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うたかたの勿忘草【SS】※モチーフ/月桂冠「うたかた」

 

2月7日。

紫織は自宅である1kのドアを開けると、靴箱の上の定位置に鍵を置いた。

「ただいま」

大して広くない賃貸の部屋に小さく声が放たれる。何に対してなのか自分でも分からないけれどそう呟かずには居られなかったのだ。
電気を付けたはずなのに、少し薄暗い気がするけれど気持ちの問題かもしれない。

 

理由は分かりきっていた。今日、一年半ほど続いた彼から別れ話のLINEが来たからだ。
年度末にむけて少しずつ忙しくなる業務の中で、年明けから入ってきた新入社員の後輩のミスも連日フォローした。5つ年下の、申し訳なさそうに頭を下げる彼女に「大丈夫」なんて笑って見せたけれど、自分の業務も過密になりつつある。正直そこまでの余裕はない。
取引先協力会社に彼女の代わりに電話を入れると、休憩がてらオフィスビル向かいのコンビニに向かった。

お菓子売り場で、「新商品」「期間限定」とコピーが煽る毎年登場するようなチョコレートを選んでいた時だった。
一昨日ぶりの彼からのLINE。

春から九州支店に移動になりました。いい機会だから別れませんか。

「…LINEかよ」

不思議とショックでは無かったことに、ショックだった。むしろ、「良くないことは立て続くもの」とは言うけど本当だななんて考えていた。
いっそこのまま「いいよ」と返してしまいそうになったけれど、それも癪だ。何より少し前に彼に貸した映画のブルーレイディスクが気になった。

わかった。でも会って話したいな。日曜日空いてる?

何この男女逆転。
こういうのって、男の人が返す台詞じゃない?

通年で販売されているミルクチョコレートを手に、紫織はオフィスに戻って行った。

 

そんな事があったから、部屋も気持ち暗く感じるし、自炊をする気にもならなかった。
コンビニで買った惣菜をレンジにかけると、冷蔵庫を開けた。

「あ、」

そこにあったのは、透明な瓶に赤と金で花が描かれた小さめの日本酒のボトル。
彼がうちに来ると、決まって晩酌になるのでその時飲もうと自分用に買っておいたのだ。可愛いデザインのボトルで、近所のスーパーで一目惚れして購入したことを、すっかり忘れていた。

嫌だなぁ…忘れてた。

手にするとボトルはひんやりと冷たく、プリントと液面がキラキラと幸せそうな自己主張をした。
お目出度そうな色合いのそれは、今の自分には不釣り合いな位きれいだと紫織は思った。

もう、一緒に飲まないもんね。

彼からのLINEは疑問形だったけれど、それは任意と言う名の強制のようで。未来がないことは容易に想像できてしまった。
それならこのボトルを空にしてしまっても、何ら支障ないだろう。

 

惣菜と一緒にボトルは食卓に並んだ。
相変わらずこちらの気も知らないで可愛さを振りまくようなその姿が、嫌いとは思えなかった。

もっと、自己主張すれば良かったのかもしれない。

日本酒のスパークリング。
しゅわっと口元に触れると爽やかな口当たりと喉越しで、胸で詰まりかけた何かもそっと押し流してくれた。

「うたかた、か…」

私と彼は、儚く消えてしまえるような関係だったのだろうか。

せめて最後は、思ったことをちゃんと言おう。

 

 

 

 

 

おわり

 

┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ *◌˳

都基トキヲです。
急に書きたくなってしまって、一気に書いてしまいました。
作中のお酒は、月桂冠の「うたかた」という日本酒のスパークリングです。

月桂冠 うたかた 壜詰 [ リキュール 285ml ]
https://www.amazon.co.jp/dp/B01DJVMHMU/ref=cm_sw_r_cp_apa_i_flcxCb2KC0Q5W

少し前にジャケ買いして、すごく美味しかったので題材にしてみました。
おしゃれでかわいいですよね!

では、また気まぐれに書きたいと思います。

 

 

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