見出し画像

「わがままだ」「生意気だ」「迷惑だ」が声をかき消してしまう前に

大坂なおみ選手が5月31日、「私は邪魔になりたくなかった」などというコメントと共に、全仏オープンを棄権する意向を表明した。大坂選手は自身のツイッターで「アスリートの心の健康状態が無視されている」と発信し、試合後の記者会見に応じない方針を示していた。また、2018年の全米オープン優勝後からうつ病になり、その後も苦しみが続いていることも明かしていた。

大坂選手に対し、大会主催者は1万5000ドル(約165万円)の罰金を科したほか、規定違反が繰り返されれば大会出場停止処分の可能性もあるとしている。そしてこの「制裁」は、大会主催者からのものに留まらなかった。

ワイドショーやネット記事などで、大坂選手の表明が大きく取り上げられると、「生意気だ」「わがままだ」「迷惑だ」といった声がネット上で飛び交い、それをあえて拾い上げ、彼女に石を投げるかのように攻撃を煽る報道も見受けられた。目を通す限り、メンタルヘルスの問題や、会見義務の妥当性など、本質へと切り込むものは見受けられなかった。

大坂選手は人種差別に抗議し、試合前後、犠牲になった人々の名前を刻んだマスクを着けるなどのアクションを重ねてきている。こうした姿勢にネット上では一部熾烈なバッシングも起こり、テニスだけしていればいい、と言わんばかりのコメントをした日本のスポンサー企業もあった。

スポーツで選手が実績を出せば「日本の誇り」と称賛され、彼女たちが政治に対する意見を示したら「口を出すな」と叩かれる……その都合のいい「愛国」に、私は「愛」を感じない。

仮に今回のようなアクションを年長の男性が起こした場合、「生意気」という言葉は飛び交うだろうか。アムネスティ・インターナショナルが2017年に行った調査では、ネット上のハラスメントにおいて、とりわけ女性の被害が多いことが浮き彫りとなった。

本日(6/1)、「SEALDs」(自由と民主主義のための学生緊急行動)の元メンバー、福田和香子さんほか1名が、ネット上で誹謗中傷を繰り返してきた投稿者への損害賠償を求めた裁判の判決が、東京地裁で言い渡された。投稿者に対し、慰謝料など、およそ100万円を支払うよう命じる内容だった。執拗な攻撃と、その後何年にも渡り続く苦痛に対して、不十分な賠償額だと弁護団は指摘する。

判決後の会見で、福田さんは真っすぐにこう語った。

「想像してみて下さい。インターネット上に自分の名前と顔に紐づけられた憎悪の言葉が溢れかえっている状態を。そしてそれらが、どこの誰によるものなのか、こちらは全く把握することができないまま、生活を送らなければならないという気味の悪さを。さらに、女性だからとセクシズムにも直面せざるを得ない……それは被害者を委縮させ、ひいてはその被害者の人生における未来の可能性をも奪うことにつながるのではないでしょうか」

そして今後、発信をしたいという若い世代に対して、こんな言葉をおくっている。

「社会はあなたが生きているうちに変わらないかもしれないけれど、大事なのはあなたがその変化の一部になろうとした、その事実があるかどうかだと思います」。

福田さんは判決前に、「物言う女」が声をあげることについても綴っていた。

《特徴的だったのは、それら(誹謗中傷)が実際に私の政治に関する主張とはほぼ関係のないものばかりだったということです》

《物言う女(そして若者)を黙らせようと、出る杭はどうにかしてへし折ってやろうと躍起になる人間がこの社会にはあんなにたくさんいたということ》

また、プラン・インターナショナルの2020年の調査では、大坂選手のように人種、民族、国籍、ジェンダー、階級、セクシュアリティなど、さまざまな差別を受けがちな軸が組み合わさる「交差性」を持つ人が、より被害に遭いやすいとの指摘もなされている。

そして、さらに広い視野でこの問題をとらえた時、心身の健康と休息を求める声が、「わがままだ」「生意気だ」「迷惑だ」にかき消される社会は、果たして「豊かな社会」だろうか、という問いにたどりつく。

これまで何度か発信をしてきたが、居酒屋の店長だった私の兄は、何カ月も休みのない働き詰めの生活を続け、過労の末に亡くなっている。

責任感から、「迷惑をかけられない」と思っていたのだろうか。「わがままを言うわけにはいかない」と、SOSを出せずにいたのだろうか。もう、亡くなった人間に直接尋ねることはできない。

ただ、「わがままだ」「生意気だ」「迷惑だ」と、「過労死や過労自殺は自己責任」は表裏一体の言葉だと感じている。

以前私の夫が鬱で倒れてしまったとき、診察をしてくれた医師はこう夫に伝えてくれた。

「これまで、仕事の上に少しの休息を乗せる生活をしていましたね。今度からは休息という土台の上に仕事があるような生活にしていってみるのがいいのではと思います」

スポーツ業界に留まらず、メンタルヘルスや心身の健康を守るために声をあげることが、制裁やバッシングを覚悟の上でしかなせないのであれば、それは健全な社会の仕組みとは程遠いはずだ。誰かの命を削り取りながら成り立つ社会の形を、根本から変えられるかが今、問われている。

==============

私たちDialogue for Peopleの取材、発信活動は、マンスリー・ワンタイムサポーターの方々のご寄付に支えて頂いています。サイトもぜひ、ご覧下さい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?