただく関係で、住宅・建材・インテリアに関する展示を中心に見て回りましたが、やっぱり「サステイナブル」はもうデフォルトという感じで、建材なんかもいかに自然素材を使うかが焦点になっていました(詳しくは、後日アップされる予定の記事をご笑覧ください)

例えば、藁と木材だけで作る住宅とか、地元で育つ植物を使った建材とかが研究されています。農業も、オランダはこれまで機械やらエネルギーやらを使いまくる近代農法で収穫を上げておりましたが、それも昔に回帰して、もっと自然な形に戻そう…という構想がメジャー化しています。ただ、すべてを原始に戻すだけではなくて、今のテクノロジーを混ぜるのがミソなのです。

Strijp-SのKetelhuispleinに設置された「サーキュラー&バイオベース建築」に関するブース
地元の植物を使って、断熱材などいろいろな建材が作られています。これは「ミスカンサス」という植物の例

「自然の力を借りる」という発想で、菌類を活用している商品もいくつか見かけました。下(↓)はキノコ素材の棺桶「Loop Living Cocoon」。ここに遺体を入れて森の中に安置すれば、棺桶とともに自然にかえる…。広報の女性によると、「サステイナブル」に敏感な若い世代にはウケがいいけど、コンサバなお年寄りにはイマイチ人気がないそうです。それでも、1年に500台ぐらい売れるとか(1台995ユーロ=約16万円)。ちなみに火葬の場合の骨壺タイプもあります(1つ249ユーロ=約4万円)。

キノコ素材の棺桶。Loop-biotech.comにて販売されている。
菌類を使った100%バイオベースの塗料。この上から亜麻仁由来の植物性オイルを塗ると、それが菌類の栄養分となり、菌が育つことで木材を紫外線や水分から保護するのだとか。

環境運動からSFまで、未来の姿を可視化する

「未来はこうあってほしい!あるいは、こうあってほしくない…というのを形にしたのがこの展覧会です。でも、未来の姿をまじめ腐って語るのってつまらないじゃない?だから、私たちはこうやってオモシロ可笑しいものを作っちゃったんです」

Strijp-Sの「Veem」というビル9Fで展開されていた「Manifestations(発現)」という展示会場で、プレスツアーのホスト役のビオラ・ファンアルフェンさんは説明してくれました。この会場では毎年、アバンギャルドな作品が見られます。それでは、その一部をご紹介しましょう!

クラシックなデルフト焼風のタイル。よく見ると、武器、兵士、ギロチン台、アメリカのトランプ元大統領などが見られる。「文化的・政治的な周縁で展開する急進的な底流」を描いたのだそうだ。
段ボールで作られたレーシングカー。究極のエコカーだ!

派手なデモなどで注目を集める過激な環境保護団体「Extinction Rebellion(絶滅への反乱)」も参加しておりました!(↓)デモで使ったバナーや衣装が展示されています。

「盗みと略奪を止めよ!これ以上石油を掘るな」
「サステイナブルな仕事を探しています!」

「ダイバーシティ&インクルージョン」もDDWの大きなテーマのひとつです。クリム・ストーペンさんは、「男らしさ」を研究しており、この「ディックピック・フォトブース」で観客のペニスを写真に収めているのだそうです(収めた人はいるんだろうか…?)。クリムさんは髭面ですが、お肌と目がすごくきれいで、くねくねしながら熱心に作品の主旨を説明してくれました。

「ディックピック・フォトブースは、セクスティングの間の距離と匿名性をインスタレーションの参加者に可視化しようと試みている。これは、セクスティングがいかに楽しく挑戦的なものであるかを示すと同時に、ある種の距離とプライバシーがいつ消滅するかを意識させるものでもある」……ワケ分からん!
クリムさんがくれた名刺の裏には「男らしい」イラストが…

コロナ、戦争、物価高騰、移民問題、地球温暖化……次々といろんな問題が出てくる中で、世の中の意見は二極分化する傾向にあります。下(↓)の作品は、名画にトマトスープを投げつけた環境活動家の抗議運動に焦点を当て、「Yes」「No」で自分の意見を辿っていくというもの。「トマトスープは食べられる?」から始まって、「あなたはベジタリアンですか?」「飛行機でバカンスに行きますか?」「フェルメールの絵はきれいだと思いますか?」などなど、みんな大真面目に「Yes」「No」の二者選択を続けてしまうのですが、最後に全員が行きつく先は――「なにか行動を起こす時だと思いませんか?」

結局、私たちはみんな同じ穴のムジナなのだ、と気づかせてくれる秀逸な作品!

「Yes]「No」の選択を繰り返すことで、意見の「無極化」を目指す。Lois Pagieさんの秀逸な作品。

未来のファッションもデザインされております。

触れるとパターンや色が変わるデジタルドレス。
こちらはTevin Blanchさんデザインの靴!

ほかにもSF的な楽しい作品がたくさん見られました。

Lucien Westgeestさんの作品。電子ゴミを再利用してつくったロボット。
タコのようなクリーチャー?!点滴みたいな管から液体が流れていて、表面が膨らんだりへこんだり…本物の生き物のよう!

ダイバーシティ&インクルージョンの殿堂「ファンアッベ美術館」

DDWはアイントホーフェン市内のいろんな会場で展開しています。1週間ぐらいかけないと、全部見ることはできないでしょう。そんな中、ひとつのメイン会場になっているのが「Van Abbemuseum(ファンアッベ美術館)」ここでは「ダイバーシティ&インクルージョン」をテーマにした作品が展示されておりました。

「多様性を受け入れるには思考のトレーニングが必要」ということで、展示の一部はスポーツトレーニングのような部屋になっていた。その壁に展示された「ホモフーリガン」のショール

多様な観客が参加することでできあがる作品も(↓)。

観客がいろんな意見を壁にポストイットで貼っていく。これだけで十分芸術的!
これは観客が「〇」と「ー」のシールを壁に自由に貼っていくもの。作品は日に日に育っていく…。
「The House of Queer(異端の家)」という作品。「あなたにとって異端の家とは?」という質問に対する多様な回答が書いてある。例えば、「誰も私のアイデンティティについて質問しないスペース」など
公園のベンチなどで寝そべりたいと思ったとき、手すりが邪魔になっていることが多いために考案されたクッション兼パジャマ。これならホームレスもベンチで安眠できる?!
こんな風に使う

↓オランダの木靴を使ったテーブルサッカー。見知らぬとゲームを楽しんで交流しよう!という趣旨。

黄色の木靴と白の木靴のチームに分かれて対戦

ファンアッベ美術館では、DDWに限らず、普段から「ダイバーシティ&インクルージョン」をかなり意識しています。上記と同じようなコンセプトで、館内にはいろんな人と絨毯に座って交流するスペースも。イラクから来たアリさんがお茶を入れてくれました。

このスペース自体、イスラム系女性アーティストの作品なのだという。居心地のいい絨毯の床とふわふわのクッション。床に置いた大きなトレーにはお茶やお菓子が満載で、思わず座って語り合いたくなる

常設作品の一部は、盲目の人も楽しめるよう、手で触れる立体になっていたり、作品の雰囲気を香りで表したりという工夫が施されています。

Charley Toorop「ある女優の肖像」。右側にこれを立体的にした「触れる作品」が展示されている
マルク・シャガール「アポリネールへのオマージュ」。この絵のイメージが香りで表現されている
作品の香りは、こんな紙で嗅ぐ。「シャガールの絵画のコントラストーー 堅さと繊細さ、強靭さと控えめさ、暖かさと冷たさ――に対応している」
モンドリアンの作品を手で触って楽しめるオブジェ

素晴らしい、ファンアッベ美術館!ほかにも手で触れたり、香りをかいだりできる作品がたくさんあります。これらはDDW期間でなくとも見られる(味わえる)ので、アイントホーフェンにお越しの際はぜひとも覗いて見てください。

学生パワーが炸裂!地元デザインアカデミーの卒業展

DDWのもともとの始まりは、地元アイントホーフェンにあるデザインアカデミーの卒業展だったと記憶しています。このアカデミーは、日本で言えば美大的な存在で、グラフィックやテキスタイル、家具、建築、素材、陶磁器、空間、社会コンセプトなどなどさまざまなデザインを勉強する学生さんが世界中から集まっています。その卒業展が毎年10月に開かれることから、だんだんそれを中心にDDWが発展したのです。

今年は街中のショッピングセンター「Heuvel Gallery」2Fが卒業展の会場となりました。

段ボールなどの紙を使って作った家具。この卒業展でも「サステイナブル」はデフォルト
こちらは古いタイヤをリサイクルした家具。粗削りだけど、場所によっては映えそうなインテリア
こちらは釘を使わず、木材だけでつくった棚。作者のPaul Godeckenさんは、日本の宮大工からインスピレーションを受けたのだそうだ
こちらはいろんな廃材を利用してつくった家具。白い椅子を積み上げたものは「棚」なんだとか…荒すぎやろ!Dario Erkelensさんの作品
火星で履くための靴。火星の重力は地球の3分の1しかない。試着できなかったが、おそらく今の靴の3倍重いのだろう
豪華クルーザーが傾いている!これは表面的な栄光の脆さ、成功の危うさを表わしているという、分かりやすい作品。グラスやタイルなども手作業で作っていて、その職人技がすごい!
うきゃ~!台所の水が出しっぱなし、オーブンはつけっぱなし。水があふれて藻が発生し、台所を汚している。農業や食品消費により汚染されるバルト海の危機を表現したというPetelis Zilbersさんの「Sea Yourself at Home」という作品
「ルイヴィトン、グッチ、エアマックス、TN、ラコステ靴バッグ」.というNiles Nijmanさんの作品。AIイメージジェネレータで作成したそうだ。ファッション界の「ホンモノ」と欲望に対抗する
いろんな色があるよ
雨の日も、風の日も、コロナ禍も、街にあふれていた食品デリバリーサービスの人々。これは彼らに飲み物や休憩場所を提供するサービス。作者自身もバイトをしているのかも
「マーメイド(人魚)が隠されている。発掘しよう」と書かれている。知らない人同士で粘度質の土を掘る共同作業が自然に始まる…

若い人たちのパワーを感じるデザインワールド。もう紹介しきれないぐらいたくさんあって、ここだけでもじっくり見ると結構疲れます。そんな中、「何もしない(Niksen)」ができる作品もいくつかありました!

真ん中に据えられた水槽のランプが水の動きを天井に反映させる。観客は寝そべりながら、水の動きをぼんやりと眺める。これはニクセンだ!
こちらもニクセン的。Claudia Rao Hackettさんの「Inside My Head(私の頭の中)」という作品で、この人型の椅子に座ってヘッドフォンの音を聞きながら、しばし複雑な自分の頭の中と向き合う。ヘッドフォンからは「ああすればよかった…こうすることもできた…」とか、いろんな声が聞こえてくる

NIKSENは人生のデザインだ!

デザインアカデミーの作品にも取り入れられていたように、いまや「セルフリフレクション」や「瞑想」といったものは、デザインの一部になっている。そう、それらは私たちの生活、そして人生のデザインにつながるものなのです!

そんなことを考えていたある日、近所の人が「ナオコ、DDWでニクセン(何もしない)の展示があるよ!」と教えてくれました。もう、行くっきゃないというわけで、早速アイントホーフェン駅の隣の倉庫みたいな会場に行ってみました。

ジャーン!

DDWについにNiksenが出現!

そこには直径2メートルぐらいの大きな針のない時計が置いてあり、床に置いたスクリーンには、ある男性がこの時計をゴロゴロ転がしながら忙しいロッテルダムの街を歩いている映像が流れていました。壁に貼られた説明書きには「NIKSEN:現代の忙しさに対する抗議。Niksenはオランダ語で『何もしない』という動詞である」と書いてある。

作者はJabe Sverre Oost(ヤーベ・スフェーレ・オースト)さん。彼は自宅でニクセンしていたのか、この日は会場におらず、残念ながら会うことができませんでした。

スクリーンに映る男性は、きっと作者のヤーベさんだろう

そして、DDW最終日。最後にもう一度、NIKSENコーナーを訪ねてみたら、いました、いました!やっぱりスクリーンに映っていたのと同じ男性で、大柄でリラックスした感じの人でした。私は自己紹介をして、拙著『週末は、Niksen。』を差し上げたのでした。

ヤーベさんはロッテルダムの美大の学生さんで、このニクセンプロジェクトは彼の卒業制作なのだとか。賛同する人たちには「ニクセン契約」を結んでもらっているというので、私も早速、「The Niksen Contract;私の人生にニクセンを取り入れます」という契約書にサインをした。すると、ヤーベさんは針のない時計マークのスタンプをペタンと押して、その紙を私にくれた。すでに400人以上の人が同契約を結んだそうだ。

彼は近々「ニクセンイベント」を開催する予定という。「何もしない」イベント!私もぜひとも参加したいと思っている。

ヤーベさんと拙著。最後、宣伝になっちゃってすみません💦

そんなこんなで、今年も堪能したDDW。今回はプレスツアーに参加できたことで、内容をより深く知ることができました。同ツアーに参加していたドイツ人ジャーナリストは、「ダッチデザインは自由でクレイジーなところがいい!」と言っていました。ものづくりの基本にうるさいドイツでは、この奔放さはあまり見られないそうです。たしかに、この自由な発想の間を歩くのは、MOMAを歩くような楽しさがありました。

この時期、オランダ方面にお越しの方、ぜひとも南部のアイントホーフェン市に足を伸ばしてみてはいかがでしょうか?来年も10月第3週に開催される予定です。

【追記】↓Keiko.Bさんのレポートも必見!私のカメラが悪すぎて、暗いところがうまく撮れなかったので触れませんでしたが、この展示(?)も面白ったです。


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