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『Springスプリング』 恩田陸      ~夢のバレエワールド~

『Springスプリング』
恩田陸

ダンサーそして振付家としてドイツのカンパニーで才能を開花させ、舞台の上でも外でも世界中であらゆる人間を魅了し続ける、若き日本人バレエダンサーという夢のような設定です。

恩田陸氏の本を読むのは初めてでしたが、バレエを観るのも趣味として稽古するのも大好きなので、何も考えずAmazonをクリックし購入しました。

でも読んでいくうちに、謎の違和感が。
この違和感の正体をつきとめようとしながら読了しました。

友人や叔父が主人公「春」くんのことを語り、最後に主人公自身の一人称の章があるという構成です。基本、全員が芸術関係者です。
梅の木の妖精のような美しい少年ダンサー。身長も高く、美形で(今はやりのアンドロジナスタイプ)、ダンサーとして強靭で完全な肉体を持ち、バレエに必要とされる感性や芸術性も備えている。理解ある両親はともに大学教授でしかもアスリート(もちろん家柄のよい富裕層)。英文学者の叔父から芸術全般の手ほどきを受ける。彼のバレエ教師は海外で活躍したパワーカップルで、夫の方は理学療法士でもあり、バレエ教育も体のメンテも完全整備。友人たちも美しく聡明で、切磋琢磨しあいつつ、全員がそれぞれの道(エリートコース)へ進む。
このような設定が延々と語られ、完璧すぎる春が踊ったり振り付けたりするさまざまな作品が延々と描写されます。SNSのコメントを読んでいるような、というか、ラノベっぽいというか、そんな語り口です。

わたしはエリートが嫌いなのではありません(笑)。ましてバレエのエリートは大好物のはず。
でも、なぜか好きになれないその原因は、とある既視感のせい。

『スプリング』を読んでいると「リカちゃんファミリー」と「二次創作」を思い出すんです。

かわいいリカちゃんのママはデザイナーでパパは建築家。「リカちゃん」シリーズはリカちゃんの魅力を称えるために構築された世界です。そんな安定の世界を『スプリング』に感じました。

また、以前ある小説の二次創作をいろんな人がネットに載せているのを楽しく読んでいたときに感じたことがあります。それは「キャラありき」。二次創作する素人は、もとの作品のキャラに魅せられており、彼らを自分の思い通りに動かしてみたいという欲求がある(ご都合主義とも)。そんな二次創作の独特の空気も『スプリング』に感じました。

設定がリカちゃんで、展開が二次創作風。
そしてここに恩田氏のダンス芸術論、(オリジナルの)創作バレエ台本のようなテキストがちりばめられています。
音楽もダンスも、身体性を言語にしたとたんおかしなことになることが多いので、文章で表現するのは難しいと思います。ヘタすると小説が『ダンス・マガジン』とかに載っている舞踊批評を読まされているみたいになってしまう。しかも筋書きのあるバレエの描写だと、《○○に喜んだ××はそこで「踊った」》、などと多くの述語が「踊った」になってしまい、バレエの台本を読んでいるよう。

ダンサーが主人公の物語、というより最強ダンスキャラを使って構築した恩田氏のバレエ愛の世界。だから、すべてが、別れでさえも、美しくキラキラした舞台上での出来事のよう。
わたしには「光」ばかりで「闇」がない世界のように思え、かえって光の美しさを受け取れませんでした。
現実を正確に写せとは申しません。でも、舞台芸術において袖も奈落も暗く、舞台上のパフォーマーも光と闇のなかに動いているというリアル。だからこそ光の当たる部分が神々しく尊い、というのが感動の根拠。そうしたものが私は読みたかったのかもしれません。

たいへんに個人的で偏向した読書感想でございました。

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